第10話 真面目な荒療治?
翌日も、私はアレックス様の館にいた。
ただ今日は客間ではなく、鏡張りになっている練習室に足を踏み入れている。
光を反射する壁一面の鏡に、滑りそうなくらい磨かれた床。ここでアレックス様とダンスの練習をするのだ。
アレックス様はすでに立っていて、私を見やる。
「今日は母上もいない。邪魔は入らないからな」
その声に胸がざわりとする。まっすぐな視線に捕えられてしまい、身体が少しだけ硬くなった。
「時間もないし、始めるか」
そっと差し出された右手。やはり、そこからは確かな優しさと力を感じる。
ふと、昨日のことが頭をよぎった。
“──俺に慣れる時間“
真面目な顔をしながら、おかしなことを言ったアレックス様。くすりと思い出し笑いをしたら、少しだけ緊張が解けていった。
「よろしくお願いします」
アレックス様の右手に自分の手を添える。
昨日のぎこちなさは消え、今日は少しだけスムーズに手が重なった。
*
「アレックス様、ちょっと休憩を……!」
練習を始めてから一時間。
私の息は絶え絶えで、身体も汗ばんでいた。
スパルタというわけじゃないが、アレックス様の指導はその辺の講師よりも厳しかった。
──さすが、一流貴族はダンスも一流だわ……。
そう思わずにはいられないほど、アレックス様のステップは優雅で狂いがない。自由に楽しく踊ってきた私のダンスとは、まったくの別物だった。
小さな祭事や集会なら、今までの私でも問題ないのかもしれないが。
今回は、ウィンストン家の結婚記念パーティーという格式高い舞台。おまけに、仮とはいえアレックス様の妻として出席する身。人々の目が光る場では、ちょっとやそっとの踊りでは通用しないはずだ。
私は、ウィンストン家の顔に泥を塗ることだけは、どうしても避けたかった。
「……アレックス様、練習再開しましょう」
「もういいのか?」
「はい、もっと上手くならないと迷惑かけちゃいますから」
ぐっと気を引き締めて、私は姿勢を正した。
アレックス様は私をまじまじと見つめたあと、ふっと微笑んだ。そして、ひと言「そうか」と呟き、私の手をすくい取る。やさしい所作は、こちらのやる気を汲んで受け止めてくれたように感じた。
「基礎はできている。悪くもない。だが気が急いでるのかステップが雑になる時があるな」
「そう、なんですか……?」
「落ち着きのない性格がダンスにも出てる」
「……はい」
肩を落とすものの、心当たりがないわけじゃない。
プレッシャーでいつもより身体が緊張しているのがわかる。気持ちだけが先走って、身体がついていかないのだろう。けれど「性格が出てる」とまで言われると、妙に恥ずかしい。
アレックス様は「もう一度、最初から」と、私と身体を近づけた。
真剣で、それでいてどこか柔らかさを帯びた蒼い瞳が目と前にある。星空のように揺らめく瞳は、「お前ならできる」と黙って背中を支えてくれている気がした。
──やっぱり、意外と優しい……。
そう思った矢先に、彼の気まぐれな意地悪が顔を出す。
「ほら、背筋が曲がってる」
吐息混じりの低い声が耳元に落ちると同時に、背中に彼の指先が触れた。それは腰のあたりから肩口まで、なぞるようにゆっくりと這い上がっていく。
「……っ!!」
指先を追いかけるように熱が走り、背筋がびくんと跳ねる。服の上からなのに、まるで素肌を撫でられたみたいで──「ひゃっ」と声が漏れそうになるのを必死で堪えた。
条件反射的に彼から距離を取ろうとしていたが、無理なことはわかっていた。
だって、彼の左手はしっかりと私の手を捉え、右腕は容赦なく背を抱き寄せていたのだから。逃げ場なんてどこにもないのだ。
「案外、素直に反応するな」
アレックス様の口元には、あの意地悪な笑みが浮かんでいる。私は顔が火照っていくのを感じながら、目を丸くして語調を強めた。
「……っ、からかってるんですか!?」
「真面目だ。お前には、こういう指導の方が効くんじゃないかと思って」
「こういうって……!」
大きくなった声をすぼめ、言葉を詰まらせる私の様子を蒼い瞳がまっすぐ見つめる。意地悪な笑みはそのままに、少しだけ目尻が柔らかくなったような気もした。
「ほんと……ですか?」
「もちろん。実際、背筋も伸びた。それに、大声で叫んだから無駄な力も抜けただろ」
「あ……」
そう言われてみれば、少しだけ自分の身体がほっと緩んだ感覚がする。力んでいた肩も、踏ん張っていた足も、自然と力が抜けていった。
アレックス様は、私が感じているプレッシャーにも、身体の調子がいつもと違うことにも気づいていたのもしれない。
「言ったろ、じゃじゃ馬の手綱を引くのには慣れてるって」
「ですけど! 次、また同じようなことしたら怒りますからね!」
「……怒られるだけで済むなら、安いもんだな」
彼はくすっと笑い、わずかに目を細めながら呟いた。その微笑みには、からかいたくて仕方がない楽しさと、どこか満足げな吐息が混ざっていた。
私の驚いた顔や慌てる仕草を見られるのが、どうやら彼にとってはこの上なく嬉しいことらしい。
──ほんとに意地悪なんだから。
もうあんな指導はこりごりだと思いながら、私は次のステップに向き合った。
アレックス様は相変わらず厳しい。
けれどその指導は決して理不尽ではなく、ひとつひとつの動きに意味があることがわかる。真剣に向き合って教えてくれるから、自然と身体も心も彼に従う。
余計な力を抜き、呼吸を整え、アレックス様のリードに身を委ねる。彼の指摘ひとつで背筋が伸び、ステップが滑らかになる感覚が身体にどんどん染み渡っていく。
それが嬉しくて、心まで躍っているようだった。
“──俺が必ず、お前を導く”
凛とした彼の横顔が、その言葉を思い出させた。
鏡に映る私たちの姿は、ほんの少しだけ以前より近づいたように見える。
パーティーの日まで、あと六日。
この時間を無駄にしないよう、私も全力で臨もう。
パーティーでダンスを成功させることがアレックス様への恩返しだと思った。
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朝昼夜の1日3回更新予定です
引き続き、シェリルとアレックスのじれキュンをお楽しみください♡




