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雪の魔法にかけられて

作者: エクシア7s

 吹雪が吹き荒れる、数メートル先も見えず前に出る脚が重く思うように進めない。

自分がどこにいるのかも分からずただ力の限り歩き続けた。

しかし男はそれでよかったのだ、それでよかったはずだったのだ。 

そんな吹雪の中でも男は進み続けた。

この時何のためにこんな事をしているかなどきっと周りには些細な事に過ぎないが男にとってはたった一つの願いだったのだろう。

もとより吹雪で見えぬ視界が霞だす。

意識も飛びそうになっておりもうどれだけ進んだかも分からずただただ前へ前へと歩きづつけた。

ふと男の身体は重力の檻から解き放たれた。


男が重い瞼を開く、さっきまで吹雪の最中であったがここには届いていないようだ。

辺りを見回すと暗く目を凝らさないと見えない暗闇の中に居た。

上からは仄かに光が来ており段々と状況を飲み込めてきたがどうやら崖から落ちたらしい。

しばらく気を失っている間に体力は僅かに回復していたらしく男はなんとか立ち上がったが足に痛みを感じまた地面に倒れ込む。

「痛くて立てない。ははは、ここまでかぁ」力なく独り言を残し重力に逆らう気力も無くただそこに寝そべって終わりりつつある自分への最後の覚悟を決めた。

男は目を閉じ過去を思い出す。

所謂走馬灯のように。


一つの涙が零れ落ちた。


男の瞼に光を感じた、温かいようなそれでいて優しいような。

目を開けると少し先の壁の先から光が漏れていた。

男は力を振り絞り何とか立ち上がり光の場所まで足を引きずっていった。


何故自分がこのような事をしているのか男は理由は分からなかった。

しかし理解していた。

呼ばれたように感じたからだ。

誰に呼ばれたかも何で呼ばれたかも分からないし本当に声が聞こえた訳でもない。

しかしその時男には[呼ばれた]という確信があった。


近づいてみると崖の壁にひび割れがありそこから光が漏れているのだと分かった。

しかし普通ならばこんな所から光など出てこない。

男もそれを分かっていたがその光から離れるなんて選択は選ばなかった。

「オカルトとかましてや神様なんて信じてないんだけどな」そう呟きながら男は光りが漏れる壁へと手を当てた。

少し触れただけで壁崩れて人が一人分入れるほどのトンネルのように、いや、まるで虫を捕らえるために発光する植物かのように大きくその口を開けた。

男はそこに何の迷いもなく入っていった。


眩しさに目が眩み瞳に手を使い影を作る。

そして徐々に目が慣れてくると目の前に不思議な光景が広がっていた。

まるで野球場かのようなドーム上に広がる空間に草花や腰辺りまでのような小型の木々が生い茂り常に静かに雪が降り頻っていた。

ドームの中央には小高い丘があり真ん中に聳え立つような一本の大きな木、天辺には水晶のような宝石が太陽のようにとまでは行かないが辺りを仄明るくそして優しく照らしていた。

