7、宇宙へ
「とりあえずここを使え」
彼女が通されたのはかなり広い部屋だった。
「奥にベッドルームにバスルームもある。水はあんまり無駄遣いするなよ。まぁ言ってもわからないか。後で下働きの者をやろう」
そう言って照明の具合を変えようとパネルと触ると、間違えて外壁透過のスイッチを入れてしまった。瞬間、壁に外の様子が映し出される。
既に無駄な重力の働かない空間に出ている。周りはただまたたかない星の群れが幾万と見えてているだけだ。
彼女は「わぁ」と喜んだ声を出すと壁に張り付いた。
「気に入ったか?じゃあ、そのままにしておくぞ」
彼女が振り返って何事かを言う。
何だろう、どこ?ちきゅう?同じ言葉を繰り返す。ちきゅう、は彼女のいた星のことだろうか?
「ちきゅう?か?あー、あっちだ・・・」
適当な方向を指しておいた。
彼女はその方角を向いておとなしく見ている。
「また後で来る」
大丈夫そうだと思い、レクセルはその部屋を後にした。
艦橋に戻ると皆忙しそうに働いていた。
「どうだ、彼女の様子は」
艦長が話しかけてくる。
「とてもおとなしいです。宇宙を見せたら喜んでました」
「そうか」
各部署から次々と報告が入る。
「推進部の修理順調です」
「エネルギー充填率マイナス8%。急いで回復させます」
「外装修理率4%」
修理にはまだかなりかかりそうだ。
「主星と連絡は取れそうか?」
艦長がオペレーターの一人に尋ねる。
「こちらからは通信を送ることはできますが、受け取ることは・・・」
「まぁいい、とにかく連絡を送れ、敵の姿を見抜く者を見つけましたとな」
「はい」
「回収した敵機はどうだ?」
また別の者に聞く。
「未知の物質故に解析に時間がかかり、もっと専門的な集団で取り組まないと解明できそうにありません」
「捕虜のパイロットは?」
「ただのパイロットなので技術的なことは何も」
「そうか・・・」
「艦長、あの少女を少々調べたいと思うのですが」
その様子を聞いてレクセルがふと思いついて言った。
「調べる?」
「敵機の情報が得られないなら、彼女の方を調べてみた方が早いかと。彼女が何か見ているということはそれを感じる器官、あるいは特殊な視神経を持っているかもしれず、その原因が解明できれば敵の正体も分かるかと」
「ああ、分かった、好きにすればいい」
難しい話の嫌いな艦長がひらひらと手を振って許可を出す。
「ありがとうございます」
レクセルは艦橋を後にした。
もろもろの用事をすませてから再び彼女の部屋へ来た。
「入るぞ」
扉を開けるキーを押してからそう言って入った。
見ると彼女は椅子に座り、自分が当てずっぽうで指差した方向をまだ見つめていた。
ずっと見ていたんだろうか・・・、あれから何時間も経っているのに。
ふいにレクセルの胸にかすかな罪悪感がよぎった。少し痛いような締め付けられるような感覚がした。
今さらながら彼女を故郷から、親兄弟から勝手に引き離してしまったことを痛感した。
レクセルはパネルを操作して映像を切った。
彼女はびっくりして顔を上げた。
・・・泣いてる。
「・・・、宇宙空間を見つめすぎるのはよくない。気が狂う者もいる」
近寄って手袋をはめた手でその頬の涙をぬぐってやる。
彼女はただじっとしている。
「すまない、もうちきゅうとやらには戻れないかもしれない」
通じないことは分かっているが、謝らずにいられなかった。
「俺の名はレクセル。分かるか?レクセル、言ってみろ」
胸に手を置いて自分の名前を繰り返した。
「れくせる・・・」
たどたどしい、小さな声で言った。
「そう。君は?君の名は何という?」
小首を傾げたが、意味が分かったのか、
「みお、さはらみお」
と答えた。
「ミオ、と言うのか。すまない、本当に。でも君は帝国の勝利のために必要な存在なんだ。どうか理解してほしい」
彼女、ミオは小首を傾げてレクセルを見つめるばかりだ。
「ああ・・・まぁいい。今日はもうゆっくり休め」
奥の扉を開けて中に入るよう促す。
ミオはとことこと歩いてきて中に入るとベッドに腰掛けた。
「お休み」
「おやすみ・・・」
「そう、お休み」
開閉のキーに手をかけて出ようとすると、
「れくせる」
名前を呼ばれた。
「なんだ?」
ミオはびっくりしたように見つめてきた。
「れくせる」の意味を本当には理解していなかったのかもしれない。
「れくせる、おやすみ」
言葉が通じたのが嬉しいのか、笑顔で覚えたばかりの単語を言う。
「ああ、お休み」
そんな彼女を見て微笑ましく思った。
キーを押して部屋を出る。
胸の奥から湧き上がる不思議に優しい感情に、
(・・・なんだか新しいペットでも飼った気分だ)
とレクセルは思った。