エコロボット
今より、少しだけ未来の話。
「ちわー宅配便です」
「はいはーい」
私はすぐにハンコを握りしめて玄関へ向かった。待ちに待った、注文の品が届いたのだ。
目の前には、一メートルを超える正方形の段ボールがあった。
「けっこう大きいのねぇ……」
「組み立てなんかも、もう終わってますんで。中身は現物とマニュアルだけになってます」
「はぁ、ご苦労様です」
宅配便の男はそのまま帰っていった。
段ボールをリビングの中まで運ぼうと思ったが、どうにも重たくて動きそうもない。
どうせなら、中まで運んで貰えばよかったが、とりあえずその場で開けてみることにした。
「うわっ、本当に本物みたいね……」
段ボールの中に入っていたのは、人……。
いや、人の形をしたロボットだ。顔を見ると、どうやら女性型らしい。
眠っているように目を閉じて、膝を抱えて段ボールの中で丸くなっている。
「これがねぇ、スイッチはどこかしら……」
私は、一緒に入ってあったマニュアルを漁って、起動方法を確かめる。
この状況がどういうことかというと、二週間前に家に入っていたチラシを見たことから始まる。
『激安! 家事手伝い用人型エコロボット』
家事手伝い用ロボットが、車や携帯と同じぐらい普及した現在。
とはいえ、その値段は一般市民には高価なものだった。
普通ならボーナスを頭金にローンを組んで……としないと買えない。
でも、たまたま激安の家事手伝いロボットを見つけた。
エコロボットとは、最近流行の地球に優しいロボットのことだ。廃品回収された、ネジや歯車、ICチップなどで構成された、いわゆるリサイクル品だ。
その分、新品より断然価格も安い。
けれど、少し動作に不安定なところもあるという。まぁ安いんだし、ちょっとぐらい仕方ない。
「さて、と。ここを押すと……」
首の後ろにあったスイッチを押す。
すると、一瞬ビクンと跳ねたかと思えばロボットはすぐに起きあがりだした。
「……」
「目覚めた?」
「……あなたは?」
「私はあなたを買った主人よ」
ロボットはそれを聞いて、立ち上がった。
背丈は、私と同じぐらい。見ためは完全に普通の人間と同じだ。
「とりあえず、あなたは何が出来るか教えてくれる?」
「私は家事手伝い用ロボット、DEM-01。家事全般が行えるようにプログラムが組み込まれています」
「なるほどねえ。とりあえず、さっそくだけど、いろいろとやってもらえる?」
「了解しました」
そう言うとロボットは、キビキビと働き始めた。
まず、溜まりに溜まった洗濯物、そして洗濯機が回っている間に掃除。散らかり放題の部屋を、素晴らしい手際で整理していった。
ゴミで埋め尽くされていた部屋は、すぐに引っ越してきた当初と同じぐらいまで片づいた。
パンパンのゴミ袋3個分のゴミは、とりあえずベランダに出しておき、洗濯機が回り終えるとすぐに干して、生乾きを防ぐ。
その間、私はテレビを見てくつろいでいた。
「完了しました」
一時間ほどで、全ての作業は終わったようだ。
「さすが早いわねー。じゃあ、まだ昼過ぎぐらいだし、久しぶりに自炊でもしてみようかな」
自炊といっても、料理はこのロボットにやってもらうのだが。
以前、カレーを作ろうとしたら異臭騒ぎになって消防車を呼ばれて以来、鍋に触ったこともない。
とりあえず、食材だけ買いに行くために準備をした。
「よろしければ、買い物も私が行ってきますが?」
「うーんそれはねえ……」
いくら外見が人間とはいえ、さすがに、ロボットだけで外に出すのは不安だった。
料理自体はこのロボットがやってくれるし、食材選びぐらいは自分でやろうと思った。
「買い物は私が行ってくるわ」
「了解しました」
ロボットは素直に従った。
私は、久しぶりにスーパーまで食材を買いに出かけることにした。
主人がいなくなったロボットは、何をするべきか思考していた。
