第41話 新しい未来へ
そして、結婚式から一年後──。
久しぶりにウィンストン家の本邸を訪れていた私とアレックスは、生まれたばかりの赤ちゃんを囲んで、すっかり“親戚の家に遊びに来た夫婦“みたいになっていた。
「ベアトリスちゃ〜ん、シェリルちゃんとアレックスが来ましたよ〜。ほら、こっち向いてぇ」
弾んだ声でベアトリスちゃんに呼びかけているのは、マーガレット様。
ベビーベッドに寝かされたロイド様夫妻の第一子──ベアトリスちゃんは、生まれてまだ数ヶ月。
きゅっと丸まった手足も、むにむにしたほっぺたも、無表情になったかと思えば何かを見つけたように笑うその顔も、全部の仕草が愛くるしい。眺めているだけなのに、勝手に頬が緩んでしまう。
「母上……シェリルもいるんだから、少しは孫バカを抑えてくれないか?」
「無理よ。だって孫よ? 目に入れても痛くないって言うじゃない」
アレックスの苦言を、マーガレット様は切り捨てるように一蹴した。いつもは気品に満ちて、明るい笑顔の中にも気高さが見えるマーガレット様だけれど、ベアトリスちゃんの前では完全に“おばあちゃん“の顔になってしまうようだ。
かくいう私も、ベアトリスちゃんに夢中だった。
「ほんと、すっごく可愛いです! トリスちゃん、おてて小さいねぇ」
指を差し出すと、赤ちゃんの小さな指が反射的にぎゅっと握り返してくる。か弱いのに力強い握り方がたまらなくて、思わず「きゃーっ……!」と声にならない悲鳴がもれた。
とにかく可愛い。このひと言に尽きる。
顔の筋肉は脱力し、へらっとした笑顔になっていたと思う。私の様子を見たアンナ様が、くすりと上品に微笑んだ。
「シェリルさん、気に入られたみたいですね」
「そっ、そうですかね!? でも、可愛いです……!」
ベッドの端にいたロイド様も、アンナ様に同調するように「ははっ」と大人の笑みを浮かべた。そして、ベアトリスちゃんの顔を覗き込む。
「トリスは嫌いな人には懐かないよ。生後間もないのに、もう好き嫌いがはっきりしてるみたいなんだ」
「わあ、ほんとですか? じゃあ私、トリスちゃんに認められたってことかな」
「うん。ずっとシェリルのこと見つめてるし、そうだと思う」
言われて目を落とすと、確かにベアトリスちゃんの大きくて澄んだ蒼い瞳が、じっと私を見上げていた。
ロイド様ゆずりの瞳。それと、アンナ様ゆずりのミルクティーベージュの柔らかい髪がうっすらと生えている。
二人の愛の結晶──月並みな言い方かもしれないけれど、本当にその言葉がぴったりで、これ以外の表現が見つからなかった。
「ほら、そんなことろにいないで、アレックスも来てくださいよ!」
少し離れた場所で私たちを眺めている彼に声をかける。
興味はありそうなのに近寄ってこないのは、前回と同じ。子どもが嫌いというわけではないらしいのだが。どうしてか、いつも一歩だけ距離を置く。
どこか拗ねたような空気を漂わせている彼の腕をつかみ、そのままベアトリスちゃんの前まで引っ張っていった。
「ね、可愛いでしょ?」
「そりゃ、まあ」
「指、出してみてくださいよ。トリスちゃん握ってくれますから」
アレックスが半信半疑で指を差し出した瞬間──小さな手のひらが、彼の指先をぎゅっと握りしめた。
「……っ」
アレックスの肩がわずかに跳ねる。
「やっぱり。トリスちゃんも、アレックスのこと好きみたいですよ」
見上げた彼の横顔は、驚きの奥に、大切なものに触れたときにだけ浮かぶやさしい表情が滲んでいた。
──アレックスがパパになったら、こんな顔するのかな。
ずっと隣にいたはずなのに、まだ知らない彼の表情がある。未来のことを思うだけで、幸せが込み上げてくる。
彼の腕にぴたりと寄り添って、私はしっとりと言葉をこぼした。
「可愛い、ですよね」
「ああ。思っていたより……ずっと」
アレックスはベアトリスちゃんの小さな手を見つめたまま、言葉を選ぶようにゆっくりと呟く。戸惑いを含みつつも、確かに心が引き寄せられている響きがあった。
短い会話だけれど、私たちの声には同じような温度が宿っていた気がした。