「夢でも見ているんじゃないか…?」

男はそう言いながら丘の木を目指して歩き出す。

目を輝かせ期待に満ちた瞳で。

非現実感や安心感だけではなく男は確かにこの場所を夢見てあの猛吹雪を超えてきたのだから。


大きな木までの距離は遠くはないが男は足を挫いておりその場まで行くのに時間を使った。

しかし彼は不安など無いと言わんばかりの笑顔で歩きついにはその木の根元まで辿りついた。

木の幹に手を当てて男は呟く

「俺の夢見た場所、ここが俺のゴール」

すると突然後ろから驚いたような声が聞こえた。

「貴方……もしかして人間…?」

振り返るとそこには人のようでありそして人では無い者が立っていたのだ。

目と目が合った時、確かに男の心臓は高い音を奏でたのだ。


「君は一体…?」それは男の口から出た素朴な疑問だった。

「貴方こそ何でここに居るの?いや違うわね、何でここに来れたの?」彼女も疑問をぶつける。

「俺は…呼ばれたんだ…」男はそう答える。

「呼ばれたって…こんな事…」彼女は少し寂しそうな瞳をしながらそう呟いた。

「それより君は一体誰なんだい?」男は再度同じ質問を問いかける。

「私は雪の妖精、ここで生まれてここに住んでるの」彼女はそう言った。

彼女は人と姿は同じであるが人と違うのは雪の様に白い肌であり耳が人よりもかなり尖っていて角が立っており俗に言うエルフのような耳であった。

男はこの寒空でありながら頬だけは赤く染まっていた。

会ってまだ数分であるだろうし相手のことをなど何も知らないのだろう。

それでもきっと男は初めて恋を知ったのだ。


「そうか雪の妖精というのか…ここは何処なんだい?」男は疑問をまた一つ投げかけた。

「ここはスノーランド雪の国よ。普通ここには来れないんだけど貴方は…」彼女の言葉は最後の方は小さな声であり男は聞き取る事が出来なかったがその瞳は物悲しさを醸し出していた。

「それより貴方は外の世界から来たのよね?私は外の世界を見た事が無いの。外の世界ってどんな場所なの?」彼女の瞳はキラキラと輝いていた。

彼女はここで生まれ育ったと言っていた。

きっとずっと憧れていた外の世界を知る者に会えて嬉しいのだろう。

「外の世界について…一概には難しいな…何が知りたいんだい?俺の知る限りなら答えられるよ。」男は大きな木にもたれかかりながらそう答える。

男は疲労困憊で立つ事すらままならないようであり今にも倒れそうだったが彼の頬は赤く染まり彼女の瞳を見つめていた。

「貴方は夏を見た事がある?私はここから出た事がないから見た事がないの。燃えるような夏と言われる季節を見るのが私の夢なの!」そう答える彼女は子供のようにはしゃぎながら嬉しそうに言った。

しかしその後悲しそうにこう答えた。

「でも夏を見たくはないの。きっと知らない方が幸せで想像の方が楽しい事もあるのでしょう?それに私はここから外に出る事は出来ないから」

そう言う彼女の瞳は先程のキラキラした瞳ではなくなり悲しそうでありどうしようも無い事を受け入れるかのような瞳であった。

「そうかもしれないね。確かに想像の方が楽しい事も沢山あるしいざ試してみて想像と違う事も外には沢山あるんだろう。でも俺はここに来る事を想像していて、ここに来れて本当に報われたと思っているよ。それに君のような素敵な女性にも出会えたからね。」男は自分の人生を見つめるように、そして彼女に胸の内を明かすのを恥ずかしがるように言った。

「俺は子供の頃に読んだ絵本で雪の降り続ける国があってその真ん中には大きな木があるこの世界があるって知ったんだ。フィクションだって思ったしあったらいいなってずっと思ってた。けど俺が唯一この場所に来る事だけが俺が持っていた夢だったんだ。」男は自分の人生を語った。