何もせずにぼーっとしておくという選択肢もあったが、まずは仕事を探してみることにした。
「部屋の片づけ……完了。掃除……完了。洗濯……乾燥の完了まで、およそ30分」
だいたいのことはさっき終わってしまった。
それならば、次に作業をするときの効率化を図るため、この家の構造を把握しておこうとロボットは思考した。
ロボットは家中を見て回り、人工知能に部屋の構図をインプットしていった。
「リビング……完了。バスルーム……完了。トイレ……完了。キッチン……完了」
2LDKのマンションは、一人暮らしにしては広いと言えた。
そんな部屋の中を、隅々までロボットは記憶していった。
そして、最後の部屋に辿り着いた。
「ベッドルーム……解析」
そこは女の寝室だった。
南向きの窓からは、陽光が差し込んでくるようになっていて、窓際には机が、そこから反対側にベッドが置いてあった。
部屋は散らかっていて、適当に積み重ねられた小物が雑然としていて統一感がない。
何枚も脱ぎ捨てられ、重ねられた服を見て、これではシワになってしまう。なぜ畳んで収納しておかないのだろうかとロボットは疑問に思った。
だが、それらの仕事をするために自分はここにいるのだ。
主人から命令を受けてこの部屋を掃除することになった場合に備えて、ロボットは部屋の構造の記憶と、効率の良い整理整頓の方法を演算し始めた。
その時、ふと一枚の写真が目に入った。
人形を抱えた子どもと両親、というありふれた家族写真だ。
主人が子どもの頃の写真なのだろうか、と考えた瞬間のことだった。
ロボットの人工知能に、ノイズが入った。
「ガ、ガ、ガ……原因の検索……不明」
ノイズは次第にハッキリと映像としてロボットの中を駆けめぐり始めた。
「……原因不明」
ロボットに頭痛なんてものはないが、この異常事態にベッドに倒れ込んでしまった。
そして、またノイズは大きくなった。
「ガ、ガ、ガ……」
通常のデータ送信のやりとりとは違う、電気信号ではない情報。
遠い過去の記憶が蘇ってきた。
この間作られたばかりのロボットに過去の記憶などあるはずもないというのに。
普通ではあり得ない、人間で言うフラッシュバックのような現象がこのロボットに起きていた。
「非常電源……シャットダウン」
異常事態だと感知した、ロボット内の安全装置が作動し、ロボットは電源を止めた。
食材選びに夢中で、すっかり遅くなってしまった。
私は両手に、パンパンになったスーパーの袋を持って帰宅した。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
帰ってきた私を、ロボットが出迎えてくれた。
それがプログラムされた行動だとしても、私はなんだか嬉しくなった。
ここ最近、誰かに迎えられるなんてことはなかったから。
「食材は選べましたか?」
「うん、かなりたくさん買っちゃったけどね。まぁ明日のためにおいといてもいいよね」
ビールとアイスとサラダぐらいしかなかった冷蔵庫が、パンパンになる日がくるとは思いも寄らなかった。
「すぐに用意します」
そう言ってロボットは、私から袋を受け取ってキッチンへ向かった。
その間、私は何もしなくて良い。
実に楽ちんだ。
「じゃー私部屋で寝てるから、できたら起こしにきて」
「……分かりました」
「ん?」
私は、なんだか違和感を覚えた。
でも、気にするほどのことじゃないなと思って、寝室へと戻っていった。
部屋に戻って、驚いた。
あれだけ散らかっていた部屋が、綺麗に片づいていたから。
床に散らばっていた衣服は、全部たたんでベッドの上に置かれていた。
「ここまでやってくれるなんてねえ」
私は、ベッドの上の服をタンスにしまって、寝ころんだ。
「食事の用意が完了しました」
しばらくして、ロボットが部屋に入ってきた。
私は起きあがって部屋を出ようとした。
