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25、泣き声

 数日とたたずレクセルの作った敵機視覚化の装置は完成した。ミオが放つ特殊な脳波を空間に展開し、敵機を捉えるのだ。その情報は即座にデータ化されて全軍に流される。

 そう、もう敵が見えないということはない。

「全軍総攻撃に向けて準備せよ」

 開戦の勅旨が下る。

  

 皇子の戦艦の儀礼用のまるで劇場のような広い空間。

 その中央に近衛隊が煌びやかな衣装をまとって居並び、その後ろには一般の兵たちがそれぞれの制服で待機し、二階席には士官たちや貴族たちが華やかな衣装を身につけて皇子の登場を待っていた。

 正面のバルコニーに黒に紫の裏地の豪奢な刺繍の施されたマントを翻して、黒衣の軍服に身を包んだシャルセ皇子が現れる。と同時に近衛兵たちが一糸乱れぬ所作で一斉に敬礼を行い、後ろの兵士たちがそれに続き、二階席の貴族たちも頭を下げる。

「決戦だ」

 シャルセ皇子が拳を握り、その手を振り上げる。

 その姿は目の前の兵士・貴族たちに、大型スクリーンに、各艦の各部屋の端末に、主星に、そして帝国中に映された。

「我が帝国の脅威はもうじき去る。我々はレグスの姑息な手段に打ち勝つ術を手に入れたのだ」

 わーっ!と歓声と拍手。

「帝国に徒なす愚かなレグスに今こそ我が帝国の威光を見せつける時!一息に踏みつぶしてくれようぞ!!」

 振り上げていた手を下ろす。

 歓呼とともに「帝国万歳、皇帝万歳」の斉唱、そしてファンファーレが鳴り響く・・・。


 その様子の映像を、レクセルはミオのいた部屋でぼんやりと眺めていた。

 決戦前だが、三日間の不眠不休でやはりだいぶ疲れており、艦長命令で戦闘には不参加となっていたからだ。

 菱形の額飾りを意味もなく手の中で弄ぶ。

 二つあるはずのそれは今は一つしかない。一つは中佐が意思疎通のために持って行ったのだろう。

 あの時・・・。

 酒なんか飲むんじゃなかった。バカなことをしようとした罰が当たったんだ、きっとそうに違いない。

 何度悔んだか分からない懺悔を繰り返す。 

 額飾りに触れていると彼女の面影が脳裏を横切る。

 すると胸が痛み、知らずぼろぼろと涙があふれてくる。

 もう一度あの手を取れたなら、あの笑顔が見れたなら、あの声が聞けたなら・・・。

 そう願ってもどうしようもないことを思ってまた涙が胸の奥の痛みとともにあふれ出る。

 どうして。

 どうして、この宇宙を超えて出会ったというのに遠く引き離されてしまったのだろう。

 こんなことから初めから出会わせてくれなければよかったのに。

 こんな辛く悲しい思いをするなら最初から・・・。

「よぉ・・・」

 いつの間に入ってきたのだろう。ハッと顔を上げるとヒーズがいた。

「・・・、男の泣き顔なんて、汚いだけだぜ。ほらよ」

 ヒーズは胸のポケットからハンカチを出すとレクセルに渡した。

「すまない・・・」

 ハンカチなんて持ち歩いてるのか・・・。そういえばあの最初の日、泣いてるあの子にハンカチ一つ渡せなかった。

 ヒーズは男の泣き顔は汚いって言ったけど、あの子の涙はきれいだった。思えばあの時から・・・。

 思い出してまた泣けてくる。

 そんなレクセルの肩をヒーズは優しく叩く。

「俺もう行くから・・・。出撃命令出てんだ。一応最後かもしれないから・・・」

 その言葉に軍人としての感覚が持ち上がり、涙をしっかり拭くと、立ち上がって握手を交わす。

「そうか。武運を祈る」

「ありがとさん。俺が死んだ時もそれぐらい泣いて・・・あ」

 ヒーズはしまったといった顔つきをした。

「ま、まだ死んだって決まったわけじゃないよな、うんうん!どこかで生きてるかもな!」

 また殴られてはかなわないとヒーズは思わず一歩引く。

「ああ・・・」

