第二話 庭先ダンジョン
「やっぱり、すずしいね」
「空気も乾いてるしな」
暗いダンジョン内は嫌な湿気もなく、空気がこもった不快さもない。気温は摂氏二十度くらいか。もちろん問題なく呼吸もできる。生まれたてのダンジョンらしい焦げ臭いような匂いがかすかに漂う。
通常のダンジョンは岩窟をトンネルで繋ぎ合わせた構造で、どことなくアリの巣に似ている。中には見た目が人工構造物に酷似したダンジョンもあるそうだけど、発生したばかりのダンジョンはちょうどここみたいに、ザラザラした岩肌のトンネル形状がほとんどだ。構造も単純。
「夏休みになったらダンジョンでずっと過ごすのもいいかも」
「それはちょっと馴染み過ぎだよ。いくらエアコン要らずだからって居着いちゃダメだろ。ここも今日中に片付けないと」
ダンジョンの入り口近くなら延長コードで電源を確保すれば照明も使えるし家電製品も動くだろう。地下室、隠れ家的に使えないこともないが、ダンジョンは時間とともに成長変化していくので、思わぬ事故に巻き込まれるかも知れない。
通常はダンジョンの入り口付近には何もない。障害物も罠もお宝も魔物も。
「光ってたのは、これか」
さっきはななが見たものだろう。黄色い光を放つ小石が落ちている。
「やっぱり魔石だよねこれ」
「魔物がここで死んだのか」
ダンジョンに棲む魔物を倒すと、その死骸は無数の光の粒子となって消滅し、後に魔石を残す。まるでゲームの報酬かイベントクリアの記念品のように。
そして魔石は、ダンジョンに満ちる魔素と呼ばれるエネルギーの結晶でもあり、この魔素こそがダンジョン内で使える魔法じみたスキルの動力源とされている。
ダンジョン出現当初から魔石の研究は盛んに行われており、もうすぐ魔石を使った発電が可能になると噂されている。大規模な実用プラントを立ち上げる程の採取量ではないけれど、モバイル用途での利用が期待されているそうだ。そのうちスマホが魔石駆動になるのだろうか。
トンネルの奥を手持ちのライトで柔らかく照らす。あまり強い光だと陰に潜む危険を見落とす。薄暗いくらいが丁度いいのだ。目もすぐに慣れる。
「ほかの魔物におそわれたの?」
「にしては浅すぎるな」
まだ入り口からいくらも進んでいない。魔物に遭遇するには早い。生まれたてのダンジョンでは魔物が一匹もいないことさえある。ダンジョンは発生・発見・探索の間隔が小さいほど攻略が容易なのだ。十分に成長する前に速攻で処理してしまうのがベスト。
はなながステンレストングで魔石を摘まみ上げる。これはお馴染みの魔物の魔石だろう。おそらくゴブリン。
ゴブリンは緑灰色の肌を持つ人型の魔物だ。小学六年生のはななより小柄だが筋肉質で好戦的、かつ敏捷で膂力もある。一般人が無策で挑むと返り討ちに遭うだけの強さがあるし、棍棒などで武装していれば危険度も上がる。ゴブリンどもは戦闘技術こそ貧弱だが、初っ端から石や棍棒を投げ付けるなど攻撃パターンが読めない。思い切り良く一気に押し込まれることがある。
「せんごひゃくえーんっ」
お道化たはななが喜びの舞を披露。大仰な仕草で魔石をフリーザーバッグに入れる。ダンジョン管理協会でのゴブリンの魔石の買取価格がそれくらいなのだ。それを俺のバックパックに仕舞うのを待って探索を再開。
「ちゃんと〈探知〉してるかい?」
「さいしょからしてるもん」
「油断してないならよーし」
〈探知〉はダンジョンコアから得られるスキルの一つで、敵対生物の気配を察知できる。
このスキルは最初こそ皮膚感覚がふわふわ延長するような曖昧な反応しか得られなかったが、使うほどに便利さが分かってくる。
対象は生物のみ。基本アクティブスキルであり意識しないと気配察知が働かないものの、一度感知したことのある対象なら指定選択や分類して自動反応してくれる。探知範囲は全方位で自身を中心に半径約十五メートル、方位指定で三十メートル。集中すれば多少範囲も広がる。遮蔽物による感度の減衰も小さいので探索にはうってつけのスキルだ。
ダンジョンの最深部にあるダンジョンコア。それに直接触れて念じると、スキルと呼ばれる特殊な能力を手に入れることができる。
望む力が得られるとか、攻略者それぞれの個性適性によって振り分けられるとか、ダンジョンの形態によりスキルが決まるとか勝手なことが言われているが、実際は数種類のスキルの名称と効果が頭に浮かび、その中から一つを選ぶことになる。
そして一つのコアでスキルを得るのは一人だけだ。複数人でダンジョンを踏破攻略しても特典があるのは一人だけ。コアスキルは貴重であり、それだけ強力な異能なのだ。
スキルが人に吸収されるとコアは消失し、ダンジョンの縮退、消滅が始まる。コアはダンジョン外に持ち出すことも可能だし高価で取引もされるが、ダンジョン外ではやや存在が不安定なのか、何かのきっかけで跡形もなく消えてしまうことがあるそうだ。
「また落ちてる。何が起きてるんだろう」
岩の通路を進むとまた魔石がある。魔物の姿がなく魔石だけが落ちているなんて初めてだ。ダンジョンの魔物同士が殺し合うことはまずない。誰かいるのかな。俺たちに気付かれずにここに入れるとは思えないけれど。
はななの感謝の舞を楽しみながらも〈探知〉を前方に収束させる。〈探知〉スキルは二人とも持っている。俺もはななも安全に繋がるスキルは優先して取るようにしている。危険は極力避けたいしな。
感知できる範囲に異常はない。荒い岩肌の天井、ときおり現れる不規則な石垣の壁、半端に舗装したような地面。動くものはない。
「おとうさん、あれ階段じゃない? 地下二階があるよ」
「二階じゃなくて二層な」
通路の突き当りで下り階段を発見する。
思ったよりダンジョンは成長していたようだ。