30、この宇宙(そら)で君と・・・
レクセルは無言でミオの手を引いたまま走り、宮殿を出てその庭園まで駆け抜けた。
まるで夢を見ているようだった。
あきらめたはずだった。もう二度と会うこともない、触れることもない、悠久の時間の中に君の想い出を残し変わることのない姿を脳裏に追い続けるだけだと思っていた。
それなのに・・・。
掌に伝わる温かい感触に嬉しさと恥ずかしさが混ざったような感覚が頬を緩ませる。
こんな顔は人に見せられない。深くうつむいたまま庭園の小道を走り抜ける。
やがて緑に囲まれた噴水の近くにベンチをみつけて、そこにミオを座らせる。
走ったからというわけではない胸の鼓動がどくどくと耳に大きく響く。
「・・・」
どうしよう、言葉が出てこない。それだけじゃなく目も合わせられない。顔は相変わらず緩んだまま、そんな口元を隠して横を向く。どうしようもなくて突っ立っていると、
「レクセルも座って」
ミオの口から流暢な帝国語が流れ出した。
「言葉、しゃべれるようになったのか?」
びっくりしてミオの方を向き、やっとまともに顔を見て言う。そう言えば銀の葉をつけていない。
「宮殿でたくさん勉強したの。けっこうなんとかなるものだね」
笑ってミオはレクセルの手を引いて横に座るようにさせる。
そうか・・・何カ月経ったっけ・・・。3カ月ほどだろうか。
宮殿にはきっと腕のいい講師や先生方がいるんだろう。
レクセルは緊張したままその隣に腰を下ろす。
ミオからはふんわりといい匂いがした。ちらりと横を見る。随分面変わりをしたように思った。無理もない、ミオはひどく痩せていた。
「痩せたな・・・」
つぶやいて息を吐く。
大きく胸の開いたドレスは胸元の鎖骨がはっきと浮かびあがり、中央の窪みには影が深く刻まれている。腕も細く背中の肉も薄い。
「ちゃんとね、しようと思ったの。がんばんなきゃって・・・。だって、そうしないと・・・」
「・・・」
自分がミオに施した呪縛を思って言葉に詰まる。健気なこの少女は自分などのためにその身を細らせていたのだ。慣れない環境、寄せられる重圧、そんなものにこの少女は耐えてきたのだ。そうさせたのはこの自分・・・。
レクセルはミオを引き寄せて胸に抱いた。
「きゃ・・・」
ミオは小さく悲鳴を上げた。
「ごめん!俺は、君になんてことをしてしまったんだろう・・・。すまない、本当に悪かった。俺は馬鹿だった、自分は頭がいいと思い上がっていた、自分は強いと思ってた、でも全然そんなことなかった。君と離れて君を想わない日はなかった。毎日後悔して苦悩した。本当はあの時帝国中を敵に回して君をさらって逃げればよかったんだ。自分は勇気のない馬鹿な男だった」
これまで抱えてきた思いを悔悟とともに吐き出した。
「レクセル・・・」
「俺のことなんて、別にどうだってよかったのに・・・。俺は自分かわいさでお前を皇子に譲り渡した最低の阿呆の大馬鹿野郎なんだよ。それで皇子に忠義面して権力に盾つく力もない弱い男なんだ・・・」
呻くように言った。
「そんな・・・違う、そんなことないよ」
「いいや、俺は本当に最低だ。死ぬなんて君を脅して皇子のところへ君を行かせた卑怯な奴なんだ。だから、俺のことなんて恨んでくれればよかったんだ。それで帝国で一番の贅沢を味わえばよかったんだ」
「私、私はレクセルのことそんな風に思ったことないよ、私はレクセルが死んじゃうくらいならって思ってた。だから・・・」
レクセルはミオを抱く手に力を込めた。
「あ・・・」
「自分の頭の良さを呪う日が来るなんて思わなかったよ・・・。そう言えば君がそうせざるを得ないと分かってて言ったんだ。ごめん、本当に。本当は君を引きとめたかった。内心では皇子のところになんか行ってほしくなどなかった・・・。でも俺は帝国に逆らわないようにって教えられて生きてきた人間なんだ。それが最高で絶対だった、君が現れるまでは・・・」
レクセルは抱いていたミオを少し離し、その瞳を見つめる。
「俺は君が好きなんだ・・・」
きっとひどく優しい表情をしていただろう、自分の口からこんな言葉が自然と出るなんて。
ミオはその言葉にかっと顔を赤らめてうつむいた。
「今は君のことしか考えられない。一度は君を自分の保身のために帝国にやったようなひどい男だけど、虫のいい、勝手なことだと思うけど・・・」
レクセルはうつむいたミオの顔をそっと両手ではさみ、上を向かせる。
「例え君が否やと言ったって、俺は君を離さない。俺の他にいい男なんて帝国にだってそうはいない。きっと君を幸せにする。だから・・・」
うすく紅をさした唇に唇を寄せる。
「俺のものになってくれないか?」
唇の感触をゆっくりと堪能した後で顔を離し、ミオに聞く。
ミオは熱に浮かされたような真っ赤な顔で茫然としていた。
こういうのって口説くっていうんだよな、まさに口説くだな・・・。
頭の片隅で冷静にそんなことを考えながら彼女が是の反応をするのを待った。
だが返ってきた言葉は、
「わ、私なんかで本当にいいの?」
というロマンに欠ける疑問符付きのものだった。少々肩すかしを食らいながら、
「いいに決まってるだろ!」
と熱く言う。
「だって、何か信じられなくて・・・」
「なら、どうしたら信じてくれるんだ?キスだけじゃ足りないか?それとも君のために星を一つ位用意しようか」
「ほ、星!?」
「ああ、君にプレゼントしてあげるよ。休暇に使えそうな景色のいい美しい星をあげるよ」
「い、いいえ、気持ちは分かったから、すっごく、良く!」
「じゃあ・・・」
今度こそ、ミオは恥ずかしげにしながらもこっくりとうなずいた。
「ミオ・・・ありがとう」
レクセルは片方の手でミオの手を取り、もう片方の手で顎を持って上向かせ、その唇にもう一度優しく口づける。
まるで二人一つに溶け合ったようだ。
いや、きっと初めから一つだった。だからどんなに遠く離れていても、俺達は出会うことができたのだ。この果てなき宇宙で・・・。