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【完結】幼馴染の冷徹貴族様と偽装結婚したら、契約なのに私を離してくれそうにありません  作者: 葉南子@アンソロ発売中!
第一章 私の憧れの王子様

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第3話 偽装夫婦!?


「まったく、うちの娘は少しも落ち着きがないな」


 草原から戻ると、リビングで腕を組んだお父様が待ちかまえていた。

 威厳ある大きな体躯(たいく)に、髭を生やした口元には苦笑が浮かんでいる。


「ごめんなさい、お父様。外の風が気持ちよかったから、つい」

「まあ、病床に伏していた頃を思えば……今こうして走り回っているのが奇跡みたいなものだからな。あの頃は、もう長くはもたぬかもしれぬと覚悟したものだ」


 お父様は、ふっと目を細めた。

 幼少期特有の持病は、成長とともに消えていったけれど。

 あの日々がなかったら、私はきっと今の自由をこんなにも尊く思わなかっただろう。


「だからこそだ、シェリル」

「はい?」


 お父様の声が少し低くなった。

 わずかに眉間にしわの寄った表情。

 これは“父“ではなく、“領主“としての顔だ。


「お前が元気になったと知って、政敵一派が縁談を持ちかけてきている。キャスター家の領地と後継ぎを狙う輩だ。放ってはおけん」

「政敵……?」

「ハイライト家だ。詳しいことはよく知らんが、金や利益のためなら手段を選ばんと聞く。貴族の風上にも置けない奴らだ」

「へえ、そうなんですね」


 私はどこか他人事のように呟いた。

 縁談なんて興味がないと突っぱねればいいだけだ。それに貴族同士のもめごとなんて、今に始まったことではない。

 私もそういうものに関わる歳になったのかと考えていると、お父様が口調をさらに引き締めて続けた。


「そこでだ。敵の手を避けるためにも、先にこちらで形だけでも作らねばならん。幸い、ウィンストン家とは旧来より親しい。ロイド殿は既に婚姻を結んでいるが……」


 嫌な予感、とでもいうのだろか。

 その言葉を聞いた瞬間、背筋にひんやりと冷たいものが走った。

 

「アレックス殿との婚約ならば、外聞も悪くないだろう」


 一瞬、頭が真っ白になる。

 

 ──アレックス様と……婚約?


 その言葉を反芻(はんすう)してすぐ、反射的に私は「はあああ!?」と大きな声を出していた。

 

「お父様!? それって、私にアレックス様と結婚しろと仰っているんですか!?」

「形だけと言っておるだろう。本当に結婚する必要はない。世間には夫婦と見せかけておけば十分だ」

「で、でも……っ!」


 私の必死の抗議をよそに、お父様は淡々と続ける。


「それにこれは、お前の身を守るためでもある。わかるな、シェリル」

「わかりますけど……! でも、ウィンストン家は? そんな話、受け入れるはず……」

「快く承諾してくれた」


 私は呆気に取られた。

 そんなことがあるのだろうか。

 お父様が私の身を案じてくれているのは、もちろんわかるし、ありがたい。


 ──だけど、よりによってアレックス様!?


 優しいロイド様ならまだしも、口を開けば嫌味しか言わないような、あのアレックス様と?

 頭の中で思考が渦巻く。

 返す言葉が見つからずにいると、その沈黙を同意と勘違いしたのか、お父様の口の端がゆるんだ。

 

「まあ、俺としては偽装夫婦などと言わず、本当に結婚してくれたほうが安心できるがな」


 声音は冗談めかしているのに、目だけは本気だった。

 口髭をなぞりながら、まんざらでもなさそうに笑うお父様。

 それもそうだ。

 国随一の貴族であるウィンストン家に嫁げるなど、誰でも喉から手が出るほどの縁談である。

 だから、これが本音なのだろう。


「お父様の……バカーーッ!」


 私は椅子をがたんと鳴らして、勢いよく立ち上がる。

 そしてお父様の呆れ顔を背に、自室へと一直線に駆け出した。


 *

 

「アレックス様と偽装夫婦……?」


 ベッドに突っ伏したまま、ありえない光景を想像してしまう。

 無愛想で、いつも小言ばかり。

 皮肉屋のアレックス様と“夫婦役”を演じるなんて、絶対にうまくいくはずがない。


 ──でも。


 私を守るためだ、と父上は言っていた。

 本当のところはどうあれ、アレックス様がそれを承諾したという事実。

 それが何より信じられなくて、胸の奥がざわついて仕方がなかった。


 ──アレックス様は、どうして承諾したんだろう。

 

 心のどこかで、あの鋭い蒼い瞳が離れない自分に気づいてしまう。

 私は、はっと首を振った。

 

「違う違う! 私の王子様は、ロイド様のはず」


 呟きながら、子どもの頃のぼんやりした記憶を必死に探る。

 けれど浮かぶのは、誰かが差し伸べてくれたあたたかい手と、耳に残るやさしい声だけ。


 ──ロイド様……なんだよね。


 なのに、どうして私はアレックス様の瞳を思い出してしまうのだろう。

 冷たくて鋭いはずなのに、不思議と胸をざわつかせる。


 ──きっと、偽装夫婦を演じろなんて言われたせいだ。


 そうに決まっている。

 私は枕に顔をうずめ、無理やり思考を閉ざした。

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