だが、その時ロボットの視線が、机の上の写真に注がれていることに気付いた。
「……この写真は何ですか?」
「あぁ、私が小さい時の写真よ。生まれて初めて撮った写真だから、ずっと残してあるの」
「……この人形はどうしたのですか?」
ロボットは、小さい私が持っている人形を指さした。
私は、ふと昔のことを思い出してみた。
子どもの頃に買ってもらったあの人形は、私の初めての宝物だった。
お腹を押せば声が出る、単純なおもちゃだったが、ずっとそれで遊んでいた気がする。
ところが、ある日実家のベランダから落としてしまい、人形は壊れてしまった。
さんざん泣いて、修理の人にも来てもらったが結局直らなかった。
親は私をなだめて、新しいおもちゃを買ってくれた。
その後、あの人形はどこへ行ったのか分からない。きっと、もう親が捨ててしまったんだろうな。
「私、昔はどこにいくのもこの人形を持って行ってた。お気に入りだったのよ……今はもう無くなっちゃったけど」
「……」
ロボットは、私の話を聞きながらじっとその写真を眺めていた。
「そんなに気になる?」
ロボットでも、そういう人間の心が分かるのだろうか。
「いえ……食事にしましょう」
ロボットは、そう言ってキッチンへと向かっていった。
食事といっても、食べるのは私だけだ。
ロボットは、私が食べている椅子の対面に座ってじっとしている。
「……あなたは何も食べないの?」
「充電さえ出来れば問題ありません」
「ふーん」
それっきり、沈黙が続いた。
テレビの音だけが、部屋に響いている。この時間帯にやっている適当なバラエティ番組を、時々チャンネルを変えながら見ていた。
ちなみに、食事はロールキャベツだった。
一人で暮らし始めて、こんな手の込んだ料理を食べたのは久しぶりだ。
「こんなの作れるなんてすごいのね」
「私には、プロの料理人の技術プログラムが入っていますから」
「へぇ、通りで」
味は格別だった。そして、ロールキャベツは私の昔からの大好物だ。
「私、これ好きなのよー」
すると、ロボットは少し嬉しそうに笑った。
ロボットでも笑うんだなーと私は嬉しくなった。
こんなに便利で気が利くとは、リサイクル品とは言え、良い買い物したもんだ、と思った。
「ご主人は、明日もお休みですか?」
「ん、そうねえ」
明日は久しぶりの連休だ。でも別に予定もないので、寝てすごそうかと思っていた。
「それならば、実家に帰られてはいかがでしょうか? 私も同行します」
「え、どうして?」
その言葉は予想外だった。
「興味がありますから」
そしてロボットの返答もまた予想外。
ロボットに興味なんて感情があるのか……それに、どうして私の実家に。
「いけませんか?」
「別にいいけど……」
まぁ特に予定があるわけでもない。
それに実家にだって半年以上帰ってないから良い機会かもしれない。
「良かった」
ロボットは、嬉しそうにまた笑った。
何を考えているのかさっぱり分からないが、まぁ喜んでるみたいだしいいか。
私は食事を終えると、さっそく実家に電話した。
「明日帰るから」
「はいはい。助かるわ、ちょうど人手がいるところだったからね」
聞けば、今実家は大掃除中なのだとか。
なんてタイミングの悪い。
とりあえず、明日に備えて今日は早めに寝ることにした。
次の日、私と一緒についてきたロボットを見て、母はかなり驚いていた。
昨日買ったばかりのエコロボットだと説明すると、「あぁ〜最近流行のあれねえ」と、分かったようなことを言っていた。
それで、掃除がはかどるならば、とロボットも私と一緒に作業をすることになった。
「それじゃあ、あんたが子どもの頃使ってたこの部屋の整理頼もうかね」
そして私達はさっそく作業に取りかかった。
とはいっても、ロボットがほぼ一人でやってるようなものだ。
昨日見せた手際の通り、かなりのスピードで効率よく勧めていく。
「こりゃ楽ね」
