4 真の黒幕説
俺の婚約者の、とっくの昔に嫁いだ一番上の姉。嫁いだ先の旦那さんは、金髪碧眼の王子様スマイルが良く似合う、好青年だそうだ。ちなみに、王城付き騎士団勤務の、現役騎士とのこと。
俺の婚約者より、一回り年上のお義兄様。九歳の時に姉の婚約者として初めて会って、初恋、だったそうだ。
当時、精一杯オシャレした黄色のドレスを褒めてもらって。それ以降、黄色をメインとした服装を続けていると。今でも、姉の旦那さんはよく顔を出して、実の妹みたいにとても甘やかして可愛がっていると。
早い、早いよ、ラン姉の従者さんたち。
え、こんなに早く、「幼い恥ずかし甘酸っぱい、ウチのお嬢様の微笑ましい初恋話」って、聞き出せるものなの!?
あと婚約者の髪を飾るリボンの碧色って、そういうことですね?
あー、それで、向こうの使用人さんたち、俺に好意的だったのかー。同情? がんばれ、的な?
それはそれでムカつくんだけど。政略結婚なんです、仲良くならないと――仲良くしないといけなかったんです。
別に、好きだったわけじゃねぇわ!
「えー、でもね、ハリー。
手紙も茶会もマメマメしいわ、贈り物も欠かさないわ、供周りにまで気を遣うわで、はた目からしたら、ぞっこんラブ! って思われても仕方ないわよ」
しかも、向こうの親御さんたちに、俺、めっちゃ気に入られてるらしい。
兄の死で急遽、後継ぎとなった大人しそうな少年が、分をわきまえて未来の妻の実家を立てて、政を解し、素直に隣領との交流を図ろうと健気に努力している。
おまけに、娘にベタ惚れ!
この前は、旨い酒ツマまで差し入れしてくれた!
俺は、親御さんたちに、とても、とても、気に入られてるらしい。
酒ツマ、そっちに流れたのかよ。親父さん、イケる口? 機会あったら、酒瓶並べて、飲みかわしたかったなぁ、残念だなー。
エサ撒いたのはそっちじゃねぇよ、こんちくしょう。
春の中頃に、俺たちは王都のタウンハウスに集まった。って言っても、ウチのでなくて、ラン姉のとこのタウンハウスで秘密会議。
ウチの方で集まって、万が一にも、両親にバレるとまずい。
春も過ぎたこの時期、外が気持ちいいからって、ラン姉は庭のガゼボに俺たちを案内した。
自分の家だからか余計に、ラン姉の装いが自由だ。
うっすいヒラヒラした薄青色の踝まで隠す貫頭衣っぽい服の上から、厚地の濃青色の、膝丈長さの袖なしチュニックっぽいのを重ね着して、深緑色の布紐を腰で緩く結んで垂らしてる。
厚地のチュニックで、体の線を隠してるつもりなんだろうけど。
飾りが無いせいで、胸と尻が逆に目立つなー。これだからラン姉、一部の年上のお姉さま方から、はしたないって嫌われるんだよなー。
外では一応、それなりに取り繕ってるはずなのに、滲み出るナニカを感じ取るおば……妙齢の美女さま方、ある意味怖いよ。
さて、それはともかく。
結んでる布、義兄さんの目の色と同じだって、ツッコむべき? それとも何も言わない方がいい?
そっと横目で、義姉上を見る。
柔らかい緑色のドレスに、パールグレーのショートジャケットをきっちり着込んだ、隙のない上品な装い。
いわゆる一般的な、貴婦人の代表。
さぁ、義姉上! こーゆー場合、どっちが正解!?
今後の、俺の参考の為にも、お願いします!
