三話
(まずい……)
見られていなかったことを祈りながら、ロクは必死にその場を取り繕おうとする。
「ミナ、さっきはごめん。なんか、テンパっちゃって……本当にごめん。」
慌てた様子で謝罪を重ねる。自分の取り繕う言葉が薄っぺらいと感じながらも、とにかく今はごまかすしかない。
(ああ、最低だな。自分のメンツ優先で……)
ところが、ミナの反応は意外なものだった。
「う、ううん。私のほうこそごめんね。」
予想外の返しに安心し、胸を撫で下ろす。どうやら、そこまで深く追及はされないようだ。
(そうだ、いつも俺がこの三人のリーダーというか、まとめ役だったんだよな。)
「ロクが怒ったのかと思って、不安だったの。」
「怒るわけないじゃん。さっきの魔法、すごかったよ。」
「そ、そうかな……えへへ。」
ミナが照れ笑いすると、ロクは(なんとかこの場はしのげそうだ)と安堵する。しかし同時に、“自分が魔法を使えない”という現実がずしりと重くのしかかってくる。
「あのさ、私も母さんに教わったばかりなんだけど……もしよかったらロクにも教えたいなって思って。」
(やめてくれ……)
善意だと分かっていても、今はどうしようもなく辛い。申し出が嬉しい反面、余計に自分が惨めになりそうだった。ロクは笑顔を装い、なるべく平静を保つ。
「ありがとう。でも、実は母さんに“魔法はまだ禁止”って言われてるんだ。だから……帰ったらもう一回聞いてみるね!」
「そっか。わかった。」
ミナは笑ってくれたが、その笑顔にはかすかな寂しさが宿っている。ロクは気づけないまま、逃げるように言葉を続ける。
「……ごめん、今日はもう帰るね。また明日。」
一刻も早く、この状況から離れたかった。ロクはあからさまにならない程度の早足で歩き出す。背後からの視線を感じながら、どっと疲労感が押し寄せてきた。
(今日はとことん上手くいかないな……)
ロクはため息をつく。気づけば家の前にたどり着いていたが、今はどうしても母と顔を合わせたくない。
(今あの人に会ったら、絶対「なんで魔法使っちゃいけないんですか!?」って問い詰めちゃう……それで失望されたら、俺……)
“聞き分けがいい頑張り屋”――それが自分のキャラだと信じていた。
ぐっと気持ちを落ち着け、母に気づかれないようそっとドアを開閉する。床板が鳴らないように細心の注意を払い、自室へ戻った。
(……いない?)
家の中に母の気配を感じず、ロクはすかさず“魔法基礎 1 冒険者協会”を開く。先ほど得た内容を思い返しながら、必死で文章を追う。
《魔法基礎 1:冒険者協会/抜粋》
…もしも魔法が発動しない場合、多くは二つのパターンに分けられる。
術式・詠唱に誤りがある――きちんと正確な詠唱を身につけよう。
その魔法自体が、あなたの魔力量ではまだ発動できない可能性。まずは基礎魔法から始め、魔力を鍛えることが大切。
…(中略)
魔力は“理論上”努力次第で増やせる。まずは生活魔法を習得するのが近道だ。困ったことがあれば近くの冒険者協会やお告げの日の派遣冒険者に相談するとよい――
「……生活魔法すら使えなかった場合は……書いてないか。」
ロクは本を閉じ、固まったまま呟く。
「もしかして……“マジで魔力がないの”か……?」
ありえない、と頭では否定する。
だって本にも“魔力が存在しない人間はいない”と書いてあるじゃないか――。
けれど、さっき何度唱えても魔法は起きなかった。自分は歴史に名を残す英雄になれると思っていたのに、この展開はあまりにも理不尽だ。
(今までは他人と同じになりたくないと思ってたけど……“こんなの”欲しかったわけじゃないだろ……何か悪いことをしたか、俺……どうすれば……)
頭を抱えるロクは、ドアが開く音にまったく気づけないほど落ち込んでいた。
振り返ると、そこには――。