連れてきて良かった、と心の底から思った。
途中、懐かしい品もいっぱい出てきた。
アルバムや、子どもの頃に読んでいた絵本、教科書などなど。
それらをパラパラとめくりながら、ロボットの作業を見ていた。
「どう? はかどってる?」
ジュースを持った母が、部屋に入ってきた。
「うん」
ロボットに任せっきりで、中学の時の卒業アルバムを読んでる私を見て母は呆れた表情をしていた。
「まったく、あんたはロボットさんに任せっぱなしで何してるの」
「いいじゃん、楽だし。……あ、そういえばお母さん」
「ん?」
「あの人形どこいったの?」
私は、昨日の写真を見て思い出したあの人形の行方について尋ねた。
思い出したら、気になってしまった。
「あぁ〜確か2,3年前の大掃除の時に捨てたわ」
「そう……」
やっぱり捨てられていたらしい。
でも、2,3年前というと結構最近の話だ。
あの人形が壊れたのは、もっと大昔だったはずなのに。
「あんた忘れてたみたいだけど、ずっと押入の奥にほったらかしだったでしょ?」
「そうだったんだ……」
全然気付かなかった。
それなら、捨てなくても直してもらえばよかったな、と少し後悔した。
目の前のロボットを見て思う。
こんな高性能なロボットがある今の技術なら、単純構造の人形ぐらい簡単に直せるだろうと。
「……完了しました」
ロボットがそう言って、掃除は終了した。部屋は完全に片付いていた。
「あら、すごいのねぇ。エコロボットって」
母は嬉しそうに驚いている。
「こちらはどうしますか?」
部屋の隅には、整理しきれなかったゴミが固められていた。
「そうねぇ、置いてても邪魔になるだけだし……捨てましょうか」
ゴミの大部分は、私が子どもの頃の絵本や玩具だ。
大人になるにしたがって、思い出の品が増えていく。だけど、それを全部置いておくわけにもいかない。
そうはいっても、私はなんだか、それを捨ててしまうのを躊躇ってしまった。
「あ……ちょ」
「……了解しました」
ロボットは、母の言葉通りそれをゴミ袋に入れて、外へ運び出していった。
何も言わなかったが、私にはその姿が、何故か悲しそうに見えた。
「掃除も終わったし、これから何しようか」
掃除はロボットの活躍で、予定よりかなり早く終わってしまった。
母も出かけたし、私もせっかく実家に帰ってきたのにごろごろするにはもったいない。
そんなことを考えていると
「スイカが切れました」
そう言って、お盆に乗せた皿に、一つ大きなスイカを乗せてロボットが来た。
「気が利くわね」
私は畳の上に置かれたスイカをかじった。
ロボットは、その間お盆を持って立っている。
なんとなく落ち着かないので座るように言うと、私の隣りに正座して座った。
食べ終わるのを待っているような気がして、私はさっさとスイカを平らげようとした。
「……少し、昔話をしてもよろしいでしょうか?」
「昔話?」
ロボットが急に話しかけてきて、私は首をかしげた。
「私が作られる、もっと昔の話です」
ロボットは、ゆっくりと語り始めた。
「私は昔、人形でした。購入された先の家には、一人の女の子がいました。その女の子は私を気に入ってくれ、毎日私と遊んでくれていました。私も彼女のことが大好きでした。でもある日……女の子は手を滑らせてベランダから私を落としてしまったのです」
「壊れた私は、ゴミ収集車に乗せられ、遠くまで運ばれていきました。そこはとあるリサイクル工場で私と同じように、機械の入った道具が集められていました。ネジや歯車、ICチップなんかの入った道具は、そこでバラバラに分解され、その部品はリサイクルに使われていきました」
「私も分解され、身体の中のあらゆる部品が、別の新しい道具の一部になっていきました。でも、私にはまだ意識がありました。部品の一つに、その意識が残っていたのです」
