第36話 罪と罰
「シェリルはこの五日間、どうしてた?」
優しく問いかける声に、胸がまた少し熱くなった。彼が私ことを気にかけてくれている。それだけで嬉しかった。
「私は……一昨日まで、現場検証などが続いていました。温室でのことや、これまでのことを調査官の方々に何度も説明して……」
呼吸を整えながら、少しずつこの三日間のとこを話していく。話すたびにアレックス様は相槌を打つように頷き、眉間にわずかな影を落とした。怒りや苛立ちではなく、重さと憂いのある表情。私の話に耳を傾け、理解しようとしてくれているのがわかった。
すべてを話し終えたとき、彼は深く息をついて「大変だったな」と労るように私の頭を撫でてくれた。その温もりに、張り詰めていた記憶が解けていく気がした。
「それから、昨日は……王都大審院へ行きました」
「ヴィンセントとハイライト家の処罰か」
「はい……」
私は一度窓の外へ視線を流してから、昨日のことを思い返すように口を開いた。
*
処罰が伝えられたのは、王都にある大審院の法廷だった。
本来、罪を犯した者はその土地にある地方審院から審理が始まり、罪の重さに応じて王都第二審院、そして最後に王国最高位の王都大審院へと進んでいく。
けれど、ヴィンセント様──ハイライト家は、そうではなかった。最初から王都大審院に連れてこられたのだ。
疑いの段階で重罪として扱われる、異例ともいえる措置。かねてからの噂も相まって、「庇いようがない」と周囲の貴族たちの小さなざわめきが、ひっきりなしに耳に届いた。
私は事件の当事者として、証人席の一角に案内されていた。薄い布の仕切り越しに、こちらの姿は見えないようになっている。
しかし、私からは彼の様子が手に取るようにわかった。
大審院長と判事たちの前に立たされたヴィンセント様には、以前のような驕りも余裕もなかった。
乱れた金髪と、焦点の合わない翠色の瞳。手枷を付けられ虚無のように佇んでいる姿からは、もはや“王子様“の片影すら感じられない。
その隣、沈黙をまとって立つのはハイライト家当主、ヴィンセント様のお父様だろう。ヴィンセント様と同じように手枷を付けられ、うつむいたままひと言も発さない。ただ彼と同じ翠色の瞳だけは、時折凄むように大審院長たちのほうを見上げていた。
そんな中で読み上げられた処分は、一言一句が厳粛で、誰の情も挟む余地がないほどだった。
ハイライト家の爵位剥奪。
領地と資産の没収、ならびに王家への返還。
ハイライト伯爵と伯爵夫人は揃って辺境への流刑、つまり強制労役を課す追放処分。隠蔽、改竄、賄賂、これまで積み重なっていた数々の悪事が一挙に断罪された。
そして──ヴィンセント様には、国が厳重に管理する監獄への禁錮処分。加害行為の悪質性が認められ、貴族であっても容赦されない重い刑が下された。
法廷の空気は凍りついていて、誰一人として彼らを擁護する声をあげなかった。
『没落』
その言葉を、あれほど痛感した日はない。
去り際、ぐるりと法廷を見渡したヴィンセント様と目が合ったような気がした。もちろん、こちらからは見えても、向こうから私が見えるはずはない。ただの錯覚だとわかっている。
それでも、あの一瞬に宿っていたもの──恨みか、後悔か、あるいはもっと別の感情か。それを考えただけで、全身がぞくりと粟立った。
法廷から二人の姿が消え、終了を告げるガベルが響き渡る。重苦しかった空気がようやく解け、積もっていた緊張がふっと抜けた。
大きな窓からのぞむ景色を眺めながら、ゆっくりと息をつく。指先に残る小さな震えを感じながら、私はこの四日間の出来事を思い返した。
恐怖、心配、戸惑い、そして──安堵。すべてが終わったのだと、やっと肩の荷が降りた瞬間だった。
*
「これが、下された処分です」
アレックス様はまぶたを落としたまま、しばらく黙っていた。顔には、安堵とほんの少しの怒りの色が混ざっているように見える。正式な処罰が下されたとはいえ、彼からしたら許し難いものがあるに違いない。
それを自分の中に落とし込むように、アレックス様は大きく息をついた。
「妥当だな」
「はい……」
当然の結果だと思う。私だって、彼らに同情も憐れみも持ってはいない。
ただ、一人の人間が崩れていく瞬間。そして、愚行がもたらした結末を目の当たりにしたという現実だけは、心に深く刻まれていた。
「よく耐えたな。お前が無事で、俺はそれだけで十分だ」
「でも、アレックス様にだって罰が……」
実は、アレックス様にも王都中央記録局への不法侵入や恐喝罪といった処分が下されていた。国が管理する記録局への侵入や、エミリー管理官を脅して鍵を奪ったことが問題とされたのだ。
しかし恐喝罪のほうは、エミリー管理官と元々口裏を合わせていた計画だったらしい。万が一、アレックス様に何かあった場合には「脅迫された」と告げることになっていたのだ。そのため、共犯者であったエミリー管理官には厳重注意だけが科され、いまは事なきを得ている。
そのお詫びか礼としてか、アレックス様のもとには毎日のように大量の高級茶葉や焼き菓子が送られていたのだった。
そしてアレックス様に課されたのは、十日間の自宅謹慎。
国が管理する記録局への不法侵入という、表向きは重大な罪なのだが──与えられた処分は、驚くほど軽いものだった。
理由は明白。アレックス様の侵入は、結果として長年の改竄や役員買収など、ハイライト家が隠してきた国家レベルの不正を暴き出したからだ。
もし仮に彼が侵入しなかったら、不正はさらに蔓延し、誰も手を下せないまま隠蔽され続けていたに違いない。
同時に、この事件を機に、記録局の体制は徹底的に見直されることになった。改竄や隠蔽、不正が二度と見逃されぬよう、管理者や権限のあり方、管理手順すべてが厳格化されるらしい。
アレックス様の行動は、ただの侵入ではなく制度の改善をもたらすきっかけとなった。だからこそ罪は軽く、自宅謹慎で済んだ、というわけだ。
「自宅謹慎なんて、ほとんど自宅療養と変わらない。何も心配するな」
「はい……ありがとうございます」
アレックス様はやさしい言葉をかけてくれたけれど、本当はどれほどの覚悟であの場所に踏み込んだのか。あのときの私は何も知らず、ヴィンセント様の言葉に踊らされ手駒にされていただけ。
思い返すほど胸が締めつけられ、どうにもやるせなかった。
「シェリル、隣に」
それを払拭してくれるように、アレックス様が片手を差し出した。
断る理由なんてない。私はサイドテーブルに花束を置いて、彼の手を取った。
手を繋いだまま彼の隣へ腰を下ろす。安心感と、わずかな緊張を感じたところで、アレックス様が目元を和らげた。
「お前はもう、何も考えなくていい。俺のそばにいてくれ」
「……はい」
握られた手に力がこもり、言葉以上に強い思いが伝わってくる。じわりと涙腺が緩んだ感覚がした。




