20、喧嘩
食堂内は張り詰めた空気で一杯になった。
「こんなとこに士官様なんかが来られちゃ迷惑なんだよ」
レノウがすごんだ声を出す。
「士官が一般食堂に来てはいけないなどという規則はないが。逆はあるがな」
レクセルは薄い笑みを浮かべてそれを余裕の表情で受け流す。
「っだと、この帝国の犬め!」
レクセルの目がすっと細められ、怒りの色が浮かぶ。
「貴様、犬と言ったか・・・?」
「ああ、言ったよ何度でも言ってやるよ、てめぇら貴族なんざ皇帝に尻尾振って生きる犬だろうが!」
「私を愚弄するということは皇帝陛下を愚弄するということだぞ」
「うるせぇっ!!」
レノウは椅子を蹴って飛び上がり、さらにテーブルを蹴ってレクセルめがけて飛びかかった。
「うわーっ!」
「きゃー!」
ガシャーン!!という盛大な音とともに床に転がりこむ二人。
レクセルは素早い身のこなしでレノウの腕を振り払うと立ちあがる。
レノウも反射的に飛び退って体勢を整える。
周りの野次馬たちがテーブルを押しやり広い空間を即座に作り上げ、やんやとはやしたてた。
何かもうぽかーんですよ。ぽかーん。
「はいはい、危ないからミオちゃんはあっち行こうね」
「ヒーズ!」
「いやぁ、ちょっとおもしろいのが見れるかなーと思っただけなのにこんな騒ぎになっちゃうとはねー」
ヒーズに連れられて入口の方まで戻る。
その間にも二人はもつれあい、殴り合いを続けていた。
「よし、いいぞ、やれやれ!そこだ!」
ヒーズは面白がってはやしたてている。
「とめて、ヒーズ、とめて」
ミオは必死になってその腕をつかんで懇願する。
「大丈夫大丈夫。ああ見えてレクセルってものすごく強いから」
ヒーズは手をひらひら振って笑いかける。
その様子に頼りにならないと感じたミオはヒーズを振り払ってレクセルに近づこうとする。
「おおっと、ミオちゃん、だめだよ危ない」
ヒーズはその肩を持って押しとどめた。
「でも・・・」
「大丈夫なんだって。レクセルは強い。分かる?すごーく強いの」
「れくせる、つよい・・・?」
「そうそう。並みの兵士なんて目じゃないって。よく見てごらん」
確かに、レクセルの方がレノウの攻撃を余裕でかわしてる気がする。
「くぉらー!!何やっとるかー!」
突然銅鑼のような大きな声がして、わらわらわらっと兵長クラスの人たちが止めに入ってきた。
野次馬たちは即座にいなくなり、レノウだけが取り押さえられた。
レクセルは悠然と、
「こいつは皇帝陛下を侮辱した。法規に照らし、処断を」
「はっ」
レノウはキッと目をむいて、
「ちきしょうっ!何が皇帝だっ、女取られそうになって絡んできたのはアイツじゃねーか!俺が何したって言うんだっ、ふざけるなっ!」」
レノウは押さえつけられながらも必死になって叫んだ。
「レノウ、止めろ!それ以上余計なこと言うな!」
たぶんレノウの友だろう近くにいた兵士が慌ててレノウをなだめる。
「なんで俺だけっ!ちくしょうっ、畜生っ!」
レノウは喚きながらも連れ去られていった。
とたんに静かになった食堂。
無惨な状態になったが、片づけを始める者が一人二人と現れ、平常に戻ろうとしていく。
皆そんなに慌てていないのは、そんなに珍しいことではないのだろう。
レクセルは一つ息をつくと、辺りを見回してミオの姿を見つけて歩み寄ってきた。
「よ、お疲れさん。さっすがだね、怪我ひとつないとは」
ヒーズが軽口をたたく。
「あれくらいなんでもない」
そっけなく言ってミオの手を取る。
「男の嫉妬は女の10倍ってか」
「うるさい。ミオ、行こう」
ミオは肩を持たれてレノウから目をそらすようにされる。
「あれだけ暴れてお咎めなし、か。さすが格が違うね。んじゃ、俺は行くよ」
「ああ」
ヒーズは去っていった。
「れくせる、れのうは?どうなるの?」
ミオはレクセルを見上げて問うた。レノウだけが連れ去られたその様子に何か不自然なものを感じ取っていた。
「心配ない」
「でも・・・」
ミオはレクセルの腕を掴んでじっと見つめた。
何かおかしい、あんなに優しく親切にしてくれたレノウ。でも悔しそうな声で喚きながらただ彼だけがどこかへ連れて行かれた。いったい、どこへ、どうして・・・?レノウの悲痛な叫びが耳の奥に残っていた。
「・・・ああ、分かった」
レクセルはミオの真摯な瞳に、腰の携帯の端末を取る。
「ああ、私だが。・・・、さっきの男の処罰は寛大にするように。ミオ様からの希望だ、いいな」
それだけ言って切る。
「これでいいだろう?」
ミオはほぼ聞き取れなかったが、どうやらどうかしたようだ。
ぐー。
安心したらお腹が鳴った。
そういえば話してばっかりで料理はあまり食べてなかったなぁ。
「なんだ、食べなかったのか?・・・俺の部屋へ来い、軽食を持ってこさせよう」
そう言うとレクセルはついてこいといった感じで手を振ってミオを促した。
ミオは言葉の内容は聞き取れなくて分からなかったが、その手ぶりを見てレクセルの後に続いて歩き出した。