神の啓示
「まさか、あれをこのような形で自らが経験するとは……」
目の前で起こりつつある事態に、あの頃自らが感想として披露したある小説への悪態を思い出した彼は苦笑いを浮かべないわけにはいかなかった。
そして、改めて問う。
その疑問を。
……あのときは最終的に物語の進行上必要なものであると理解したが、こうなると、それが必要である何かがあるということになる。
……それはいったい何だ?
そして、しばらく考え込んだ彼はある答えに辿り着く。
……勇者たちが向かっているのはこの王都。
……もちろん王都には王がいる。
……だから、勇者たちは王都にいる王を倒しにやってくるともいえる。
……だが、王都から王が逃げ出したらどうなる?
……彼らが真の勇者なら王都を落として終わりというわけにはいかないだろう。
……しかも、逃げる王はそれなりの規模の軍を抱えていたらなおさらだ。
……まあ、かつてこの世界のすべてを支配していた者の末裔が、流浪の民、または野盗の真似事をするというのはあまり誇れるものではないのは事実。
……だが、そうやっているうちに魔族唯一の天敵である勇者の命運は尽きる。
……なにしろ彼らは人間。我々の三分の一の寿命しかないのだ。そして、常識的に彼らと同じだけの実力を持った者はすぐには現れない。
……そこが魔族側の好機。
……勇者が消えてから準備を整え攻勢に出ても、完璧とはいかなくても十分な失地回復はできるはず。
……それなのに、なぜそこまでして戦力を減らすだけの迎撃に拘る?
……いうまでもない。王が王都を動かないからだ。
……我々には知らされていない王が王都を離れられない事情がある。
……または、単純なプライドの問題か。
……どちらにしても、王が王都から動かないというのが決定事項なら、軍幹部たちが本来無視してもいいような勇者の進行を阻止しようと躍起になるのもわからぬでもない。
……つまり、現在の魔族の王は王都陥落時に都とともに消える。
……では、魔族のすべてがその時点で消えるのかといえば、そうではない。
……それどころか大部分は残る。
……ただし、そのまま放置すれば、所詮烏合の衆。狩り尽くされるだけだ。
……だが、生存こそ最優先。そのためには王都でさえ簡単に手放せる価値観と実行力を持つ新たな王。
……そのような者さえいれば、魔族は王都陥落後してからも集団として生き残り、最終的には強大な力を持つ勇者の脅威にも打ち勝つことができるわけだ。
……なるほど。
……もしかしたら、これこそが私の進む道かもしれないな。