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豚バラとキャベツのパンケーキ

作者: クボナオミ





 ぶたーバラ

 ぶたーバラとキャーベツの

 パーンケーキ

 とってもおいしいよ




「そんな歌声がきこえてきたら、あなたはとても幸運です。なにしろとってもおいしい豚バラとキャベツのパンケーキが食べられるのですからね」


 ふんぞり返った旅商人が自慢げに言った。

 旅の合間の雨宿り。農家の軒先を借りたもの同士のひまつぶしは与太話と相場は決まっている。


「豚バラとキャベツのパンケーキとは初耳だ」

 応えたのはいかにも冒険者という風体の大きな男だ。頬に傷があって、背に大剣を背負っている。荷物は両肩と腰に振り分けていて、長旅を経てきたのが一目でわかるほど薄汚れている。


「正直に言いますれば、私もたった一度きりしか口にできていないのです」

「一度きり? もう一度行かなかったのかい?」

「帰り道に寄ったんですが、もうそこに店は跡形もなく。それでね」


 旅商人はわざとらしく左右を確認した。夜まではまだ間がありそうだが、雨の降りはひどい。のんびりとした田舎の村には歩いている者も見当たらない。


「豚バラとキャベツのパンケーキ屋は、どうやら場所を変えているようなんですよ」

「パンケーキの店が動くなんて聞いたこともないが」

 食べ物を作って売るなら天火や竈、井戸も必要になる。それごとまるごと動くことなんてできない。


「それが摩訶不思議なところ。私がその店に入れたのは鉱山街の外れの岩場だったんですが、商売仲間が出会したのはずっとずっと南の砂漠だったんですからね」

「岩場や、砂漠に店が……?」

「ええ、小さなオアシスにあったそうで。あやかしかまぼろしだと思ったのに、ちゃんとおいしい豚バラとキャベツのパンケーキを食べられたそうです」


 旅商人は顎鬚をひとなでして、重々しくそう言った。

 大剣を背負った冒険者は「うむう」と唸った。


 パンケーキは嫌いではない。薄いパンケーキに蜂蜜をかけたものを五枚ほど重ねて、さらに上からシロップをかけたパンケーキは大好物だ。

 でも、豚バラとキャベツのパンケーキはどうだろう。

 そもそも豚バラというのはなんだろうか。豚に似たバラの花びら?


「おや、小止みだ。いまのうちに次の村を目指します」

 旅商人はあっさりと言って荷物を抱え直し、農家の軒先を出て行ってしまった。この季節、このあたりの雨はとても気まぐれで、しかも長い。雨にまったく濡れないで歩くことは難しいのだ。

 必然、雨がひとやすみしてくれている間に距離を稼ぐことになる。


 大剣を背負った冒険者は片手を挙げて旅商人を見送り、自分も軒先を出た。商人とは反対に、森のほうへと歩いていく。

 この大森林を抜けた先の街が当面の目的地なのだ。





 大森林を進む道は一本道ではない。途中、壊れて切れているところもあれば、雨で水浸しになっているところもある。

 突っ切って歩けるところはそのまま行くが、崖が崩れていたりすると迂回するしか他はない。


 ざくざくずんずん。

 大剣を背負った冒険者はどんどん先へと進んでいくうちに、また、空から大粒の雨が落ちてきた。


 フードを下ろしたマントはずぶ濡れ、こなれた皮のブーツもすっかり水が染み込んでしまって、歩くたびにぼこぼこと音を鳴らしている。


 これは天候を読み違えたか。

 そう思ったところで遅いのが世の常というもの。大剣を背負った冒険者は顔に垂れてくる雨を何度も拭いながら、さらに足を速めた。


 と。





 ぶたーバラ

 ぶたーバラとキャーベツの

 パーンケーキ

 とってもおいしいよ




 かすかな、かすれたような。おそらく子供の声。

 激しい雨音で聞き取りにくいが、たしかに歌声が聞こえてきた。


 まさか、そんな。あの旅商人の言っていたパンケーキの店があるのか。

 大剣を背負った冒険者はよくよく耳を澄まして、歌声の聞こえてくるほうへ歩き出した。




 ぶたーバラ

 ぶたーバラとキャーベツの

 パーンケーキ

 すっごくおいしいよ




 確かに歌声。さっきと微妙に歌詞が違う。

 しっかり聞き分けながら、大剣を背負った冒険者は小走りになった。声は近い。軒先を借りるか、上手くしたら雨宿りのついでにパンケーキを食べられるかもしれない。

 幸い、腰に下げた皮袋には金貨まである。


 少しすると、雨に混じって香ばしい匂いが漂ってきた。

 焼けた鉄と油。肉と卵、それにパンケーキの焼ける匂いだ。

 

 道に溜まった水を蹴飛ばして走った先で、急に、木々がきれた。木の根も這っていない、まるっきりの平たい土地に、小屋がひとつ、ぽつんとあった。

 屋根から突き出た小さな煙突からはもくもくと煙があがっていて、あの香ばしい匂いが立ち上っている。

 そして、歌。




 ぶたーバラ

 ぶたーバラとキャーベツの

 パーンケーキ

 とってもおいしいよ




 大剣を背負った冒険者は小屋の戸を叩いた。

 と。


「なんでしょうか。お客さんでしょうか」


 戸を開けて、顔を出した子供が言った。


「……こんにちは。雨がひどくなってきたので、休めるところを探しているんだ。ここはパンケーキの店であっているかい?」

「そうですよ」

 言って、子供は大剣を背負った冒険者を店の中に招き入れてくれた。


 馬なら二頭も入らない。小さな小さな小屋だった。それでもきちんと手入れされているようで、土埃も落ちていない。床板と窓枠は白く塗られていて、窓ガラスはぴかぴかだ。


 薄桃色の長い髪を三つ編みにしている子供は、白いシャツと膝下で折り返すブリーチズの上にエプロンをつけていた。たぶん女の子。瞳の色は赤だ。色白で、なんとなく不機嫌そうに見えた。

