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【完結】幼馴染の冷徹貴族様と偽装結婚したら、契約なのに私を離してくれそうにありません  作者: 葉南子@アンソロ発売中!
第三章 運命の歯車

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第29話 決意


 温室から出た私たちは、庭園の池のそばにあるガゼボに並んで腰を下ろしていた。

 あのまま温室に残っていたら、中に満ちた熱気に当てられて、きっとまともに話せなかったと思う。


 吹き抜ける風は、少しだけ冷たくて気持ちよかった。

 けれど、その心地よさも一瞬で吹き飛ぶ。なんでもこの数日、アレックス様は王都中央記録局に忍び込んでいたらしい。

 予想外どころか度を超していて、かなり驚いた。


「そんな危険なこと……! どうして……!?」

「シェリルのためだ。放っておけるわけないだろ」

「私のため?」


 問い返すと、アレックス様は少しだけ視線を伏せた。その横顔は冷静だけど、どこか怒りを押し殺しているようにも見える。


「パーティーの日、お前に近づいたヴィンセントの動きは明らかに怪しかった。なにか裏があると思って、確かめに行った」


 アレックス様の口から語られたのは、ハイライト家の裏の顔。

 彼らはキャスター家に取り入り、私とヴィンセント様の婚姻を足がかりにして領地や資産を奪おうとしていたらしい。記録局に保管されている資料まで改竄(かいざん)済みと聞いたときは、さすがに背筋が凍った。自分の人生が書き換えられていく──そんな恐怖すら覚えた。

 お父様が「貴族の風上にも置けない」と言っていたのは、こういうことなのだろう。


 そして衝撃を受けると同時に、ふつふつと怒りが湧いてきた。

 私との婚姻をでっち上げたということは、ヴィンセント様は私が手中に落ちたと確信しているということ。


 ──全部、演技だったんだ……!


 ふとしたときに感じた違和感が、じわじわと現実味を帯びてくる。

 完璧すぎる王子様像。「運命」と銘打って近づいてきた日々。アレックス様と別れるように仕向けられた偽りの励まし──どれも、初めから計算されていたのだ。


「お前は、あいつに何をされた?」


 蒼い瞳がこちらを見据える。

 私はごくんと喉を鳴らして、これまでのことを話し始めた。

 

 アレックス様は黙って私の言葉を受け止めながら、目を細めたり、眉を少しひそめたりしていた。

 大まかなことを話し終えたとき、アレックス様が「そうか」と呟く。すべての感情を押し込めたように、大きく息をついた一言だった。

 

「それと、もう一つ……言わなきゃいけないことがあります」

「何だ?」

「初めて彼に会った日の夜、告白されて……手の甲にキスされたんです」

「……キス?」


 アレックス様の顔が見たことないくらい険しくなった。

 

「はい…… 。すぐに言えなくて、ごめんなさい。言ったらアレックス様に軽蔑されて、関係を解消されてしまうんじゃないかって……それが怖くて言えませんてした」


 勇気を出して告げた終えたあと、わずかな沈黙が落ちる。

 やはり軽蔑されてしまったのだろうか。ゆっくりと吐かれたアレックス様の吐息に、心臓がきゅっと縮こまった音を立てた。

 彼は少しだけ目を伏せたかと思うと、小さく口を開いて私に訊ねた。


「……どっちだ?」

「え?」

「どっちの手に触れられた?」

「えと、左手の……」


 言い終えるよりも先に、アレックス様の指が私の手を取った。その仕草に、胸の鼓動が一気に早まる。

 そして──彼は迷いなく、手の甲に唇を寄せた。

 

「あいつの痕は、いま俺が消した」


 囁いた声はどこまでも甘い。けれど、隠しきれない嫉妬と独占欲も滲んでいたのがわかった。見上げた蒼い瞳に吸い込まれそうになる。

 唇が離れても、手の甲にはまだ熱が残っていた。

 

「軽蔑なんてしない。なんでも話してほしい。お互い、隠し事はもうなしだ」

「はい……」

「誰にも触れさせない」

「はい。私も、アレックス様以外の人に触れられるのは嫌です」


 私は彼の手を取り直し、その指先にキスを返した。

 約束の印のように唇が触れた瞬間、アレックス様の指がぴくりと震える。

 

「……お前さ」

「はい?」


 顔を上げた先の彼は、耳まで真っ赤に顔を染めていた。怒っているのか照れているのか判別できないほど、視線が揺れている。


「それ、絶対無自覚だろ」

「……と、言いますと?」

「今ここが外じゃなかったら……」


 アレックス様は額に手を当て、堪えるように私から視線を外した。


「間違いなく、お前のこと押し倒してた」

「えっ……!?」


 私の顔も一瞬で熱くなる。

 いつも余裕たっぷりで私の反応を楽しんでいたような人が、こんなふうに取り乱すなんて。

 

「だから……無防備にそんなことするな。ほんとに理性がもたない」

「……はい」


 低く落ちた声は先ほどまでの真剣な表情とは違って、不器用に本音がこぼれたみたいだった。


 ──ああ……好きだなあ。


 彼に触れたい。

 でも、いま触れてしまったら──たぶん、私も抑えが利かなくなるかもしれない。

 甘くて気まずくて、それでも離れがたい空気が流れた。


「……また二、三日、家を開ける」


 その空気を引き締めるように、アレックス様が低く芯の通った声で告げた。

 

「そうなんですか……?」

「記録局に行く。まだやらなきゃいけないことがある」

「……わかりました」


 そうだ。彼は危険を承知で、またひとり飛び込んでいく。

 それも私を守るために。


「アレックス様……」


 名前を呼んだ瞬間、彼がこちらを向く。その優しい瞳が、かえって背中を押した。


 ──守られるばかりじゃ、もういられない。


 私は唇を噛んで、覚悟を決めた。


「私たち、別れましょう」

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