第26話 役職は、人を縛らない
翌日。
俺は、会議室から少し離れた廊下に立っていた。
扉の向こうでは、アクアの声が聞こえる。
「次に、緊急時の予算執行についてですが――」
彼女の前にいるのは、冒険者でも、特別な力を持つ者でもない。
商人。
元役人。
工事監督。
受付主任。
通界で暮らしてきた、ごく普通の人たちだ。
「……入らなくていいの?」
隣で、ルミナが小さく声を落とす。
「うん」
俺は首を振った。
「今日は、俺たちが前に出ない日だ」
役割は、人より先に立つ
フレイが腕を組み、会議室を一瞥した。
「昨日の話し合いでは、私たちが中心だった」
「そうだな」
「だが、今日のこれは違う」
ノクスが口元を歪める。
「“引き継ぎ”じゃない。“独立”だ」
セレナが眉を上げた。
「独立?」
「俺たちがいなくても、決まるってこと」
俺が続ける。
「誰が席に座るかじゃない。
席が、何を決めるかを決める」
名前を書かないという決断
アクアが用意した資料には、役職名だけが並んでいた。
財政官
副財政官
監査官
治安統括
医療責任者
――その横に、名前はない。
「……人名、書かないんですか?」
元役人が戸惑った声を出す。
アクアは、淡々と答えた。
「人は替わります。
でも、判断の基準は替えません」
静かなざわめき。
「成果は?」
「数字で見ます」
「個人評価は?」
「必要最低限にします」
アクアは一呼吸置いた。
「英雄は、制度を壊しますから」
誰も反論しなかった。
前に立たないという選択
昼。
俺たちは中庭の縁石に腰掛けていた。
「……なんかさ」
セレナが空を見上げる。
「急に、出番減った気がしない?」
「そう感じるなら、成功だ」
「え?」
「俺たちがいなくても、街が動いてる」
フレイが静かに頷いた。
「それは、強い」
ルミナが微笑む。
「守る対象が、人ではなく“仕組み”になりましたね」
試験:何もしない日
その日、俺たちは意図的に何もしなかった。
判断しない。
口を出さない。
指示を出さない。
結果は、夕方の報告で分かった。
市場:通常通り
治安:問題なし
医療:滞りなし
「……」
セレナが瞬きを繰り返す。
「私たち、いらなくない?」
「違う」
俺は笑った。
「正しく、役目を終えただけだ」
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