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【完結】幼馴染の冷徹貴族様と偽装結婚したら、契約なのに私を離してくれそうにありません  作者: 葉南子@アンソロ発売中!
第ニ章 結婚記念パーティー

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第15話 緊張と緩和


「他の男のことを考えるなんて、ずいぶん余裕だな」

「……え? あの……?」


 いつもと少し違う雰囲気に戸惑う。アレックス様の視線は真剣で、それでいて挑発的に揺れていた。


「俺の妻、だろう? なあシェリル。いい加減、どうしたら自覚してくれるんだ?」


 わずかに口角を吊り上げて、こちらを追い詰めるように言い放つ。

 “独占欲“──その言葉が脳裏をよぎった。偽装夫婦のはずなのに、彼は必要以上に私に固執しているように思えてしまう。ウィンストン家の息子としてのプライドなのか。それとも、俺のものだと意識させたくて仕方がないのか。

 なんにせよ、この距離感では呼吸すら乱されてしまう。心臓の鼓動がうるさくて、言い訳を探す余裕もない。

 

「私は、ちゃんとアレックス様のこと……!」


 呼び捨てにするのも忘れて、必死に言葉を繋ぐ。その途中で、彼の腕の力がほんの少し強まった。


「俺だけ見ていろ」


 甘くて、でも命令みたいな響き。蒼い瞳に射抜かれて、ついに言葉を失ってしまう。心臓の鼓動はもう限界を超えそうだった。

 そのまま彼の手が、そっと私の頬に添えられる。指先が触れている頬から、熱が全身へ広がっていく。前に、「練習でもしておくか?」と顔を近づけられたときと同じような状況なのに──どうしてか、今は拒めそうにない自分がいた。

 息を止めてしまうほど距離が縮まって、以前にはなかった“その先“を覚悟するように、私は思いっきり目をつむる。

 そして、彼のかすかな香りを感じた、その瞬間。


「シェリル様、お待たせいたしました。紅茶のご用意が……」


 不意に割り込んだ声に、はっとして目を開ける。視界に入ったのは、扉のところで紅茶を持っているあのメイドだった。

 

「失礼いたしました。お取り込み中でしたか」


 彼女は何も見なかったかのように事務的に頭を下げた。

 その対応が逆に恥ずかしい。いっそのこと「お熱いことで」とか「お邪魔しちゃいました?」とか、茶化してくれたほうがまだ気が楽になるのに。


「では、私は一度退室いたしますので」

「……っ、待ってください! メイドさーーん!」


 身を引くように部屋から出て行こうとするメイドに、私はたまらず叫んでしまった。


 *


 恥ずかしい話だ。

 どうやら私は、メイド──クロエさんがしたノックにも気づかなかったらしい。鼓動が大きすぎて、音が耳に届かなかったせいに違いない。

 ソファに腰かけ、恥ずかしさのあまり手で顔を覆っていた。


「せっかくの紅茶が冷めるぞ」


 隣からは、ぶっきらぼうな声。足を組んで座っえいるアレックス様は眉間にわずかなしわを寄せ、どこか面白くなさそうな表情を浮かべている。


「……そうですね。せっかくクロエさんが、私のために淹れてくれたんですもん」


 手元に置かれたのは、カモミールティー。リラックス効果がある紅茶だとクロエさんが教えてくれた。そこに少量の蜂蜜を加える。口当たりがまろやかになって、香りも際立つそうだ。

 数回ほどスプーンを回して、「いただきます」とティーカップを口に運んだ。


 ──ああ。たしかに、ほっとする……。


 ほんのり甘い香りが鼻腔をくすぐる。紅茶の温かさが身体に染み渡っていくのを感じて、ふわりと身体の力が抜けた。

 私のお願いを快く受けてくれたクロエさん。今度会ったときには、きちんとお礼とお詫びを言おう。そう心に決めながら、ゆっくりと紅茶を口に運んだ。


「落ち着いたか?」

「ええ、まあ」

「ならいい」


 そう言ったあと少し間を置いて、アレックス様は視線を私に向け直した。


「さっきは……やりすぎたかもしれない。すまなかった」


 意外だった。

 いつも意地悪で、素直に謝る姿なんて想像すらしたことなかったのに。今の彼の声は本当に真摯的だった。

 その声に押されるように私もアレックス様と向き合って、気持ちを紡いだ。


「あの、私、ちゃんとアレックス様のことは夫として意識しているつもりです。それと、ウィンストン家にもご迷惑をかけないように立ち振る舞わないと、とも思っています。今日のダンスのために、アレックス様だってお忙しい中ずっと……」


 言葉の途中で、彼の人差し指が静かに顔の前に差し伸べられた。


「“アレックス“、だろ?」


 数時間前、館に着いてすぐに言われたセリフ。

 でも、あのときの意地悪な言い方ではなくて。優しく微笑みながら、確かめるように囁かれた。

 そんなふうに言われてしまったからには、もう「意地悪だな」なんて思えなくなってしまう。


「……アレックスだって、お忙しい中ずっと私の指導をしてくれたんです。教えていただいたことを無駄にしたくありません」


 膝の上でぐっと手のひらを握って、私も真摯に本音を伝えた。

 アレックス様は、「そうか」と短く返すだけだったけれど。いつもの冷たい響きはなく、私への期待と信頼で満ちているように力強くて、澄み切っていた。細められた蒼い瞳からは、ずっと私のことを見守ってくれる安心感すら覚える。

 普段との違いに気づいたその一瞬、彼の顔に見惚れてしまったのを自覚した。


「そろそろ時間か」

「はい」

「緊張はしていないな?」

「はい、クロエさんの紅茶のおかげで」


 もちろん、クロエさんのおかげもある。

 だけどそれ以上に、隣にいるアレックス様の穏やかな声と眼差しが、私の緊張をなにより和らげてくれていた。


「お前の努力は、ずっと見てきた。なら俺は、お前を誇れるようにしないとな」


 頼もしいくらいの、やさしい笑顔。

 彼が私を導いてくれるなら──きっと大丈夫。


「行こうか、シェリル」

「はい」


 手を取り合い、部屋を出る。

 廊下を歩く足取りは自然に重なり合い、緊張とはまた違った心の高鳴りが身体の中で響く。

 いよいよダンスの時間が始まろうとしていた。


お読みいただきありがとうございます

ブクマ、評価が大変励みになりますので、ぜひ応援よろしくお願いします★★★★★


朝昼夜の1日3回更新予定です

引き続き、シェリルとアレックスのじれキュンをお楽しみください♡


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