「その部品もリサイクルされ、やがて最新のエコロボットに組み込まれました。そして昨日、たまたま届けられた先のご主人が……なんと昔自分を愛してくれた女の子だったのです」
まさか……
ロボットは胸に手を当てて、静かに語った。
「……あの時、魂の宿った歯車やネジがリサイクルされて、今の私の部品に使われているのです」
話を聞き終えて、私は震えた。
「お久しぶりです。15年ぶり……ぐらいでしょうか」
私が昔持っていた人形が、こんなロボットになって帰ってきた。
そんな冗談みたいな話。私はあまりに突然過ぎて、頭がぐちゃぐちゃになっていた。
「今、はっきりと思い出しました。まさかこうして、あなたに再び会えるなんて夢のようです」
本当に嬉しそうに、ロボットは笑った。
「な、なんで?」
「人形だったころの意識が、エコロボットの人工知能を通じて呼び起こされたんです。だからほら……こうやって思い通りに動くことも話すこともできます」
エコロボットの身体を借りて、私の宝物だったあの人形が動いているということらしい。
理屈で考えればありえないことだらけだったが、何故か、私は納得していた。
だが、私の表情は晴れなかった。思い切って聞いてみた。
「そうだったの……私のこと、恨んでるでしょ?」
恨んでるに決まっているだろう。
今までさんざん遊んできた自分を壊し、新しい玩具にさっさと乗り換えて、押入に入れっぱなしにしていたのだから。
だが、ロボットは首を振った。
「いえ。私は、あなたのための玩具ですから。大切にしてもらった思い出だけで、私は十分幸せです」
「……ごめんね」
「いいんです」
それから、私たちはいろんなことを話した。
昔の思い出話や、最近のロボットの話。
それから、捨てられた道具の末路。
「道具は使われてこそ幸せなんです。捨てられるのは悲しいけれど、仕方がありません。でも、時々思い出してあげてくださいね」
今日整理した物のことを言っているのだろう。
あの時、このロボットは何を思って部屋を片づけていたんだろう。それは、誰にも分からない。
「うん、分かったよ」
私には、それしか言えなかった。
「でも、せっかく実家に帰ってきたんですし、どこかへ出かけてはどうでしょうか?」
ロボットは、そう提案した。
「そうねぇ……どこか行きたい場所ある?」
今までひどい仕打ちをしてきた分、この新しく生まれ変わったロボットには出来るだけのことをしてあげたいと思った。
ロボットはしばらく考えて
「特にありませんが、近所を散歩して回ってみたいと思います」
散歩、か。
まぁそれでもごろごろしているよりはいいだろう。
「行きましょうか」
とにかく、私たちは近所を歩いて回ることにした。
久しぶりの地元は、見違えるほど変わったわけでもなく、かと全く変わってないわけでもなかった。
山が少し削れてマンションが出来たり、駅前に新しいコンビニが出来たり、昔よく遊んだ公園が潰れて家が建っていたり、といった具合だ。
それでも道は覚えていて、何も迷うことなくぶらぶらと歩いていった。
そして、昔良く遊んだ川縁へ降りていった。
「懐かしいわね」
昔の記憶と照らし合わせて、なんら変わっていない部分があることに安心する。
一時期、ここを潰してビル建設の話も持ち上がったらしいが、住民の反対でその話も凍結したということだ。
「私も昔はよくここで泥だらけになって遊んでたわ」
川縁に腰掛けて、昔を思い出す。
ロボットも、いつの間にか私の横に座っていた。
「私もすっかり大人になっちゃった……」
「……そうですね」
そして、しばらく沈黙が続く。
私はその間、感傷に浸っていた。
それからどれくらい時間が経っただろうか。
ロボットが、不意に話しかけてきた。
「……この川で遊んだこと、覚えてますか?」
「よく連れて遊びにきたっけ……」
どこへ遊びに行くにも、人形は連れて行った気がする。
川で遊ぶ時は、人形は川縁に置いて遊んでいた。
