第11話 パーティーの日
いよいよ結婚記念パーティー当日を迎えた。
空は澄み渡っていて、太陽の光が燦々と降り注いでいる。祝福を告げるかのような晴天で、お祝いの日にふさわしい空模様だった。
午後から始まるパーティーの支度のため、私は自室の鏡の前に立っている。その背後では、お母様が慣れた手つきでコルセットの紐を締め上げていた。
「うぅ〜、苦しい……」
「綺麗に見せるためよ、我慢して。ほら、あと少し」
コルセットをぎゅっと締められて、たまらず息を詰める。鏡越しに目が合ったお母様が、にこりと微笑んだ。
「はい、できた」
「ちょっとキツすぎじゃない?」
「時間が経てば緩んでくるから、キツめでいいのよ」
「そうだけど、いつもより締まってる気が……」
「今日は特別だから。シェリルをとびきり綺麗に見せなきゃ」
お母様はいつになく張り切っていた。
もちろん今日の主役はロイド様とアンナ様だけれど、私もアレックス様の妻として呼ばれ、みんなの前でダンスまで披露することになっているのだ。そのせいもあって、お母様の手つきはいつも以上に力がこもっていた。
「じゃあ、次はドレスね」
お母様が両手で広げたのは、淡いローズピンクのドレス。やわらかなシルクの光沢が、陽射しを受けてきらきらと煌めていてる。間違いなく、今まで着てきたドレスの中で一番優美なものだった。
メイドとお母様に手伝われながら袖を通す。てきぱきと着付けが進み、最後に二人がふわりとドレスの裾を広げた瞬間、部屋の空気が変わった気がした。
「似合ってるわ」
「……そう、かな」
鏡に映った自分を見つめ、小さく息を呑む。胸がどきどきして、ほんの少しだけ見惚れてしまった。
アンナ様みたい──なんて言うのは、おこがましいかもしれない。けれど、いつもの私とは違う淑女らしい姿に、自然と背筋が伸びていった。
──アレックス様は、どう思うかな。
仮にも妻として呼ばれる身。少しは「綺麗だ」と褒めてくれるのだろうか。
でもあの人のことだ。きっと皮肉を交えて、「馬子にも衣装」なんて、からかうように言うに決まっている。
ため息をもらしたあと、はっとして自分を戒めた。
──別に、アレックス様にどう思われようが関係ないでしょ。
今日大事なのは、しっかり自分の役割をこなして、ウィンストン家に失礼のないようにすることだ。
──そう、関係ない……はずなのに。
小さな期待が芽生えているのを、どうしても打ち消せなかった。
「次は髪ね。まとめるから、座って」
お母様が櫛を手に取り、私の髪を丁寧にすくい上げていく。
整えられていく髪を見つめながら、ふとアレックス様の仕草を思い出した。
”──お前、あの髪飾り……”
パーティーで一緒に踊ると宣告された、あの日。アレックス様は私の髪に触れながら、どこか切なそう呟いた。
彼の言う“髪飾り“なんて、きっと一つしか存在しない。
それは、市で贈ってもらって以来、ずっと宝石箱にしまっている薔薇の髪飾り。
言葉の続きは、マーガレット様が現れて聞けなかったけれど。市で「よく似合う」と言ってくれた彼の声が、頭の中でくり返し響いていた。
──パーティーの日くらい、着けてもいいよね。
「お母様、ちょっと待って。髪に着けてほしいものがあるの」
私は椅子から立ち上がって、宝石箱から髪飾りを取り出した。
「あら、綺麗。こんな綺麗なもの持ってたのね」
「うん……」
「なら、この髪飾りが似合うヘアスタイルにしましょうか」
「うん、お願い」
お母様は器用に指先を動かしながら髪を編み込み、後ろでまとめだす。鏡の中の自分が少しずつ変わっていく。何万回と見てきた自分の顔なのに、今日はずっと見ていても飽きなかった。
「はい、これで最後」
仕上げに、お母様は耳の少し上、斜め後ろあたりに薔薇の髪飾りをそっと刺してくれた。
太陽の光を受けてきらりと輝く薔薇は、まとめ上げられた髪に溶け込むように馴染んでいる。
「すごい綺麗……」
髪飾りが顔まわりを華やかに彩り、いつもの自分よりも少し大人っぽく、上品に見えた。
「ありがとう、お母様」
「かわいい娘のためだもの」
お母様はにこやかに微笑み、ふわりと手を私の肩に添える。小さかった頃、病気で弱かった私をいつも優しく支えてくれたお母様のあたたかさ。それは、今も変わらず私を見守ってくれているんだと実感するほどだった。
「お母さんとお父さんも支度してくるから。整い次第、出発しましょう」
「うん」
私は鏡に映る姿を見つめながら、何度も深呼吸をして背筋を伸ばしていた。