「まぁ、ラントリア様。春らしい、素敵な装いですわね。とても、『お似合い』ですわ」
布の色に目を留めながら、義姉上がにっこりと笑った。
……すげえ、夫婦円満とか喜ばしいとか、仲が良いんですねとか揶揄込みで微笑ましいとか、いろんなのをぜんぶひっくるめて、『お似合い』の一言にまとめたよ、この人。
これを参考に……できるんだろうか、俺。
ラン姉が照れながらお礼を言った後、使用人さん達を呼んで、子供たちの世話を頼む。
そして始まる、ラン姉の子と、義姉上の子、二人揃った大騒ぎ。
子供一人だけでもすごい大変なのに、二人揃うと、足し算でなくて、乗算で騒がしいな!?
あ、そっか、春になったから、もう三歳児と、五歳児か。
早いなー。
「いいでしょー。こんなに良いお天気だったら、もう絶対、ウッドデッキやテラスでお茶よ。ほんと、気分いいわ!」
はしゃぐ子供たちに手を振って、ラン姉が機嫌が良く笑う。
うっどでっき、てらす、は、ラン姉語録でガゼボって意味か。よし、覚えた。……こうやって、余所ではまったく使えない語彙が増えていくんだよな、俺。
花壇には青紫のラベンダー、噴水の傍では瑞々しいイエローアイリスが咲いて、確かにキレイで気持ちがいい。
そして、青い空と花咲く庭に、子供の笑い声、泣き声と、右往左往する乳母やお付き、護衛さんたちの声。
……うん、子供って、見てる分には可愛いけど、お世話する側からすると、どこ行くかも何するかも分かんなくて、大変だよね、ガンバッテ。
またまた、迫力美人、清楚美人と、同じ卓を囲む。
婚約者の情報持ってきてくれたラン姉に、感謝!
「九歳の初恋、まだ引きずってるとか……現実見ようぜ?」
「盛大なブーメラン! え、ハリーがそれ言うの、言っちゃうの。お姉ちゃん、この前、ハリーの悲恋、聞いたばっかりなんだけど」
子供二人に笑顔で手を振ってたラン姉が、ぱっと振り向く。
「俺は、ちゃんと隠せてるからいいんですー。
でも、戦ふっかける気じゃないって、わかって良かった。他に好きな人がいるっていうド定番が理由で、ホント良かった」
八角の木造ガゼボで、真ん中のティーテーブルを囲む俺たち三人。
落ち着いた木目調のガゼボは、鉢植えのミニバラ、ビオラ、ピオニー、遅咲きのチューリップとか、いろんな花に彩られている。
色とりどりの花々に、青い空、白い雲、響き渡る子供の声。
この優しい時間が、血生臭くならなくて、本当に良かった。
「あ、とんでも設定で、思い出したことがあってね?
なんか最後の方で黒幕がにょっきり生えてきて、元々の悪役令嬢はそいつに唆されていたんだー、って逆行悪役令嬢がそいつを暴いて、真の悪は滅びた! みたいな感じで力技でほぼ全員、ハッピーエンドにするパターンもあるんだけど。
ちょっと今回の話に、重なる部分があるなって思ったのよ」
……良かったと思ってたのに、奇天烈な言動する人が、素っ頓狂なことを言い始めたよ。
「ご令嬢が唆されて、ハイネハリ様に失礼な態度を取っていらっしゃると?
けれども、ラントリア様ご自身がお調べになった情報から推測するに、原因はただただご令嬢の未熟、それに尽きるような気がしますが」
プランターのビオラを背景に、ミルクティーベージュの長い髪を綺麗に結い上げた義姉上が、ラン姉に向かってわずかに首を傾ける。
きつい、きついよ、義姉上。
涼やかな表情と丁寧な言葉で、年下の少女をさらりとこき下ろすそれが、貴族の嗜みってやつですか。
優しい淑女の嗜みの方、かむばっく!
「ん-、今の状況に当てはめると……。
その姉の旦那? 現役騎士が黒幕で、ハリーの婚約者に思わせぶりな言葉で裏から指示してて、二つの領を仲違いさせようと画策。
そして晴れて婚約解消になったら、あまりにもご領主様を軽んじた行いではないか、とか、ご令嬢のどこに瑕疵があったのか、とか、あることないことをご領主様に吹き込んで、煽って……煽って、二つの貴族に戦を起こして……?
