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28、心の指輪

 夢を見ていた。

 浮かんでは消えるとりとめもない情景の中にミオの姿がはっきりと見える。確かに夢のはずなのに、まるで本当にいるかのような感じがする。

 ああ、こんな会い方もあったのか・・・。

 夢でなら、夢でなら君に触れることが許されるだろうか。

 臆面もなくその身を抱きよせて欲望のままに幾重にもその柔らかな頬に口づけて愛を告げられるだろうか。

 帝国も皇子も地位も名誉も関係なく・・・。


「ミ・・・オ、ミ、オ・・・」

「レクセルっ!」

 目が覚めると見慣れない白い天井だった。

 ああ、生きてるのか・・・。

 ぼんやりと戦闘の光景が思い出され、肩口の痛みが確かな生を告げていた。

「レクセル・・・」

 ゆっくりと声のした方に目を向ける。

 そこにはミオがいた。

 夢に出てきたそのまま、きれいな長い黒髪に大きな黒い瞳、心配そうな表情を浮かべて自分を見つめている。

「ミオ・・・」

 その名を呼んでほんの少し手を持ち上げる。

 ああ、体が重い、ちっとも動かない。抱きしめて、その髪に触れたいのに。

 少しだけ持ち上がったその手をミオはそっと握ってくれた。

 温かい・・・。

 意識が再び遠のいた。


 次に目覚めたら部屋が暗かった。一瞬目覚めたのかどうか分からないほどだった。

「レクセル・・・」

 ミオの声が鼓膜を介さない形で頭に響く。額には銀の葉がいつの間にかつけられていた。

 暗くて姿がよく見えない。

「もっとこっち来てくれ・・・明かりを」

「う、うん・・・」

 ミオは椅子ごと動いて、ベッドサイドの小さな明かりをつける。

 闇の中に少し疲れた顔のミオが浮かんだ。

「ずっと、待っていたのか?」

 しんと暗い部屋の中に声がやけによく響く。いったい何時なのだろう。

「うん。心配で・・・」

「暗いな。何時なんだ?」

「えっと、21時04分。さっき電気切れちゃったとこ」

「そうか・・。ミオ、君は大丈夫か?」

「え?」

「その・・・レグスに捕まっていた間・・・」

「うん、平気」

 笑顔で答えるが、その笑顔が弱々しい。

「嘘つくなよ、そんなに痩せて・・・」

 ミオは傍目にもはっきりとわかるほど痩せていた。

 ミオは目を伏せて首を横に振る。

「レクセルも怪我したんだから、おあいこ」

「ミオ・・・」

 そんな、そんなはずはないだろう?俺は望んで戦場に出ていったんだ。けれど君は理不尽に暴力を受けたんだろう?銀の葉から絶えることなく続いた泣き声は何だったというのだ。

