18、運動という名の訓練
ミオが体調を崩した次の日。
調子も良くなってレクセルとのわだかまりもいつの間にかもなくなっていた。
午前、午後のスケジュールを無難にこなし、初めての「運動」となった。
「どうしたー、まだ3週目だぞー」
ミオは艦内の広い訓練用施設でひたすら走らされていた。
(鬼ー・・・)
そう、レクセルの言っていた「運動」は「訓練」だった。
「次タイム下回ったら晩御飯抜きだぞー」
(うそー・・・)
さすがにそれは避けたかったから必死になって走った。
「ゼイ・・・ハア・・・ゼイ・・・ハア・・・」
言われたタイムのぎりぎりでなんとかゴールする。思い切り走ったせいで酸欠状態。頭はくらくらして喉の奥が痛くなる。
「やればできるじゃないか」
レクセルからタオルとドリンクをにこやかに渡されてほめられたが全然嬉しくない。
無言で受け取ってドリンクを一息に飲み、その場に座り込んだ。
「よぉ、やってるねー」
片手をあげ、晴れやかな笑顔をしながらヒーズが現れた。
「お前も暇だな、ヒーズ」
「もう、冷たいなぁそれが年来の大親友に対して言う言葉?」
「勝手に言ってるだけだろ」
「うわっ、何それ、傷ついた。マジ傷ついた。ミオちゃん慰めて~」
ヒーズはミオに助けを求める。
ミオは少し考えて、「銀の葉」のないヒーズにも分かるようにたどたどしくもちゃんとした帝国語で、
「げんきだして」
と言った。
その様子にヒーズはぽっとなって、
「うわっ、すっごいかわいい、すっごいかわいいよ。何このかわいいの。ちょっとちょうだいこれ」
と子供みたいにはしゃいだ。
「やるか。ミオ、まだメニューが残ってる」
レクセルは冷たく言い放つ。
「えー、もう少し休ませてよー」
しばらく運動なんてしてなかったのに急に走らされて体がついていかない。体中が悲鳴を上げている。ミオは抗議の声をあげた。
「そーだそーだぁ、あ、そうだ。ミオちゃん」
一緒になって抗議したヒーズだが、
「はい?」
ミオと同じように座り込んで、内緒話のように耳の近くで話すヒーズ。
「レクセルが厳しいのはね、こいつの家代々軍人でさ」
「はい」
「だからこいつすっげー厳しく育てられてきたの」
「はぁ」
「だからこいつが厳しくするのは愛情表現だからね」
「え?」
あ、愛情表現・・・?
「ば、バカっ、そんなこと・・・」
レクセルが慌てた様子で横やりを入れる。
ヒーズは気にせず、
「だから訓練厳しいかもしれないけど、嫌わないでやってね」
とにっこり笑った。
「あ、は、はい・・・」
「・・・」
レクセルの顔をそっと盗み見るミオ。レクセルは気まずそうに頬をかいていた。
そんなレクセルにヒーズはパチンとウィンクした。
「貸しだぜ」といった表情だ。
レクセルは憮然としてそれを受け取っていた。
「ミオ、次は筋トレだ。行け」
「はーい」
ミオはさっきより前向きな返事でマシンのある方へ歩いて行く。
それを見送りながら考える。いったいどういう風の吹き回しだろう。昨日好きになるな、などと言っていたはずなのに。
「・・・反対じゃなかったのか」
レクセルは近くの壁に寄りかかりながら憮然とした表情で言う。
「人を好きになる気持ちなんか止められるかよ」
ヒーズも同じようにどこかなげやりな調子で答える。
「応援していいとも思えんが」
「俺はお前が不幸になる姿なんて見たくないだけさ。やめてくれよ、戦場で死ぬ以外のお前の運命なんて」
「そう祈っててくれよ」
しばらく沈黙が続いた後、
「なぁ、なんであの子なんだよ?」
ヒーズがレクセルに向き直って問う。
「そんなこと俺に聞くな」
レクセルはその視線を受け止められずに、瞳をそらす。
「お前だったら女に不自由しないじゃないか・・・」
「そういう問題じゃないさ」
そう言って寄りかかった壁に頭をつけて空を見つめる。
「・・・」
お互い黙り合ったまましばらくの時を過ごした。