黒幕な騎士に、なにかメリットって、あるかしら。
えっと、所詮はお姉さんの嫁ぎ先の旦那様よね……? 家が違うわよね……?」
とんでもストーリーをぶちかましてきたぞ、このとんでも姉。しかも、オチがない。
「いや、ラン姉、さすがにそれは、どうだろ。
彼女の態度の原因と言えば原因だけど、初恋の人ってだけの理由で、さすがに黒幕説はこじつけが過ぎるんじゃないかな」
一方的に片想いされた善良な騎士に降りかかる、風評被害。本人は何もしてないのに、そこまで悪し様に言うのはちょっと。
「でもハリー、もう六、七年も前の話よ? 初恋って忘れられないけど、普通は、思い出になるわよ」
昔の初恋を引きずってる俺を、ラン姉はなんだと思ってるんでしょうか。言外に、俺は普通じゃないって言ってます?
想いが重くて、悪かったな! シャレじゃないぞっ。しかたないだろ、俺の世界は狭いんだよ!
「大体、旦那が妻の実家にこまめに来て、妻の、しかも婚約者持ちの妹を猫可愛がりって、ないわぁー……。
お姉ちゃんはそこんとこ、怪しいって思うのよ」
「……なるほど、可能性はあります。
その御方、三十歳前後として、騎士としてどの程度の地位にありましょう。年齢的に分隊長、小隊長補佐、あるいは実家の配慮があっての小隊長か。
――それとも見込みなく、貴族の名に連なる者でありながら、いまだ平騎士か。
騎士団にあって出世の芽がなくとも。
実家や親戚に騒乱の芽があれば、呼び戻され、仮にも元軍人ですから、重宝されるでしょう」
まさかの義姉上から、可能性アリ、きましたーーー!
「え、義姉上、ありえるんですか、それ。実家に返り咲くために、平和な二つの家に騒乱を起こすような考えを、貴族の令息が、するんです?」
若干、親から放置気味の俺でさえ家庭教師つけてもらって、いちおー、なんちゃって貴族の心得、的なことは教えてもらってる。
それにラン姉からも、国、貴族、国民、領民、身分制度とか、世の中の仕組みを教えてもらって……どーしてバッサニオ兄上様が優遇されて、ラン姉や俺がこういう扱いなのかも、ちゃんと教えてもらった。
納得はできないけど、理解は、した。
理解「は」したから、大人しく可能な範囲内で、自由にしようとしてるんだけど。
「決定を下すのは当主。讒言、甘言、扇動、焚きつけられて踊ったとしても、最終的には当主の決定です」
「そっか、上手くいけば儲けもの、ってことね!」
小娘一人誑し込むだけの、そいつにとってはノーリスクハイリターンだと。
もちろん、あくまでも可能性の話でしかないが、と。
俺たち三人は視線を交わし。
「この婚約は政略で結ばれた。なら、解消も政略だ。
言いがかりなんか付けさせない、ぐうの音も出ないぐらいに完全に完璧な政略的解消を、してやる」
「よく言ったわ、ハリー! それでこそアタシの弟よ!」
ラン姉が満面の笑みを浮かべて、俺の背中をバンバンと叩いた。そして、前の時、別れ際に見せたようにニヤリと嗤い。
「じゃあ、準備してきたことを言うわね。
旦那様の領地の水棲魔獣の討伐、大型と中型は、ほとんど終わったわ。今は小型のをちまちま討伐してて、たまーに取りこぼしの中型が出るって感じね。
――河川が多いのに、魔獣のせいで水運が死んでたこの国。
川を、運河にするわよ」
春爛漫、雲一つない晴れ渡った空、花咲く庭に、子供の笑い声、泣き声、慌てる乳母やお付き、護衛さんたちの声が響き渡る中。
赤い髪のとんでも姉が、とんでもないことを言い始めた。
展開遅い、説明回長い――まったくもってその通りですが、もうしばらくお付き合いくださると嬉しいです。
それはさておき。フラワーセンターの花カレンダー、めっちゃ便利ですね。作中に花を!という方にはおすすめです。