「だいぶ落ち着いたか?」

「ああ、そうだな・・・」

「お前あの時怖かったもんなー。殴られたとこまだ痛むぜ」

「すまなかった。あの時は気が立ってて。まだ痛むのか」

 レクセルは殴ったヒーズのこめかみにそっと手を当てる。

「もういいって。気にすんな」

 ヒーズは添えられた手をそっと外す。

 しばらくの沈黙。破ったのはヒーズの方。

「まぁ、本当生きていてくれるといいな。せめてどこにいるか分かれば・・・」

「そうだな」

「でも、宇宙に落としたペンダントってのは見つからないんもんだよな」

 ヒーズは古い歴史の中の女性の例えを持ちだして言う。

 確かに・・・。この宇宙の広さは広大無辺だ。

 一度手を離してしまえばもう一度手に入れることなど不可能。

 でもミオはモノじゃない。向こうから呼んでくれれば。

 そうだ。そうしてくれればどんな困難も乗り越えて駆けつける。

 だが果たしてミオは自分のことなど呼んでくれるのだろうか?

 彼女を故郷や父母と引き離し無理やりここに連れて来たんだ。

 本当は恨まれているかもしれない。表面上逆らわないようにしているだけかもしれない。

 彼女を手元に置き、保護者面をしているがそれはただ自分の我がままにすぎないものだ。その心の下に何が隠れているかは自分自身がよく知っている。

 だいたい好きだとも告げていない。

 いずれ皇子のものになるのだからと身を引いたのは自分のはずだ。

 こんなにも彼女のことが好きになるだなんて思ってもいなかった。いや、人を本当に好きになるということ自体初だった。こんなにも狂おしく激しいものだと知らなかった・・・。

 想いは募るばかりだ。彼女がいなくなったと告げられた時の衝撃はよく覚えている。本当に死んでしまうかと思うほどの痛みが襲ったのだ。今でも思い出すと背筋が凍る。

 ただ思い知った事実は一つ。自分はミオが好きだということ。もうどうしようもなく好きだ。だが想うほどに現実との格差に胸が引き裂かれる。想うほどに届かない・・・。

『敵機視覚化装置を作動します。敵機視覚化装置を作動します。全軍回線を開くこと。全軍回線を開くこと』

 突然艦内に機械的な音声が流れる。

「お。お前さんの作った装置のお披露目だぜ。どれどれ」

 ヒーズがパネルを操作して部屋の壁を透過する。

 まくろな宇宙空間が映し出される。その見える限りの空間には帝国艦隊がひしめくように浮かんでいた。

「ま、こんな近くにいるわきゃないか・・・」

 ヒーズが頭をぽりぽりと掻いて一人ごちる。

  

≪・・・ック≫


 何の音だ?

 レクセルの脳内に鼓膜を介さない音声が響く。


≪ヒッ・・・グス。・・・レ・・・セル・・・≫


 レクセルは手に持っていた銀の葉を見る。

「おいどうした?」

 ヒーズが怪訝けげんそうにレクセルの顔を覗き込む。

「ミオだ・・・」

「は?」

「ミオが、泣いてる・・・。生きてる・・・」

「何だ、どうしたんだ!?」

 レクセルは銀の葉をヒーズに押しつける。

「ミオちゃん・・・」

 ヒーズの耳にも届く、確かにかすかに聞こえるミオの泣き声。

「そうか・・・あの索敵装置を全面展開したから、ミオのESPが変に作用して・・・」

 レクセルははっと気付いた。

「なぁ、これってミオが近くにいるってことだよな?」

「うん?」

「今どこか近くの戦艦にきっとミオは囚われてるんだ。そうだ、もし、もしもそれで攻撃なんかしたら・・・」

「そ、そうか・・・!」

「殿下に・・・言ってくる、攻撃を止めて下さいって・・・」

 レクセルは扉に向かって駆け出す。

「で、殿下に!?今さら攻撃を止めるられるのか?」

「生きてるんだ!ミオは生きてるんだ!」

 レクセルはヒーズを突き飛ばして駆け出した。

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