第7話 思い出と重ねて
店を離れた後も、私たちは手を繋ぎながら市を歩いていた。
買い物や催しを楽しむ人々のざわめきの中、薔薇の髪飾りだけがやけに存在感を放っている気がして、なんだか落ち着かない。
「アレックス様、ほんとうに私なんかに買ってよかったんですか……?」
「なぜそんなことを言う?」
「だって……私、特別綺麗でもないですし、自分で言うのは癪ですが、じゃじゃ馬ですし。薔薇なんて、もっと似合う人が……」
「そうかもな」
あまりにもあっさりとした返答に、私は少しだけ切なさを覚えた。
自分で言ったことだが、たぶん、どこかで否定してほしかったのかもしれない。
けれど、すぐに続いた言葉に頬が熱くなった。
「だが、俺は違う。お前に似合うと思った。だから贈ったまでだ」
不覚にも、心臓がどくんと跳ねた。
愛想はないけれど、まっすぐな声に押され、返す言葉がすぐには見つからない。視線を上げることもできず、繋いだ手のぬくもりに意識が向いてしまう。
「……ありがとう、ございます」
かろうじて絞り出した声は、自分でも素直じゃないとわかるくらい小さかった。
けれど、それでも彼には届いたらしい。
ふっと目を細めて笑っていた。
「それよりも、そろそろ『アレックス様』っていうのやめないか? 呼び捨てでいい」
「とんでもない! 仮にもウィンストン家のご子息様を呼び捨てなんて!」
必死に訴えると、彼は「仮にも、って」と苦笑いをこぼした。
「なら、俺たちだって仮にも夫婦なんだ。兄たちだって、そうしている」
「だけど……!」
声を張り上げた私を制するように、彼の足取りがふと緩む。
隣を歩く影がわずかに近づき、落ち着いた声音が耳元で私の名を呼んだ。
「シェリル」
かすかな吐息が耳にかかる。
驚いて半歩身を引こうとしたけれど、しっかりと繋がれた手がそれを許してはくれない。
見上げた彼の眼差しは、「ほら、呼んでみろ」とでも告げているみたいで──全身がどくんと脈打った。
「ア、アレックス……」
「よし」
私はその瞳に負けて、つい名前を呼んでしまったのだけれど。
満足げに笑う彼の横顔が無邪気な子どものように見えて、不覚にもまた私の心臓はどきんと音を鳴らしたのだった。
*
その夜。
部屋に戻った私は、髪飾りを手のひらに乗せてしばらく見つめた。
深紅の花びらは灯りの下でも美しく輝き、昼間の市のざわめきや、彼に手を握られたこと、名前を呼ばされたときの胸の鼓動を思い出させる。
私は机の引き出しから小さな箱を取り出した。
子どものころから大切にしてきた、おもちゃの宝石箱。
中には色あせた小ぶりの人形や欠けたガラス玉、古びたネックレスなど、幼い日の宝物たちが今もそのまま眠っている。
そして、その中に一つだけ小袋があった。
袋を開けても、もう何も入っていない。
けれどそこには、かつて小さな指輪をしまっていた思い出が残っている。
幼い私が王子様にあげた、おもちゃの指輪。
彼は──たしか、やさしく笑って、それから私の頭に手を置いた気がする。
はっきりとは思い出せない。
ただ胸の奥があたたかくなったことだけは確かだった。
「私の……王子様」
何気なく呟いただけなのに、つんと胸が痛む。
あの思い出は記憶の中に深く沈み込んでしまって、もう取り戻せない。
その寂しさからなのだろうか。
私は小袋の上に、今日アレックス様から贈られた髪飾りをそっと置いていた。
「薔薇が似合う、かあ」
王子様が運んでくれた薔薇の香りが、くんと鼻先をかすめていったような気がする。
過去と今が並んだその瞬間、心がざわめいて──眠れぬ夜になると悟った。




