最強交渉人が流した涙
アリターナ王国内にある城のひとつディンテルヴィ。
今は前線から遠く離れた城塞のひとつであり、周辺も争いとは無縁の長閑な穀倉地帯であるが、その昔この城を巡り魔族とアリターナの間で激戦がおこなわれた。
穀倉地帯の入口に立ち塞がるよう聳える目障りなこの城の攻撃を始めた魔族軍の予定では三日で陥落させるはずだった。
だが、見栄えのしないその城はいくら攻撃してもびくともしない。
手を変え、品を変えて攻撃するものの、味方の損害が増えるばかり。
業を煮やした魔族軍の司令官は、周辺はおろか王都からも有能な魔術師を呼び寄せ大攻勢をかけたものの、再び失敗。
その城は悠然と、兵士はもちろん、借りだした魔術師の大部分まで失って呆然とする魔族たちを見下ろす。
その損害のあまりの多さと、城の異常なまでの堅固さに舌を巻き、ついに魔族は攻城を諦め、すごすごと撤退する。
そして、それから彼らは二度とやってこなかった。
吟遊詩人が伝えるディンテルヴィ城攻防戦の概要である。
もちろん誇張はあるが、この城を攻撃した魔族軍は得るところがなかっただけではなく、その損害は驚くほど大きかったのは事実である。
それからもうひとつ。
アリターナにおける魔族軍の敗因には共通点があった。
城塞攻略の失敗と大損害。
さらにいえば、その彼らが苦杯を舐めた各城塞の設計及び工事責任者はすべて同じ人物であった。
そして、このディンテルヴィ城は、その人物が「防御城塞としては自分の最高傑作である」と誇ったものでもある。
「……まるでユーボート・ブンカーだな。これは」
その日、ディンテルヴィ城に立ったその男はその異様な外観を眺め、苦笑いをしてそう呟いた。
「ユーボート・ブンカー?それはいったいどのようなものなのでしょうか?アントニオ様」
彼の言葉にあった聞きなれぬ単語について若い従者が尋ねる。
「どこかの国にあるという強固な要塞のことをいう。まあ、気にするほどでもない」
お茶を濁すようにそう答えながら、彼はもう一度それを眺める。
……これは間違いなくこの時代の知識でつくられたものではない。
……いや。この世界の知識の間違いか。
……あの世界に生きた者にとっては見慣れているものではあるが、これだけ質の良いコンクリート。しかも、驚くことにこの世界では使われることのない鉄筋入り。
……アリターナ国内を除けば、この世界のどこにだってこれだけのもの存在しない。
……それを何百年も前に成し遂げているとは……。
……しかも、ごく短期間につくりあげる監督力。普通ではない。
……相当大きな建築に携わっていた経験がなければできないだろう。
……それだけではない。
……今も昔もアリターナ兵は弱兵揃い。白兵戦になれば屈強な魔族軍兵士には万に一つも勝てない。
……絶対に侵入させないというだけではなく、戦意を挫くだけの損害を攻城にやってくる者たちに与えなければならない。
……しかも、何年だろうが籠城できる設備も必要となる。
……ここにはそれらがすべて揃っている。
……しかも、普通の城と違い、空からの攻撃に対しても完璧な防御だ。
……まあ、その分優雅さに欠けるのだが。
そう。
彼が、第二次世界大戦時にドイツ軍が虎の子の潜水艦を爆撃から守るために建造した堅固な防空施設「ユーボート・ブンカー」と評したのはその部分についてだった。
……しかも、周辺住民を収容したという地下につくられた居住空間もきわめて快適だ。
……これだけのものを構想し、つくりあげるのは、空襲の恐ろしさを知らないこの世界の者であるはずがない。
……しかも……。
……空からの攻撃の脅威をこれだけ認識しているというその一点だけでも、この世界のものより格段に進んだ軍事的素養に持っていなければならない。
心の中でそこまで言ったところで、彼はひとりの男の顔を思い浮かべる。
……あの男ならあり得るな。
……ドイツかぶれのあの男なら、こういう場所にブンカーをつくりあげることも十分ありえる。
……だが、様々な魔法攻撃すらまったく寄せつけなかったのだから、結果的には壁面だけではなく、天井の厚さも十ジェレト……まあ、ここは十メートルといっておこう。それだけの厚さにしたのもやりすぎではなかったということか。
……いずれにしても……間違いない。
彼は目を閉じる。
……君も来ていたのか。
……しかも、同じアリターナに。
……だが、本当に残念だよ。
……できれば、同じ時代に生きたかった。
……そして、もう一度会いたかった……。
……そして、これまでの苦労を語り合いたかった。
……加橋君。