第2話 魔法って、押すから疲れるんじゃない?
翌朝。
僕は、ちょっとだけ早起きした。
理由は簡単だ。
昨日の「軽くなった感覚」が、どうしても気になったから。
(あれ、気のせいじゃないよな……?)
胸の奥の重さは、いつも通り戻っている。
でも、確かに一瞬だけ――“通った”。
(蛇口説、やっぱり有力)
そんなことを考えながら、実技棟へ向かった。
今日も、僕は見学だ。
観測対象。
便利な言葉だと思う。
「何もさせない」ことを、ちゃんとした理由っぽくしてくれる。
訓練場では、昨日と同じ光景が広がっていた。
「魔力を集束!」
「押し出せ!」
「気合が足りん!」
(……気合論、魔法にも来たか)
前に立つ生徒たちは、顔を真っ赤にして詠唱している。
魔力を体の奥から引きずり出すみたいな動き。
肩が上がり、歯を食いしばり、最後はゼェゼェ。
(筋トレかな?)
僕は、純粋に疑問だった。
魔法って、そんなに「力仕事」なのか?
「フェルド」
不意に名前を呼ばれて、びくっとする。
声の主は、実技主任――筋肉と魔法理論が同居しているタイプの人だ。
「見学ばかりで退屈だろ」
「いえ、勉強になります」
(主に反面教師として)
主任は腕を組んだ。
「魔法というのはだな、魔力を集め、圧縮し、放つものだ」
「はい」
「だから疲れる。制御が難しい。分かるな?」
(……分かるけど、納得はしてない)
僕は素直にうなずいたふりをした。
その直後。
隣のレーンで、事件が起きた。
「うおっ!?」
詠唱中の生徒の魔力弾が、不安定に揺れた。
「結界、補助入れろ!」
教官が叫ぶ。
補助結界が張られ、魔力弾は霧散した。
生徒はその場にへたり込む。
「はぁ……はぁ……」
(……あれ、絶対しんどいよな)
僕は、思ってしまった。
(押すからじゃない?)
昨日の感覚が、脳裏によみがえる。
(魔力って、もっと……流体じゃない?)
水を考える。
水は、押すと跳ね返る。
でも、道を作ってやれば、勝手に流れる。
(魔力も、似てない?)
そう思った瞬間、胸の奥が、また少しだけ緩んだ。
(……あ)
昨日より、分かりやすい。
重さが、じわっとほどける。
(今、意識しただけで……?)
そのとき、訓練場全体が――
ほんのわずか、静かになった。
音が消えたわけじゃない。
でも、空気の「抵抗」が減った感じ。
「……?」
実技主任が、きょとんとした顔をする。
「今……」
補助教官が首をかしげた。
「魔力消費が、全体的に下がっています」
「何だと?」
(え、全体?)
僕は、内心で慌てた。
(やばい、やばい、全体はやばい)
何もしてない。
してないけど、考えただけで“通した”気がする。
(蛇口、開けすぎた!?)
「……不思議だな」
実技主任は、顎に手を当てた。
「今日は皆、魔力の伸びがいい」
生徒たちも口々に言い出す。
「え、今日ちょっと楽じゃない?」
「分かる。詠唱、途中で詰まらない」
「魔力、軽い?」
(……うわ、完全に僕のせいだ)
僕は壁際で、必死に存在感を消した。
(見学席、最高。目立たない)
休憩時間。
僕は一人で水を飲みながら、考えていた。
(押さなきゃいい)
(通せばいい)
(溜まってるなら、出口を作ればいい)
……これ、理論としては、めちゃくちゃ簡単じゃないか?
(なんで誰も、そう考えないんだ?)
そこで、ふと思う。
(……いや、考えたことはあるのかも)
でも、普通の人は魔力が有限だ。
無理に通したら、枯れる。
(僕は……枯れない?)
その考えが浮かんだ瞬間、胸の奥が、また重くなった。
(あ、拒否反応)
(世界さん、今の仮説、気に入らなかった?)
後半の実技。
主任が、思いついたように言った。
「次は、出力を抑えてみろ」
「抑えて?」
「無理に出すな。今日は調子がいい。流れを保て」
(……流れ、って言った)
僕の心臓が、少し跳ねた。
(今、“流れ”って言ったよね?)
生徒たちは半信半疑で詠唱を始める。
結果。
「あれ……?」
「出た……?」
「え、楽……」
明らかに成功率が上がった。
主任は目を見開いた。
「……なるほど」
(いや、それ僕の……)
言いかけて、やめた。
(今は黙ってた方がいい)
実技が終わり、解散。
主任は、僕を呼び止めた。
「フェルド」
(来た)
「見学していて、何か気づいたことはあるか?」
僕は、一瞬迷った。
ここで言えば、面倒になる。
でも、言わなければ、たぶん次はもっと面倒になる。
(……少しだけなら)
「魔法って……」
僕は、慎重に言葉を選んだ。
「押すから疲れるんじゃないですか?」
主任が、固まった。
「……何?」
「水みたいに、通した方が楽かなって」
沈黙。
補助教官が、口を開けたまま止まっている。
「……フェルド」
主任は、低い声で言った。
「それは、誰に教わった?」
「誰にも」
「本で読んだのか?」
「いえ」
「……経験か?」
(経験って言われると困る)
「なんとなく、です」
主任は、しばらく黙っていた。
そして、ぽつりと呟いた。
「……理論としては、否定できん」
(え、否定しないんだ)
「だが、それを成立させるには――」
主任は、僕を見た。
「膨大な魔力の余裕がいる」
僕は、思わず聞き返した。
「どれくらい?」
「普通の人間なら、一瞬で枯れる程度だ」
(……なるほど)
(だから誰もやらないんだ)
その答えで、全部つながった。
その夜。
また、地下の観測室。
水晶が、昨日よりはっきりと光っていた。
《異常記録》
反応:持続
変動:循環効率 上昇
影響範囲:訓練場全体
記録係は、頭を抱えた。
「……個人のはずだろ?」
誰も答えない。
僕はまだ知らない。
自分が、
「魔法を上手く使っている」のではなく、
魔法の前提を変え始めていることを。
ただ一つ分かるのは。
(……これ、たぶん)
(黙ってても、バレる)
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