神の啓示
「まさか、あれをこのような形で自らが経験するとは……」
目の前で起こりつつある事態に、まだ、元の世界にいた頃、自らが感想として披露したある小説への悪態を思い出したグワラニーは苦笑いを浮かべないわけにはいかなかった。
敵は強敵である勇者を避けずに戦おうとするのか?
たとえば、敵味方が一本道で戦っているのなら、それは避けられないものだ。
だが、広大な戦線のであれば、勇者がいない場所で戦闘をおこなう、または勇者をやり過ごし、その後再占領するという戦い方もできる。
そして、正義の使徒という金看板を掲げている以上、は後方に敵が現われ、保護すべき民が襲われているとなれば勇者は前進をやめ、助けに行かねばならない。
結果として勇者の進行を止められる。
だが、敵は常に勇者の進行先にしか現れない。
これはおかしい。
それがその悪態の骨子となる。
「……あのときは最終的には物語の進行上必要なものであるいわゆる『大人の事情』と理解したが、実際の戦いでそれが起こった。こうなると、そうなるための何かがなければならないということになる。だが、それはいったい何だ?」
しばらく考え込んだ彼だったが、答えとは別の、あることに気づく。
「……勇者たちが向かっているのは王都イペトスート」
「もちろん王都には王がいる。だから、勇者たちは王都にいる王を倒しにやってくるともいえる」
「……だが、王都から王が逃げ出したらどうなる?」
「まあ、かつてこの世界のすべてを支配していた者の末裔が、流浪の民か、野盗の真似事をするというのはあまり誇れるものではないのは事実。だが、そうやっているうちに魔族の天敵である勇者の命運は尽きる。なにしろ彼らは人間。我々の三分の一の寿命しかないのだ。そして、常識的に彼らと同じだけの実力を持った者はすぐには現れない」
「……そうなった時こそが魔族側の好機。勇者が消えてから準備を整え攻勢に出ても、完璧とはいかなくても十分な失地回復はできる」
「それなのに、魔族軍はなぜ勝てないと薄々わかっている勇者に対し戦力を減らすだけの迎撃をおこなうのだ?」
「……いうまでもない。王が王都を動かないからだ」
「我々下々には知らされていない王が王都を離れられない事情がある。または、単純な王のプライドの問題か」
「……どちらにしても、王が王都から動かないというのが決定事項なら、軍幹部たちが勇者の進行を阻止しようと躍起になるのもわからぬでもない。それでも後方攪乱をおこなわない理由にはならないのだが」
……まあ、どちらにしても状況から推測しても現在の魔族の王は王都陥落時に都とともに消える。
……では、魔族のすべてがその時点で消えるのかといえば、そうではない。
……それどころか大部分は残る。
……ただし、そのまま放置すれば、所詮烏合の衆。狩り尽くされるだけだ。
……だが、「生存こそ最優先。そのためには王都でさえ簡単に手放せる」という価値観と実行力を持つ新たな王さえいれば、魔族は王都陥落後してからも集団として生き残り、最終的には寿命を武器に強大な力を持つ勇者の脅威にも打ち勝つことができるわけだ。
……もしかしたら、これこそが私の進む道かもしれないな。




