第40話 契約から誓いへ
手を取り合い、私たちは光に満ちた会場へ一歩を踏み出した。
木の温もりを感じる小さな教会。大きな窓から差し込む柔らかな陽光が、さざなみのようにフロアにあたたかい光の帯を描いている。かすかに感じる百合の香りは、会場の隅々にまで幸せを運ぶように満ちていた。
「シェリルちゃん、おめでとう」
明るく声をかけてくれたのは、マーガレット様だ。
「とっても綺麗ね。ほんとうにうちの娘になってくれて、旦那もすごく喜んでるわ。ね、あなた」
そう言って、マーガレット様は軽く振り返る。後ろでは、アレックス様のお父様が見守るように小さく頷いていた。
「ありがとうございます」
「アレックスも、やっと素直になれたのね」
「……うるさい」
反抗しきれずに口をすぼめたアレックス様を横目で見て、私はつい「ふふっ」と笑みをこぼした。
「シェリル様、おめでとうございます」
クロエさんも、柔らかい微笑みを浮かべていた。普段と変わらぬ礼儀正しい眼差しだけれど、今日は何か特別な光が宿っているように感じる。
クロエさんだけではない。両家に仕えるメイドや執事たちも、いつも以上に丁寧に背筋を伸ばして私たちを迎えてくれていた。
「おめでとう、シェリル」
穏やかな声とともに、ロイド様の微笑みが降り注いだ。
澄んだ蒼い瞳は、今日は祝福の光となって輝いている。自然と私も背筋を伸ばし、少しだけ胸を張ることができた。
「ありがとうございます。ロイド様のおかげで、アレックス様とこうして結婚することができました」
「僕は何もしてないよ。二人の絆が本物だったから。心から、おめでとう」
「はい……ありがとうございます」
ロイド様の眼差しは、控えめながらも深い慈愛に満ちていた。小さいときから、陰ながら私とアレックス様を支えてくれていたのだろう。その思いやりを感じで、ロイド様の瞳が一層輝いて見えた。
「シェリルさん、おめでとうございます。とてもお綺麗で、アレックス様とも本当によくお似合いです」
「アンナ様まで、ありがとうございます」
ロイド様の隣に、気品よく並んで立つアンナ様。
前にロイド様から聞いた過去の話を思い出して、しゃんと身が引き締まる。彼女の凛とした立ち居振る舞いの中には、私の知らない努力や苦労が隠れているのだろう。
「あの、アンナ様……!」
「はい」
「私も……アンナ様みたいな立派な淑女になれるよう、これからもっと頑張ります!」
「私は、自由奔放で、元気なシェリルさんが好きですよ」
その澄み切ったまでの声は、張り切って掲げた私の決意をぽきりと折るように柔らかく届いた。
けれどそれは、嫌味でも否定でもない。「違う誰かにならなくていい」と言ってもらえたような、そんな気遣いがあった。
「シェリルさんはシェリルさんらしく、アレックス様と幸せになってください」
「……はい!」
「それでも、どうしても困ったときには、力になりますから」
「よろしくお願いします」
私が背伸びして追いかけようとしていた理想を、有り余る包容力で包んで返してくれる。その優しさは、本当のお姉さんみたいだった。
「シェリル、そろそろ」
アレックス様が区切りをつけるように私の手を握り返す。挙式の時刻が近づいていた。
「では、私たちは先に参列席でお待ちしてます」
「はい」
頭を軽く下げながら挨拶を交わし、私たちは一度会場から離れた。
*
軽くメイクやドレスを整え、最後にベールが下される。視界が白く包まれた途端、わずかに緊張が走った。
やがて「準備が整いました」と合図が入り、私たちは挙式用の大扉の前へと歩く。
磨かれた木の扉は、物語の始まりを告げる門のように壮麗だった。向こう側では、参列者たちの期待と祝福が満ちているのがわかる。
「シェリル」
アレックス様が、そっと私の手をすくい取った。
「行こう。俺たちの、新しい始まりへ」
「……はい!」
心臓がとくん、と鳴った瞬間。扉が音もなく開き、あたたかな光が一気に視界へ流れ込む。
そして、二人でゆっくりとウェディングロードを踏み出した。
*
二人で歩くウェディングロードは、思ったよりも短く感じられた。それでも、通り過ぎる私たちを祝福してくれるみんなの視線や笑顔、拍手の音はひとつ残さず伝わってくる。
幸福も、緊張も、すべてが愛しい記憶として刻まれていくようだった。
祭壇の前に立ち、向かい合って手を取り合う。
アレックス様の手のひらが、しっかりと私の手を包み込んでいる。鼓動が自然と重なり合い、これまでの時間すべてが、この瞬間のためにあったのだと感じられた。
「命の限りシェリルを愛し、守り、共に歩むことをここに誓おう」
深く、真摯な声。耳だけでなく、心の奥まで届く言葉が涙腺を緩ませた。
涙ぐみながらも、私も自分の想いを言葉に乗せる。
「あなたをこれからの人生のすべてにおいて愛し、尊敬し、支え続けることを誓います」
ベールが上げられ、視界がクリアになる。真っ先に映ったのは、微笑む彼の顔。
参列者もたくさんいたはずなのに、それを忘れてしまうくらい、この瞬間は二人だけの世界だった。
アレックス様の手が私の肩を抱き寄せる。鼓動は不思議と落ち着いていた。緊張ではなく、幸福で満たされる音。
そして、そっと唇が触れ合って──世界中のすべてが幸せに溶けていくように、拍手の中に包まれた。
この日、かつての契約は、一生の愛を紡ぐ誓いへと変わったのだった。




