神さまの家
学校のそばに石切り場があった。校庭には、バレーボールのような灰色の丸い岩を幾つも積んだ山があって、そのそばで灰色の顔をした教師たちが、黙々と岩を磨いていた。
何をしているんですかと尋ねると、こどもの頭を作っているのです、という。
「こどもたちには頭がないので、こうして作ってやらねばならないのです」
ぼくは何やらとても重苦しい気持ちになって、足早にそこを離れた。校門を出ると、体のどこかがきりきり痛んで、心臓が押し潰されそうになって、立っていられないほど目眩がした。
学校の塀に寄り掛かって休んでいると、どうしたんですか? と声がする。見ると目の前にひとりのこどもが立っている。糊のきいた白いシャツを着て、折り目のきれいなズボンをはいているが、教師たちの言ったとおり彼の肩から上には、透明な風とただ声ばかりがあって、確かに頭はないのであった。
少し目眩がするんだと答えると、こどもはすっとぼくのひじに手をかけて言った。
「つれていってあげる」
「つれて? どこに?」
「神さまの家だよ。きっと直してくれるから」
ぼくは彼に手をひかれるままについていった。学校を過ぎると、緑の高い山があって、頂上に向かってまっすぐ白い石の階段が通っていた。ほら、あそこだよ、とこどもが指し示す方を見上げると、確かにはるかな山のてっぺんに、光る家が一軒たっている。
「あそこに神さまが住んでいるんだよ」
重い頭をひきずりながら、ぼくは石段を登っていった。だが登っても登っても、石段はちっとも短くならない。一体いつまで登るんだろう。引き返して、他に医者でも探した方がよくないかと、思うのだが、こどもがぼくの体を支えながら、もう少しだよと、何度もささやくものだから、仕方なくぼくは、石に根をはる重い足を、何度も引き千切り、引き千切りしながら、一足一足やっとのことで登るのだった。
やがて、ふとぼくは、かたわらで、ぼんやりした光が灯ったのに気づいた。見ると、いつの間にか、さっきまで何もなかったこどもの肩の上に、白いまりのような、かあいい頭が、今はちゃんとのっかっているのだった。そして登ってゆくにつれ、まるでたそがれの月のように、頭はだんだんと光をあらわして、かわいらしい目鼻立ちさえ、少しずつ見えてくるのだった。
「やあ、かわいいな。こんなにちゃんとした頭があったのになあ」
ぼくはぜえぜえあえぎながら、やっと声に出して、言った。こどもは賢そうな瞳をくるりとぼくに向けて、笑った。ぼくはしみじみと言った。
「あの灰色の先生たちに、教えてあげたいなあ」
こどもはそれには答えず、もうすぐ神さまに会えるよと言った。するとなぜだか、ぼくは無性にうれしくなって、浮き浮きしてきて、涙さえ、こみあげてくるのだった。そして、こうして体を引きずりながら、ぜえぜえ階段を上っていくことも、不思議におもしろい仕事だと、思えるのだった。
ようやく石段は終わって、平らな広い所に、ぼくはどさりと体をおいた。体を横たえながら、ごうごう荒い息をしていると、ひやりと澄んだ空気が、一息ごとに喉を癒した。風が吹いて、汗にまみれた顔をあげると、目の前に、こじんまりとした庭があって、その向こうに、小さな引き戸がたっているのが、うっすらと見える。
「ほら、ここが神さまの家だよ」
「ああ……」
神さまの家は、天をつくような伽藍でも、御殿でもなくて、てんで普通の家だった。なんだか周りは光ばかりで、ひどくまぶしいのだが、玄関は本当に簡素な作りで、こんにちはぁって声をかけると、どこかのおかみさんの声が、はぁいとでも答えそうなくらい。
「神の門は狭いっていうけど、本当に狭いんだなあ」
ぼくが呆れていうと、こどもは、今はもうはっきりと見える、やわらかな黒髪をなびかせて、鈴が風にゆれるような笑い声を、くちびるからころころ転がしながら、からりと、玄関を開けた。
鍵はかかって、いなかった。