この恋は、ダンジョン最下層からはじまった。【side:元Fランク剣士】《3分恋#最終》
魔術学校の卒業式は、「証明杖」の受け渡しだけで終わった。
7年間で取得した魔法のすべてが、この杖に詰まっている。そして、もうひとつ――ポケットには、“あの日”を信じて選んだ、たったひとつの贈り物。
「まさか、Fランク剣士だったルドが首席で卒業なんてね〜」
顔を上げると、誇らしげな友人が「どこへ行くのか」と訊ねた。
「ギルド『マニマニ』の、候補生テスト用ダンジョンへ行くんだ」
「えっ! あそこ合格率低いけど、そんなに所属したいの?」
「ううん、違うよ」
会いたい人がいるんだ――ポケットの中の指輪を、こっそり握りしめた。
「くっ……やっぱり強い」
7年前も、このダンジョンで倒れた。仲間に置いていかれたが、今は最初から独りだ。
傷を癒やしながら、ただ前へ。
あの時助けてくれた、魔女の声が蘇る。「寿退社してやる〜」といつも笑っていた。
「……シーナ、元気かな」
早く会いたい。
『ヨソ見ヲスルナ』
まただ。最下層手前の魔王が強すぎる。でも今度は、自分の炎魔法で足の氷を溶かすことができるはず――。
『試験終了ダ。今救援ガクル』
「魔王様、それって」
まだ、最下層の魔女は変わっていないのか――不安をおぼえ、問いかけた瞬間。
箒に乗った魔女が降り立った。
燃える髪と瞳は、今も目に焼きついている。
「シーナ!」
彼女が口を開く前に、紅蓮の炎を宿した手を差し出していた。
「この色……もしかして、ルド?」
「……会いたかったです」
彼女の目が潤んでいくのが、わかった。
でも。彼女は瞬くばかりで、手には触れてくれない。
この炎魔法は、あの時ここで、ボクの氷を溶かしてくれたものなのに。
「デカくなってるし……まさか、本当に来ちゃうなんて」
シーナは笑いながら、でも涙を堪えているようだった。
「もし、バディが見つかってなかったら」
ボクと一緒に来てほしい――声が震えないよう言うと同時に、迷う指先を引き寄せた。
「あの時はまだ、気づかなかったんだけど」
また会いたいと思ったのは、シーナが――。
その先を言葉にする前に、ポケットの中から小さな箱を取り出した。
「ママとか言ってた、坊やのクセに……」
「それ、何年前の話?」
ピッタリとはいかなかったけど。彼女の瞳に合う金の指輪へ唇を落とした、瞬間。
透明な雫が彼女の頬を伝い、蒸発した。
「アンタ、このダンジョンのラスボスを連れ出すからには返品不可だからね! もう、二度と離れてやらないんだから……」
「はい! そのために来たんです」
このギルドには、不思議な地下ダンジョンがある。
ラスボス魔女に会いたい――たったそれだけの気持ちで、Fランク剣士が自分を変えてしまうほどの魔法がかかっている。
「待ちなさい! いい感じに締めようとしてるけれど」
冒険はここから。
シーナの言葉に、胸が高鳴った。
「アタシの夫になったからには、各地の魔王をシメる旅にも、危険な秘薬を探す旅にも、ぜーんぶ付き合ってもらうんだから!」
「ええー、どこかの田舎で薬屋を開くって選択肢は」
「なし!」
彼女と一緒にいる限り、ボクの変化の旅はまだ続きそうだ。