第34話 想いを込めた花束を
あの事件から、今日で五日。
ついにアレックス様との面会の許可が下りた。
その知らせを聞いたのは起きてすぐ、今朝方のことだ。
鏡の前で身支度を整える私の顔は、自分でもはっきりとわかるくらい、にやけきってきた。
──やっと、会える……!
私の心は小さく跳ねるように──いや、実際に飛び跳ねてしまったくらい、待ちに待った喜びを噛みしめた。
この五日間は目まぐるしくて、瞬きをする間に過ぎていった気がする。けれど、アレックス様に会えない時間だけは、どうしても長く感じた。
苦しくて、つらくて、寂しくて。胸に空いた隙間は、どんなに忙しくても、どれだけ眠っても埋まらなかったのだから──。
あの日、運ばれていくアレックス様の背中を見送ったあと、私は現場検証のため庭園に残っていた。
アレックス様がいなくなった温室には、彼の血の跡だけが生々しく存在している。紛れもない現実。今更になって恐怖や慄然に襲われたのを、今でもはっきり覚えている。
それから私は、これまてのことをありのまま調査官に伝えた。ヴィンセント様との出会いから接触、事件当日の様子──思い出したくない場面も含めて、すべてを数時間にわたって話しているうちにその日は終わった。
二日目、三日目と同じ内容を繰り返し訊ねられるうちに、張り詰めていた心は落ち着きを取り戻していった。何度も口に出すことで、少しずつ頭と気持ちが整理されていったのだと、今ならわかる。
そして、事件から四日目の昨日。
長かった証言の日々が終わり、ハイライト家への処分が正式に下された。アレックス様の容態も順調に回復していると聞いたときには、巻きついていた錘が解け落ちたように身体が軽くなった感覚がした。
ずっと続いていた悪夢のような時間。それが遠ざかったて、ようやく久しぶりに安眠できたのだった。
──今日は、着けて行こう。
ある程度の身支度を終えた私は、おもちゃの宝箱からあの髪飾りを取り出した。真紅のルビーがあしらわれた、薔薇の髪飾り。アレックス様が「似合っている」と贈ってくれた、私の宝物。
指先でそっと持ち上げると、そこから広がるように胸にまで熱が帯びた。彼に会える──そう思っただけで、心臓が落ち着きなく跳ね始めた。
鏡の前で位置を確認しては外し、整えてはまたやり直し、気づけばもう何度同じ動作を繰り返したかわからない。
けれど彼が見てくれると思うと、どうしても妥協できなかった。
「これでいい、よね」
やっと納得できる角度に留められたとき、小さく弾けるような喜びが胸を打った。
緊張と、ときめきと、ほんの少しの不安。それ全部を抱えたまま、私は胸に手を当てて息を整える。
そして「いってきます」とお父様とお母様に挨拶をして、家の扉を開けた。
*
家を出た私の足取りはアレックス様の館ではなく、家からほど近い市街地へ向かっていた。
──やっぱり、お見舞いならお花は必要だよね。
早く会いたい気持ちは山々だったが、手ぶらで行くのはどうしても気が引けた。
なにせ五日ぶりの再会。何かしらの気持ちは添えたかったのだ。
やがて、視界に小さな花屋が見えてきた。
離れた場所にいてもわかる、鮮やかで華やかな香りがふうわりと漂っている。
──あそこならアレックス様に似合うお花がありそう。
私はひとつ深呼吸をしてから、花屋の前まで小走りで近づいた。
*
「うわあ、どれにしよう」
店に一歩入った途端、花々の香りに包まれる。淡い色の花、元気をくれるような花、可憐な小花。どれも綺麗で、どれもアレックス様に似合う気がして、余計に迷ってしまう。
「いらっしゃいませ。何かお手伝いしますか?」
「あ、いえ。お見舞い用の花を買いに来たんですけど、自分で選んでみたいなって」
「それは素敵ですね。相手のことを思った花束は、世界に一つだけしかない贈り物になると思いますよ」
「……はい」
世界に一つだけ──その響きが、アレックス様の笑顔と重なった。
ふと視線を上げたとき、隅の棚で光っている花が目に入った。
深い蒼の花弁。神秘的で凛としているのに、どこか切なくて。それはまるで、彼の瞳そのものだった。
「これ……ブルーローズ」
導かれるように、指先が伸びていた。
「はい。『奇跡』という花言葉を持つ、特別なお花なんですよ」
「奇跡……」
胸がぎゅっとなる。
あの日、彼が私を守ってくれたこと。そして今、生きて会いに行けるということ。
それだけじゃない。きっと初めから、運命だったかのような──そんな奇跡。
「これにします!」
「かしこまりました」
「あと、この白い小花……かすみ草も合わせてもらえますか?」
「はい。素敵な組み合わせですね」
束ねられていく青い薔薇を見つめながら、私はふとその本数を数えていた。
──十二本……。
バランスよく整えたつもりで数なんて意識していなかったのに、何かの意味を持つように薔薇は十二本揃っている。その青を、純白のかすみ草がやさしく包み込んでいた。
世界に一つだけの、私から彼へのブーケ。
「お待たせいたしました」
「……綺麗」
思わず両手で抱きしめると、ふわりと甘い香りが鼻先をかすめた。腕の中の青い薔薇は、誇らしげに胸を張っているように見える。
──アレックス様、喜んでくれるかな。
「お見舞いの方、早く治るといいですね」
「はい! ありがとうございました」
私はブーケを抱き直し、彼のいる館へ一歩を踏み出した。
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引き続き、シェリルとアレックスのじれキュンをお楽しみください♡