男は昔から幸せでは無かった


男は父親は分からず母親は育児放棄気味であり暴力を振るった事も数えきれない。

学校にもうまく馴染めず家庭環境を知られてからは避けられ陰口を叩かれた。

高校には通う事も出来ず中学校を卒業して逃げるように地元を離れたがしかし中卒をまともに雇ってくれるところなどほとんどなくアルバイトなどをして食い繋いでいた。

それでもアルバイト先でも中卒である事で嫌がらせなどを受けた事を数えきれない。

ボロボロのアパートに住めた事だけは僥倖であったと思う程度には恵まれていなかった。

もちろんお金など無く生きるだけで必死の日々に仲間と呼べる人や恋人なぞ作ることもなかった。

そんな男であったが彼には唯一の夢があった。

それは子供の頃食べる物もなく家にも居られず外を彷徨っていた時の事、日も落ち夜になろうとしていた時に公園のベンチに座り込み途方に暮れていた時だった。

「僕は一人なのかい?」そうひょうきんに声をかけてきた一人の青年がいた。

男はビックっとしたがそちらに振り向いた。

青年は黒髪ですらっとした標準体型であり服装はまるで軍服のコスプレのような格好であった。

男は心配するかのような瞳で彼を見つめながら言葉を続けた。

「こんな時間までここにいるなんてご両親は心配しないのかい?」

青年はそう声をかけたが男は口を開く事はなくただなにも動かなかった。

「そうか…君はお腹空いてないかい?何か買ってくるよ」青年がそう言うと男の返事を待たずにどこかに走り去って行った。

男が唖然としていると10分ぐらいで青年は戻ってきた。

手にはコンビニで今買ってきたであろう袋に何かが入っていた。

「よかったら食べなよ。お腹空いてそうだから。」そう言いながら青年は袋からおにぎりを二つとお茶を取り出し男の横のベンチに置いた。

男は最初戸惑っていたが空腹耐えかねておにぎりを貪るように食べた。

「ははは!そんなに急いで食べなくても取らないよ。喉に詰まるかもだしゆっくりでいいからね」お茶の蓋を開けて男に差し出しながら青年は楽しそうに慈しむように笑っていた。

男は何故こんな事をしてくれるのか疑問になり聞いてみた。

「なんで僕に構うんですか?こんな事しても何も無いのに。」男は他人に優しくされた事が無い、だからこそ戸惑っていた。

青年は言った「目の前に困ってそうな子供がいるのに見て見ぬふりは俺には出来なかっただけだよ。君みたいな子供に見返りも求めてないさ。」

青年は満足をしているかのような目で少年の目をまっすぐに見ていた。

男には理解できなかったがとりあえずこの人に悪意は無いのだろうとだけは感じた。

青年は続けて「それに俺は君みたいな子供のための仕事をしているんだよ」そう言いながら青年は持っていた手提げ鞄から一冊の本を取り出した。

「俺はね駆け出しの絵本作家なんだ。これも書いたばっかりの新作でここの公園にいる子供達に読んでもらおうと持ってきた物なんだ。」青年は恥ずかしそうにはにかんだ。

差し出された絵本には[スノーランド]と題名が書いてあった。

「お礼は求めないって言ったけどやっぱりお礼してもらおうかな?この本を読んで感想を聞かせてくれないか?」青年は悪戯っぽく笑いそう言った。

男は恩返しなどのつもりではなくただやる事がなかったのでその絵本を読む事にした。

その本は雪や星が降り続ける魔法の国のお話だった。

男は初めて貰った優しさにその絵本の世界に引き込まれていった。

男がその本を読み終える頃には子供らしからぬ瞳に一筋の光が灯り輝きを少し取り戻したかのように見えた。

「とても面白かった…この世界に行ってみたいと思うぐらいには…」男は小さな声でそう言うと青年はとても嬉しそうに「それは良かった!せっかくだからその本は君にあげるよ。何回でも読める絵本を作るのが僕の夢だからさ!」

そう夢を熱く語る青年を男はとても理解できなかったが同時に羨ましくも思った。

「他にも色々な話を考えているんだけど聞いてくれないか?」青年はそう言うと色々な話を聞かせてくれた。

ある非常口の先にある不思議な遊園地や約束を交わした少年たちの冒険劇、砂漠にある世界で一番星がよく見える国の話に何千年戦争をしている国達がある日だけ戦いを辞めて手を取り笑い合うような話、青年は一つ一つに想いを込めてその物語を紡いでいた。

男は初めて聞く話に心を奪われた。

全て聞いているうちに日は完全に落ちあたりは夜の闇に支配されていたがその時の男の瞳はなによりも輝いていた。

「もうこんな時間になってしまったね。そろそろお家に帰った方がいいんじゃないか?」青年はそう言うと立ち上がり男の方を見た。

男は悲しそうではあるが家に帰らねばまた何か言われると思い頷くと青年は満足そうに歩き出し最後に一言だけこちらも見ずにこう言った「もしまた会うことが出来れば絵本の感想を聞かせてね」そう言い残し青年は去っていった。