 そう責めたいが喉が渇いてひきつる。意識もまだ完全とはいえない。

「水を・・・」

「あ、うん。待ってて」

 ミオは部屋を出て、しばらくして戻ってくると吸い飲みと水を持って現れた。

「ごめんね、待たせちゃった」

「いや・・・」

「看護師さんのとこまで行ってきちゃった。何かあったら呼んでって言ってた」

「今のとこ大丈夫だ」

 ミオはその間に吸い飲みに水を入れる。

「はい。頭起こせる?」

「ああ・・・」

 少し頭を持ち上げるとその下にミオが手を入れて介添える。柔らかく優しい手の感触に少しどきっとする。

「こぼさないでね」

 飲み口を唇にあてがわれ、冷たい水が注ぎこまれる。

 手慣れた動作に少し驚く。

「慣れているのか?」

「ううん、ちょっとやったことがあるだけ。おばあちゃんが病気の時に」

「そうか。君に看病されたら、どんな病気も怪我も治りそうだ」

「やだ、何それ」

 ミオがおかしそうにくすくす笑う。

 その様子があまりにも愛らしくて、

「ミオ、俺、俺は・・・」

 まだ定まらない意識が口にしてはいけない言葉を吐きだそうとする。

「何?」

 無邪気な笑顔を向けてくるミオ。

「いや、何でもない・・・」

 浅い呼吸とともに言葉を飲み込む。

 言えない。言ってはいけない。

「それより、君に話すことがある」

「?」

 レクセルは意を決し、だがミオからは目を逸らして遠くを見つめるようにして話し出す。

「すまない、俺は君に隠し事をしていた」

「隠し事?」

 ミオはきょとんとして首を傾げる。

「君は・・・君はあの皇子の妃なんだ・・・」

「え・・・?」

 ミオの目が点になった。

「わ、私が、き、妃?皇子の?お嫁さんってこと?え、だ、でっ、なんで・・・?」

 動揺するミオをそのままに、レクセルは話を続ける。

「皇子に初めて会った時、皇子は指輪を落としただろう?」

「うん・・・」

「その落とした指輪をはめるのは、昔の王家の古いしきたりで『あなたのものになります』っていう意味があるんだ」

「ええっ!?」

 ミオは大きな声を出して驚いた。無理もないだろう。

「だからもう、俺のところなんかに来ちゃいけない」

「な、なんで・・・」

「でないと俺は皇子の妃をたぶらかす不忠義者になって、皇子から死を賜ることになるからさ」

 ミオは目を見開いた。そして徐々にその顔に驚愕の色が広がっていく。

 その言葉の意味を理解したに違いない。

「行け、そして二度と来るな」

 ミオはふらりと立ち上がって走って部屋を出て行った。

 ・・・これでいい。

 思えば情をかけすぎた。こんな状態になるまでずるずると関係を引き延ばすんじゃなかった。

 こんなことになると分かっていながら、ミオへの接触を断てなかった自分の何と愚かなことだろう。

 だが理性は意識とは裏腹にミオを求めて止まなかった。

 結局ミオにも辛い思いをさせただけだ。

 信頼させて手をかけて愛情を見せながら、最後は皇子との婚姻を告げる。しかもその婚姻は半ば騙したようなもの。ミオに否やの選択などない。

 我ながらひどい話だ。

 レクセルは自嘲気味に笑う。

 どうか俺を恨むように。こんなひどい男のことなど早く忘れ去ってくれるように。

 俺は君が生きてさえいてくれるなら、それでいい。例え皇子のものになろうとも・・・。

 

「レクセルっ、お前ミオちゃんに何言ったんだ!?」

 しばらくするとヒーズが血相変えて病室に飛び込んできた。

「別に・・・」

「別にじゃねーだろ!俺お前が目ぇ覚ましたって聞いたから急いで来たら、今そこでミオちゃんに会って、そしたら泣いて走ってったんだ。俺が追いかけるのは筋じゃないからこっち来た。一体どうしたんだ!?」

 泣いてるのか・・・。

 今すぐに。

 今すぐ彼女のもとに駆け寄って抱きしめてその髪をなでて「悪かった俺と一緒にいてくれ」と謝ってその唇に触れることができたなら・・・。

「皇子の元へ行けって、そう言った」

「は?ちょっと待て、何か話がつながらないんだけど。だってもともとミオちゃんは皇子の妃になるって・・・、おま、まさか・・・」

「ああ、言ってなかった」

「そんな大事なこと黙ってたのかよ!」

「・・・申し訳ないと思ってる」

「申し訳ないで済むかぼけぇっ!ああそりゃ泣くわ・・・。ああもう、なんでお前そんなに恋愛オンチなんだよ・・・」

「・・・」

「まぁいい、ちょっと待ってろフォローいれてくる」

「いや、いい、そんなことしなくても・・・い、痛っ・・・」

 レクセルはヒーズを引きとめようとしたが肩に激痛が走ってどうにもならない。

 こうするしかない、仕方ないんだ。

 皇子に、帝国に逆らって生きるなんて、俺にはできない・・・。


「よぉ、調子はどうだ」

 ヒーズが再び現れたのは深夜に近かった。

「悪くはないさ」

「ミオちゃん、お前のために本気で皇子に体差しだす気だぜ。もう話しになりゃしねー。全く、何てこと言ったんだお前は」

「そうか・・・」

「もー、皇子のとこに行く、でないとお前が死んじゃうからって一点張り。こんな馬鹿のどこがいいんだか」

「・・・」

「お前もそれでいいんだよな。ミオが皇子のとこに行ってもいいんだな」

「もちろんだ」

 ヒーズは少し居心地悪そうな仕種をすると、遠慮がちに切り出した。

「あー、そういえばお前指輪落とさなかったか?」

「は?指輪?そんなもの落としてないぞ」

 突然変なことを聞かれ、素っ頓狂な声を上げる。

 指輪なんて普段つけてないし、持ってきてない。家に帰れば年代物のアンティークから最新デザインのものまでたくさんあるが。

「これ、ミオちゃんから預かったんだけど」

 そう言ってヒーズはその人差し指と親指の間に指輪くらいの大きさの隙間をつくる。

「え・・・」

 ドキンと胸が鳴る。

「『拾ったのでお返しします、心だけで申し訳ありませんが』だって」

 そう言ってレクセルの指にその目に見えない指輪をはめる。

「ミオ・・・」

 心は、心だけは俺のものになるって・・・?そういうことか?ミオ・・・。

 ヒーズはレクセルの肩をぽんぽんと叩いて何も言わずに出て行った。

「ミオ、ミオ・・・」

 レクセルは見えない指輪を握りしめてその名を何度も呼んだ。


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