5 魔獣大決戦があったらしい
ウチの国、川が多くて、大小の河川、池、湖があるんだけど。まったくと言っていいほど、水資源を活かせてない。
近隣諸国からは水の魔獣国、と呼ばれるぐらい、ウチの国には水棲魔獣が多い。水運なんて夢のまた夢で、「川に、湖に近寄るな、魔物に食われるぞ」が、ウチの国の常識だ。
小さい川とかならそんなに危険じゃないから、農業的な意味では、水で困ったことはないのが救いかな。
領地同士の領境は、ほとんどが川を目印にしてる。
ウチの伯爵領の北には、ちょっとした川が流れてて、それが北隣との領境になってる。東は小川の流れる森、というか広めの林。それが東隣との領境。
南には大きめの川が流れてて、王都へ向かうには橋を渡って南領を通り抜けていくのが近道。ちょっと水量の多い川だから、魔獣討伐用に領軍兵士が常駐してる。
ある意味、南領にウチの物流が押さえられてる状態なんだよね。通行料とか橋の使用、いろいろ優遇してもらわないといけないわけでして。
だからバッサニオ兄上様の結婚相手は、南領の義姉上だった。
それで、ウチの領の北・東・南、どれも川や林がちょうどよく領境を作っているのに、西だけは地続きで、何にもない。
ずっと境界線をどうするか、領地争いをしてた西隣。それが祖父の代でやっと手打ちになって。領境の配置兵士は十人だけっていう取り決めが、俺と彼女の結婚で継続される。
今では隣の領地同士それなりに友好関係を築いてて、小競り合いさえもないんだけど。それでも形にするっていう、惰性と妥当性で婚約が結ばれた。
だから、友好のための結婚って言っても、ほぼ形だけ。
でも。
南に流れてる川を、運河にすることができるなら。
川は遠く西、ラン姉の旦那さんの領地にある大湖で合流して、またそこから川になって流れて内海へと続いている。
水棲魔獣の巣窟となっているせいで、危険地域、立入禁止になっている大湖。
川を利用して荷を運ぼうと思っても、川や大湖に巣食う水棲魔獣に沈められて、諦めていた水運。
それが。
ウチの領も、西隣の領も、労力のかかる陸路でなく、南に流れる川を利用して、楽に大量に荷を輸送できるようになれば。
大湖周辺、そして海辺の土地へ。川を遡って、その逆も。
河川を通じた数多の流通網が構築される。
とんでもない商機だ。
そうなれば。
これから手を広げるためにも、他の貴族とぜひとも縁を結びたい。
そのためには、今結んでる惰性の結婚なんか、邪魔にしかならない。
完全に完璧な政略による、円満な婚約解消!!!
彼女は、今十五歳。いや、年明けたから、十六歳か。婚約解消は、早めにしないと。ラン姉の一回目の婚約解消も、同じ十六歳だったし。
たしか女の子って、十八歳か十九歳ぐらいまでは婚約を結びやすいって、両親が話してた。そのせいで、ラン姉の二回目の婚約解消の時、本人以上に両親が大騒ぎしてたのを覚えてる。
「それは、建国以来の素晴らしい偉業でございますが。ラントリア様、そのような大討伐、寡聞にして、わたくしは存じません。
夢物語ではなく、本当に……?」
「ほんと、ほんと。
コトが大きいから、箝口令敷いてるの。
もうちょっとしたら、王都でお祭り、じゃなくて、王宮で春夏の祝祭、水神様への祈願を兼ねてのパーティが開かれるでしょ? その時に、陛下から発表があると思うわ。我が国を水の魔獣国から、水と商いの国にするってね。
……ふふっ、商人の国ベニスィーですって。ソレっぽい二つ名よね」
まさかの、「陛下」。
義姉上も、落とされた殿上人発言に、二の句が継げないでいる。
「この前、根回しにって、旦那様の所に戻ったでしょ。
春夏の祝祭前に、身内限定で下位貴族にもバラしても良いって、許可もらってきたの。
証拠もバッチリ」
王太子殿下直筆だと、ラン姉が見ただけで上質な紙を使ってるのがわかる、品の良い手紙をひらひらさせる。
「ラン姉、お願いだから、手紙はしまってて。ソレがあるのはありがたいけど、しまってて」
王家の紋入り手紙を振り回すの、やめて欲しい。落として踏んで、靴跡とか泥つけたりしそうで怖い。
「まぁね、信じられないのも無理はないわ。今まで手付かずだったのに、急に魔獣討伐できましたー、には理由があるの。
種明かしをすると、『魔法の杖』のおかげね」