男は貰った絵本を大事に抱えて家に帰った。

それは男にとって初めての贈り物だった。

それから男はその絵本を何度も何度も読み続けた。

母親に殴られようと学校の同級生から差別を受けようと何かあるたびに青年にもらった絵本を読み、何もなくても読み続けた。

読めば読むほどその絵本の世界に引き込まれていった。

きっと男はその絵本が無ければ自ら命を絶っていてもおかしくはなかったのだろう。


[いつかこんな世界に行きたい]


男はそれだけが生きる望みになって行った。

それから時が流れて大人になっても変わる事は無かった。

唯一の願いを叶えるために男は生き続けた。

しかしそれは願いを叶えると同時に生きる意味を失う事でもあった。


男がいつものように仕事を終えて晩御飯を買いにコンビニに行った時だった。

「そういえばこんな噂があるの知ってる?北の方の高い山で行方が分からなくなる人が沢山居るんだけどその人達ってなんか魔法の国に行ってるって都市伝説w」「ただの都市伝説でしょwwあり得ないってww」そんなふうに会話をしている学生達が居た。

男はそれが聞こえて来た時に居ても立っても居られなくなり学生に声をかけその雪山の場所を聞いたが分からないと言われて少し肩を落として帰路に着いた。

だが男は諦めた訳ではなく少しずつ貯めた貯金を叩き登山道具などを揃え情報を集めて準備を整えた。

北の雪山の予想ではあるがとある山だけが様々な噂話がある山が存在しそこにかけてみることにした。

男は春先のあたたかな日にその山に旅立った。

しかし何も見つかる事はなかった。

その次の年も次の年もその山に通っては居たが何も見つからなかった。

男は不安になったが諦める事はしなかった。

男は唯一冬にだけはその山に近づく事はなかったが可能性があるならそこでありそれでもなければその山にきっと雪の国はないのだろうと考えた。

そして雪の降る日にその山に登っていた。

ある程度進むと雪が強くなって来たが男が戻る事はなかった。

こんな雪の中にこそ雪の国があるのだと信じていたからだ。

どんどんと雪が強くなり吹雪となり歩く事すら出来なくなるかと思っていた時に此処にたどり着いたのだった。


そんな風に男は彼女に話した。

男は疲れからか眠くなって来たがそれでもまだ彼女と話していたかった。

「貴方はそんな人生を歩んできたのね」彼女は哀れむでもなく慰めるでもなくただただ淡々と聴いてくれた。

男にはそれが堪らなく嬉しかった。

何も知らない人達が自分の事を可哀想な人と哀れみの目や感情を向ける。

「可哀想に」「辛い人生だったんだね」「これから幸せになれるさ」

男と関わる事のある人は口々にそれを唱えた。まるで男のの人生が不幸であるかのように。

男は恵まれて居ないのは自覚しているが不幸だとは思ってなかったのだ。

男の心には常に絵本のような世界に憧れていた。

「貴方と私は終わりが来るわ。なのになんで出会ってしまったの?貴方は幸せと同時に悲しみも運んできたわ。皮肉なものね。」

彼女はそう言った。

その悲しみの瞳は変わらず。

男の眠気はもうほとんど目を開けていられないほどになっていた。

それでも最後まで彼女を見つめながらこう伝えた。

「それでもいいんだ。君に出会えて僕は君に初めて恋をしたんだ。誰かを初めて愛せたんだ。だからこれが僕のハッピーエンドなんだ。」

彼女に恋をした。


その世界に向かう男の人生は常に理不尽に溢れていたがその一つの憧れに向かう自分に満足していた。

必死で夢中に駆け出す男の顔は笑顔だったから。


まさに夢に辿り着けた男は人生という長い旅を終えたのだった。


「やっぱり君は雪の精なのかい?」目も開けられず項垂れた男はそう静かに呟いた。


[これは雪の妖精とのファンタジーのお話]



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