 きれいな店を汚されて喜ぶ店主はいない。


「こんなにずぶ濡れで申し訳ない」

 大剣を背負った冒険者はマントを脱ぎ、大剣をおろし、皮袋から乾いた布を取り出した。ついでにグローブも脱ぎ落として、ドアのすぐそばにかためて置いた。


「かまいません。座っていいですよ」

 三つ編みのその子は言って、大剣を下ろした冒険者にスツールをすすめてくれた。

 店にある客席らしいものはたった二席。どちらも高めのスツールで、カウンターに向かって並べておいてある。


 取り急ぎ、顔と頭を拭いてからスツールに腰を下ろすと、その子はカウンターの内側に入った。

 カウンターは大剣を下ろした冒険者の手を置いたらぎりぎりいっぱいになるほどのテーブル部分があって、その向こう側には黒くてつやつやした鉄板がくっついていた。


 鉄板には、おそらくパンケーキと思われるものが焼かれている。焼かれているのだが、初めて


「これが、豚バラとキャベツのパンケーキ……?」

「目玉焼きものせますか?」

「あ、ああ。お願いします」



 ぶたーバラ

 ぶたーバラとキャーベツの

 パーンケーキ

 目玉焼きもつけちゃうよ



 歌いながら、三つ編みの子供が鉄板に卵を割り落とした。ジュワッと油が音を立て、白身の縁が泡立つように白くなっていく。

 大剣を下ろした冒険者は思わず喉を鳴らしてしまった。


 三つ編みの子供は両手に持った平たい鉄器具でパンケーキをひっくり返してジュウと鉄板を鳴らしてから、パンケーキの上にシロップを塗った。

 蜂蜜、いや、メイプルシロップよりもずっと濃い、肉汁ソースよりも濃い色のシロップなんて、見たこともない。

 たっぷりかけられたシロップはパンケーキから滴り落ちて鉄板を、



じゅううわあわああ



と、鳴かせる。

 そして、言葉にできないような良い匂いが立ち込めた。

 大剣を下ろした冒険者の腹がぐぅうと大きく鳴いて、口の中が唾液でいっぱいになる。


 三つ編みの子供は焦茶色のシロップの上に、白っぽいソースを置いた。クリームでも、バターでもなさそうだ。


「これは何ていうソースなんだい?」

「茶色いのは豚バラとキャベツのパンケーキ用のソースで、白いのはマヨネーズです」

 三つ編みの子供は不機嫌顔のままで教えてくれた。


 そして。


 大剣を下ろした冒険者の前に、ずるっとパンケーキを押し出して寄越した。二種類のソースが塗られたパンケーキの上には、黄身が半熟に焼き上がった目玉焼きが乗せられる。


「どうぞ。熱いですよ」

「ありがとう。でも、これはどうやって食べるものだろうか」


 テーブル部分には皿と、三つ編みの子供が両手に持っている鉄器具よりも小さなものが置いてある。フォークもスプーンもない。一応、男子の心得として、肉分け用のナイフは持ち歩いてはいるが、使っていいものかどうかわからないのだ。


「クーちゃんが切り分けますか?」

「頼む」


 三つ編みの子供、クーちゃんは鉄器具を使ってパンケーキを切りわけてくれた。縦と横をそれぞれ三等分するように鉄器具が入ると、パンケーキはひときれが一口で食べられそうな大きさになった。


「コテで皿にうつすと食べやすいです」

「わかった。礼を言う」


 どうやら鉄器具はコテというらしい。

 コテを持った冒険者は、言われた通りにひときれを皿に取り、パンケーキを口に運んだ。


「っあ……っつい!」

「熱いです」

「うまい!」

「そうですか」


 豚バラとキャベツのパンケーキ用のソースは香辛料の風味がよく効いていて、マヨネーズはまろやか。それがあつあつの生地をしっとり濡らして、キャベツの甘みと薄い豚肉の味わいをより深くさせている。


 甘くないパンケーキは馴染みがなかった冒険者は、驚きを言葉にするより先にもうひときれ、口に迎えてしまった。


 あつあつ、はふはふ。黄身をからめて、さらにうまうま。

 パンケーキを食べてしまうまで、あっという間のことだった。


「……豚バラというのは、薄い豚肉のことだったのか」

「豚の腹の肉です。薄く切ってあるほうがパンケーキには向いています」


 クーちゃんはそう言ってコテを置き、小さめのボウルを持って冒険者を見た。


「もう一枚、必要ですか?」

「ぜひお願いします」






   ×   ×   ×





 ぶたーバラ

 ぶたーバラとキャーベツの

 パーンケーキ

 とってもおいしいよ




「そんな歌声がきこえてきたら、君はとても幸運だよ。とてつもなく美味しい、豚バラとキャベツのパンケーキが食べられるんだからね」

 雨宿りの無駄話。話題はなんでも構わない。


 あの雨の日以降、大剣を背負った冒険者は豚バラとキャベツのパンケーキの話を何度もなんども語ったのだった。





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