ラン姉は明るく笑って、昨年の夏の終わりに行われた、大湖のヌシとの大決戦を話し始めた。
◇
対水棲魔獣での厄介さは、どうしても「戦場」が水場に限定されることね。わざわざ、相手の有利な場で戦うことを強いられるんだもの。
魔法で水上歩行、水中呼吸できたところで。波にさらわれ、水底に引きずり込まれて、水中でそれこそ自由自在に動き回る水棲魔獣に、人は敵わないわ。
水の中にあって、水棲魔獣は最強。
だったら、答えは簡単よね。
水をなくせばいいのよ。
無理じゃないわ。なにも、大湖すべてを埋め立てるわけじゃないもの。
討伐目標と戦う場所の、その場所だけ、その時だけを、水場でなくて大地にすればいいのだから。
追い込み漁とか、猟師の箱罠ってあるじゃない。
あんな感じで、エサで釣って、湖岸までおびき寄せて、陸に引き上げたのよ。
石壁の魔法、落とし穴の魔法、氷結の魔法、精霊様に願って水を巻き上げて汲み出してもらったり、それはもう、いろんな手を使ったけど。
最初は、ちゃんと中型の水棲魔獣で実験したわよ、安心して。
まず、エサでおびき寄せます。
岸辺で落とし穴の魔法を維持して、岸辺の水深を深くします。
魔獣が水深を深くした岸辺に寄ってきてる間に、戦地を整えます――遠くの方から、石壁を順に立てていったの。湖の中に、一回り狭いタライを作ったと思って。
深い所は、たしかに縦に石壁二つ分ぐらい必要だけど、おびき寄せてるのは岸辺だから。岸辺の方なら、深い所でも、石壁一つの高さで、ちゃんと頭がぎりぎり水面に出るぐらいだったわ。人が二人分ぐらいの高さね。
で、岸辺に近づくにつれてだんだん浅くなるから、その都度、石壁の高さも調節して。その分、平面積を多くして。
そうやって壁の頭を並べたら――そう、たくさんの壁を隙間なく建てたら、それはもう、壁の上じゃなくて、ちゃんとした足場、地面になるわよね。
物量、人海戦術の力技、ばんざーい!
多対一、人間の強みよね。
魔法だから、時間たてば元に戻るけど、戻っていいのよ。水棲魔獣を陸地に引き上げる間さえ、保てば。
岸辺近くで、水深を深くするためだけの落とし穴の魔法なんかは、誘い込んだらすぐに解いて、元の通り、浅く戻したし。
タライに掬った魚が暴れたら、暴れた分だけ水が溢れて、結果的にタライの中の水が無くなるでしょ。同じように、ヌシが暴れれば暴れるほど、石壁の囲いから水が流れ出たわ。
足場の魔法の石壁が壊されて水深が戻っても、その時にはもう、流れ込む水は少なくなって、ヌシは潜れなくなっててね。
ふふっ、ヌシは潜ろうとしてたけど、潜れなくて、水底にびたんって! 計画通り! って、思わず喝采を上げたわ。
ヌシって、見た所、二両か三両列車ぐらいの大きさ……ええっと、シロナガスクジラ、うう……あっ、そうそう、馬が十頭ぐらい、一列に並んだ長さだったわ。
上半身の先端がヘビに似てて、閉じてる時は棒っぽくて、口を開けたら先端ぜんぶがぱかって割れたわね。サメみたいに歯がずらっと並んでいたから、あれに噛みつかれたり、吞み込まれたら、まず助からないでしょうから、すごく注意したわ。
胴体はワニ、は見たことないわよね……トカゲっぽいけどそれよりもごつごつした胴体に、シーラカンス……じゃなくて、水かきのあるヒレみたいな足が六本。
それで最後、わけわかんないのが。
下半身の最後部が、イカタコみたいな十本の触手。
唐突に、コズミックホラーな生物、ぶっこんでくるんじゃないわよって、アタシは思ったわ。
まぁ、ともかく。
ヌシがビタンビタンしてる間に、鎖付きの鉄矢とか銛とかを、なんとかして打ち込んで。これまた人海戦術で、オーエス、オーエスと本物の陸地に引っ張り上げて。
多対一、破城槌とか攻城兵器持ち出して、陸戦で討ち取りました。当然、詠唱に時間かかる大掛かりな魔法も活躍したわよ。
やっぱり、大魔法ぶっぱはロマンよね!
イエーイ、ヤッタネ!
でも、打ち上げられたマグロもそうだけど。
陸に上がってもぴちぴち暴れ回って、なんとかして湖に戻ろうとするから、大変だったのよ!?
◇
恐ろしかったヌシのイメージ図が、俺の脳内で、ぴちぴち跳ねるマグロに変わった。
ラン姉、そういうとこだぞ。
大魔法の部分は、ぜひ「宝具」のルビを空目してください。
あと、もうしばらく「異世界」パートが続きます。