16、体調不良
その日の午後、いつもの検査のために測定を行おうとしたが、ミオの様子がおかしい。
「心拍数が上がっています」
「正常な数値がとれません」
「おかしいな、どうした?」
見た目にも頬が少し赤い。
「熱でもあるのか?」
額を触ろうとすると、目をつむって嫌がった。
・・・怖がられた?
「どうも体調が優れないようね。今日は休んだほうがいいんじゃない?」
リムド女史が言う。
「そうだな。今日は中止だ」
「はい」
ガタガタと機器を片づける医師たち。
「医務室の方へ行こう」
手を取ろうとすると、
「だ、大丈夫です!なんでもないですから!」
一人立ちあがってレクセルと距離をとった。
「そ、そうか・・・?」
「まぁまぁ、とりあえずちょっと診てみようかしら。私が医務室へ連れていくわ」
「ああ、分かった。頼む」
二人は連れ立って医務室の方へ向かった。
「ミオちゃん熱が出たって?」
レクセルが自室で書類に目を通しているとヒーズが現れた。
「いや、ちょっと体調がすぐれないだけらしい」
「ふーん。午前中普通だったのにな。どうしたんだろう?」
・・・心当たりがないわけでもない。
「何だその顔、あ、絶対何か隠してるだろ?何だよ、教えろよ」
レクセルはしばらく考え込んでから、
「・・・。あれ、『レセタ ヒア』の意味を教えた。実施で」
「はぁ?」
ぽかんとするヒーズ。
「実施で、教えたって・・・、本当にキスしたってことか!?」
うん、と目線を外しながら少し恥ずかしげにうなずくレクセル。
「おま、お前バカかっ!あれは冗談だぞ!ほ、本当にする奴があるか!」
「俺だって分かってるよ!ま、魔がさしたっていうか、なんかその・・・勢いで・・・」
げんなりした様子のヒーズ。
「そりゃミオちゃんも体調崩すわ・・・。お前、自覚ないかもしれないけどけっこうイイ男なんだぜ。それにキスなんかされちゃ・・・」
「そ、そうか・・・」
「だいたいだなぁ、お前ミオちゃんのこと好きなのか?」
「は・・・?」
「『は』じゃねぇよ!じゃ何?お前は好きでもないのにミオちゃんにキスしたって?そういうのは普通セクハラって言うんだよ!」
「・・・セクハラ・・・」
改めて事の重大さに気付いたレクセル。そういえばさっきすごく怖がられたよな・・・。
「謝ってこい」
「え?」
「現にミオちゃん体調崩しちまってるじゃないか!平身低頭平謝りしてもう二度としません許して下さい、って言ってこい」
「そんな、そこまで・・・」
「お前の薄汚い下心が起こした行為が純情な乙女の美しい心を汚したんだ!例え我らが皇帝陛下が許しても全ての女性を愛するこのヒーズ・イナラクベルが許さん。謝ってこい」
「わかったよ・・・」
そう言っても書類を手繰るレクセル。
その態度にヒーズはその書類をひったくって、
「今すぐ」
と低い声で睨みつける。
「い、今すぐ?」
「当たり前だ!女性の機嫌の回復は全ての事項に優先する」
「そ、そうか・・・」
それでもなかなか踏み出せずににためらっていると、
「・・・お前、ミオちゃんのこと好きか?」
レクセルはパッと顔を上げて、
「い、いや・・・、まさかそんなこと・・・。だいたい何でそういう話になるんだ。俺は別に・・・」
「だって、ミオちゃんに謝りたくないんだろう?」
「あ、謝りたくないわけじゃ・・・。まだ仕事が・・・」
「すぐに行きたくない、ためらいがあるってことは自分は悪くないって思ってるってことだろ?え?」
「え・・・?」
レクセルは人の感情や心の動きに敏いヒーズの言葉に一瞬ついていけない。
「自分に非はない、やましいことはない、自分は悪いことをしていないイコール自分には正統性がある、つまりミオちゃんのこと好きだってことになるじゃないか」
反論できない・・・。レクセルが黙っていると、
「あ、ミオちゃん」
ヒーズが後ろを指差すと、
「え!?」
と思いっきり反応するレクセル。
じとっとした沈黙が流れる。レクセルの後ろは壁である。こんなところにいるわけないのに。
「お前、これでも好きじゃないっていうのかよ。思いっきり気になってるじゃないか」
「・・・分かってる」
「本当に分かってるのか?あの子は皇太子殿下の妾妃なんだぞ」
「分かってるよ!」
大きな声を出すレクセル。もうこの話題に触れてほしくないといった感じだ。
でもヒーズはその気迫におされることなく、
「あんまり言いたくないが、もうこれ以上好きになんかなるな」
「・・・」
「悪いことは言わない。帝国を裏切る気か?皇子相手に勝てるわけないだろう?」
「・・・」
「可哀そうだが仕方ない。もうあの子だけはあきらめろ」
「・・・。謝りに、行ってくる」
レクセルはヒーズと目を合わせないように、逃げ出すように部屋の出口へ向かった。
「うん・・・」
ヒーズもそれ以上は何も言わずにレクセルを見送った。