「あの時は見てるだけでしたけど、今なら……ほら」
そう言うと、ロボットは川の中に入っていった。
「ちょ、ちょっと……」
「ほら、来て下さい。魚がいますよ」
そう言って、ロボットは手で魚をつかみ取ろうとした。
だが、案の定逃げられる。
「失敗です……」
「全く、しょうがないわね」
私も川へ入り、魚を捕まえる。
上手く挟み撃ちにする感じで、素早く、ざっと手づかみした。
昔の腕は衰えてなかったみたいだ。
「すごいです。よく捕まえられますね」
ロボットは感心した表情を見せた。
「子どもの頃は、一日20匹は捕まえてたからね」
川の流れが緩やかなところに石で周りを囲んだ水槽のようなものを作り、そこへ捕まえた魚を放り込んだ。
「私も、もう一度……」
そう言って、ロボットはまた別の魚を捕まえ始めた。
だが、そう簡単には捕まらない。ロボットが手を水に入れた時点で、魚は近くの岩の下に隠れてしまった。
それが面白くて、私は笑っていた。
「プロの漁師の技術プログラムは入ってないのね」
「残念ながら」
こうして、私たちは10数年ぶりに川で遊んだ。
しばらくすると、ロボットもコツを掴み始めたのか、捕まえられるようになっていった。
「これで5匹目です」
「やるわね……」
私はまだ3匹目だった。
3匹捕まえられただけでも上等だと思って欲しい。
そうこうしているうちに、日も沈んできた。
「少し、休みましょうか……」
ロボットはそう言って川から出て行った。
すると、川縁まで戻ったところで突然ロボットが頭を抱えてうずくまった。
「ど、どうしたの?」
まさかロボットが頭痛なんて感じるわけないだろうが……。
私は慌てて駆け寄った。
「……私の人工知能内のセキュリティが、私の意識をバグとみなして修正を掛けています」
「え!?」
「あと、1分もしないうちに、私の意識は消えるでしょう。そして、普通のエコロボットに戻ります……」
「そんな……」
せっかくまた会えたのに……。
ロボットは、倒れたままで、ゆっくりと私の頭をなでた。
「前の身体じゃ、構造が単純過ぎて、話すこともできなかったけど……こうして、話が出来て良かった。出来ればずっとお手伝いしたかったけど、無理みたいです」
「……」
「……ありがとう、また遊んでくれて」
それが最後の言葉。
それだけ言って、ロボットの電源は切れた。
そして、すぐに再起動する。
“バグ”の修正が終わったらしい。
「おはようございますご主人様。ここはどこですか?」
人形の意識は消滅し、普通のエコロボットがそこにいた。
私は、泣きそうになるのをこらえながら、さっき川の中に作った石の水槽を見た。
緩やかな流れにも、徐々に水槽は崩壊し、そこから魚がどんどん逃げていった。
8匹目の最後の魚が、抜け出したところを見送ってから、私は川に背を向けた。
「……帰るわよ」
「了解しました」
一人と一体は、夕暮れの街並みを眺めながら、家に帰っていった。
途中、流れ星が見えた。
人形の魂が天に昇ったみたいだ、なんてことを考える。
「……ありがとう、話せてよかったわ」
「何がですか?」
ロボットが、不思議そうに尋ねてきた。
「なんでもないわ。それより、今日はハンバーグが食べたいわね」
「了解しました」
リサイクル品だから、動作不良は仕方ない。
もしかしたら、今までのロボットの言動全てが、バグの作り出した虚像で、本当は人形の意識なんて初めからなかったのかもしれない。
私が勝手に創り上げた都合の良い幻想かも知れない。
それでも構わない。大事なのはそんなことじゃない。
私は宝物を取り戻した。今度は絶対無くさない、と堅く誓った。
機械仕掛けの神が見せた、ほんの少しの奇跡は、こうして幕を閉じた。
ロボット系を書いてみよう、ってことで書いてみました。
短編にしてはけっこう長くなりましたが。読んでくれて、ありがとう!