29、叙勲式
「帝国万歳!皇帝陛下万歳!」
レグスとの戦争は終わった。
勝ちに乗じたシャルセ皇子率いる帝国艦隊はそのままレグス領内に侵攻、制圧。
レグスは臣従を約し、以後帝国に反さないことを誓った。
ミオは救国の女神として帝国に赴き、さながら聖女のような扱いで帝国に迎え入れられた。
だがあまり表に出ることはなく、そのことはかえって神秘性を増して帝国民に愛された。
王宮にぽんぽんと祝砲の花火が上がる。
今日は今回の戦争で勲功のあった者に皇帝から叙勲の儀式が行われる。
式典には皇帝はもちろんその他皇族、上級貴族の面々が参加する。
その中で目を引くのは、今回の戦争の鍵となった異星の少女、救国の女神ミオ。
あまり表に出ることはなかったが、今日はなぜかこの式典に参加していた。
うす桃色の襞がたっぷりとついたドレスをまとい、体中を磨きあげられて帝国風に髪を結い、しっかりと化粧を施された顔は美しくあったが、どこか人形のようだった。
噂の救国の女神を拝もうとたくさんの者がミオに挨拶をしに行くが、ミオは緊張を解くことなく、求めに応じて通り一遍な挨拶しか返さない。
人々はあきれ驚くとともに、ミオが表に出ない理由も察する。
やはり噂は本当だったと。ミオには想い人がいていまだ忘れられないこと、そのため皇子とあまり仲が良くなく、それで気鬱を患っていること。
このことは表立っては伏せられていたが、口から口へと、知る者だけが知る事実だった。
やがて式典の時間になり、ミオは会場に入るとシャルセ皇子の隣に座り、ただじっと宙を見る。
会場にはもちろんレクセルが来ているのだが。
ミオはその方は見ようともしなかった。
やがて次々と名前が呼ばれて叙勲が行われていく。
「レクセル・ハユテル・オーベルド中尉」
レクセルは今回の功ですでに階級が一つ上がっていた。
「はっ」
壇上に上がり、陛下から綬のついた勲章を首に受ける。
・・・何の感慨もない。
でも自分の功績は確かにこの勲一等を受けるにふさわしかった。敵の新技術を打ち破る装置を開発し、敵戦艦に乗り込んで捕虜たるミオを救出、そして撃沈してきたのだから。
近いうちにさらに昇任もするだろう。
誇らしいはずの受勲。だが心はすきま風が入りこんだように悲しく寒い。
こんなものいくらあってもしょうがないから。
本当に欲しいのはこれじゃない。けれどその本当に欲しいものを拒んでしまったのも自分。
何を嘆くことがあるだろう。
大丈夫だと思った。これでいいと思った。
彼女さえ生きていればいい、そう思った。手に入らずともいいと。
だがどうだろう。いざ手放してみればそれが手元にないことがあまりにも切なく悲しい。
忘れることなどできそうにもない現実。
ミオと一緒にいたのはほんの2週間ほどだっただろうか。
人の絆の強さのほどを自分は知らなかった。自分はあまりに愚かだった。
今日は珍しくミオが来ている。こんな近くに寄れることはもうないかもしれない。
この瞬間を最後の思い出にしよう。それでもう十分だ・・・。
じっと動かないミオを目の端で確認して下がろうとした時、
「オーベルド中尉」
シャルセ皇子がレクセルを呼びとめた。
ざわっと会場がさざめいた。レクセルと異星の少女との恋物語を知る者は多かった。
「何でしょう」
レクセルは優雅に貴族式の一礼をして、皇子に向き直る。
「今回のお前の活躍、勲章如きでは足りんだろう」
「は・・・?」
思ってもみなかった言葉に何事か分からず思わず聞き返してしまう。
「僕から褒美をやろう。受け取れ」
と言ってミオの手を掴み、ぐいっと引き上げる。
その瞬間、ミオの目に生気が宿った。
今まで何も写そうとしなかった瞳にレクセルの姿を捉える。
レクセルもその瞳を捉え、互いに見つめあう。
・・・まるで時が止まったかのようだった。
周りの音が何も聞こえなくなり、この世界に二人だけしかいないような感覚に陥った。
「ほら、行けよ」
皇子が促すと、最初はゆっくりと、やがて転がるように駆け寄ってくるミオ。
トンっ、と胸に落とされる軽い衝撃。何て軽いんだろう・・・。こんなに彼女は軽かっただろうか。
その細い肩を掴み、ゆっくりと目線を下へ向ける。
この手の中に、ミオがいた。
見つめあった時間はほんの一瞬だっただろうが、まるで永遠の時が流れたようだった。
その一瞬に、離れていた時間の分だけの思いが交錯する。
「一応言っておくがな、手はつけてないからな」
腕の中のミオがピクリと反応してその顔を赤らめる。
そんなこと言わないでっ!というところだろうか。
「まったく、普段は笑顔をふりまくくせに、いざことに及ぼうとすると拒絶を見せる。初めだから緊張しているだけかと思ったらそのうち日ごとに痩せていく。それでも何でもないと笑う姿には心打たれたが・・・」
ちらりとミオを見やって続ける。
「優しくしてやればそのうち心開くかとも思ったがそんなことは一向にない。お手上げだったさ。救国の女神を衰弱死させたなんて後世に残すわけにはいかないからな。仕方ないからお前に下賜する」
「皇子・・・」
「本当に、なんと頑固で一途で融通が効かないのか。玉座の隣の位よりも帝国の財宝よりもお前がいいらしい」
ミオが腕の中で身を固くする。責められているとでも思っているのだろうか。
「まぁ、たまに宮殿に遊びにこい。それで許してやる。お前のこと嫌いなわけじゃないからそれだけは分かってくれよ」
シャルセは最後のほうを年相応の少年のような感じで言った。
ミオは腕の中で小さくうなずいていた。
このやりとりで宮殿での二人の関係が分かるようだった。
皇子は決して権力や政治の力関係だけでミオを妃にしようとしたのではないらしい。彼の中にはミオを大切に思う気持ちがあったようだ。
ミオも皇子をただ拒絶していたわけではない。ただレクセルを想うあまり意識と行動にずれを生じさせ、結果それは皇子の否定となって現れていたのだろう。健気なこの少女は皇子を愛そうと自分なりにきっと努力したに違いない。なんでもないと笑う姿に心打たれたと、皇子も言っていた。
「ふん、お前より先にミオを見つけるべきだった。そうしたらお前にやらなくて済んだだろうに」
皇子は端正な顔に自慢の魅惑の笑みを浮かべて言う。
「は、あ、それは・・・」
レクセルは珍しく言葉に詰まってとまどう。
「嬉しかろう?」
「は、はい。で、殿下の広い御心には感謝に尽きがたく・・・」
皇子の冗談など滅多にない。困惑が頭を支配し、何と言ってか分からず口から滑りだしたのは徹底して覚えこまされたただの貴族のあいさつ文句。
「ああ、そんな口上は不要だ。早く二人きりになるがいい」
その言葉に周りから笑いが上がった。
「は・・・、ご、御前失礼いたします」
レクセルはミオの手を取り、逃げるように会場を後にした。