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お仕事していたダケなのに

よろしくお願いします。

 ある日の休み時間。

 とある王宮で、コーヒー片手に役人達がお喋りをしている。


「なぁ、聞いたか?ヴィオの話。」


「ああ。聞いた、聞いた。災難だよなぁ、奴も。」


「ただ、仕事してただけなのになぁ。」


「なんでああなっちまったのかなぁ。」


 役人達の話のもとは、今朝の時期外れの辞令によるもの。

 とある同僚の異動先が、非常に特殊で奇異な場所だったのだ。


「こんな事もあるんだなぁ………。」


「あり得ないよなー。」


 役人達は溜息をついた。









 ことの起こりは、一年半前に遡る。

 この日、国内屈指の名門魔法学園にある女生徒が入学した。

 オデット・モード男爵令嬢、17歳。


 数ヶ月前に突然、魔力に目覚め、国の援助を得て魔法学園の最終学年に編入学したのである。

 この国では、上位の貴族が魔力を有し、火を点ける程度の魔法が使えるが、余りに魔力が強いと暴走したり、害を成すこともある。その為、強力すぎる魔力をもつ者は、国の名の下、保護されていた。

 オデットは、突然変異でかなり高い魔力を有し、持て余してしまっていたのである。



 そして編入したクラスは、高位魔力のクラス。そこには第一王子を始め、宰相の子息、公爵子息、侯爵子息に騎士団長の子息、生徒会長等、顔良し身分良しの若者が並んで所属していた。



 更には、オデットの容姿は花の妖精の様に華奢で可愛らしく、珍しいピンクブロンドにアメジストの瞳、とヒロインの素養(?)バッチリ。



 ………とここまでくると、ほぼ乙女ゲームの設定は揃っている。


 オデットは物語のヒロインよろしくモテモテに…………

 というか、率直にオデットは玉の輿を狙ったのである。




「よ〜し。どのオトコを落とそうかなぁ♡王子様を射止めて、王妃様になるのもいいなぁ♡」


 相手に恋人がいようと婚約者がいようと、貴族のマナーも知らんぷり。もう自分の天下だと言わんばかりに、誰彼構わずオデットは入学早々にアプローチを開始した。


「あ、ペンを忘れちゃったぁ。すみませんが、貸してくださらない?」


「……あ、ああ。どうぞ。」


「ありがとうございますぅ。」


 そしてオデットはさり気なく微笑み、相手の手を握る。

 そんな拙い手管でも、初心な男子生徒は顔が赤くなった。


 



 しかし。


 そうは問屋がおろさない。


 入学ニヶ月後にオデットに国から監視役が張り付いたのである。


 オデットが同じクラスの男子生徒達にベタベタ触りまくったおかげで、女子生徒達の不興を買い、教師に申し立てを起こしたのだ。でも教師がずっとオデットに貼り付いて、注意するわけにもいかない。学校側も困って、王宮に相談した。


 結果。

 王子や高位貴族と間違いを起こさない為、また魔力暴走を防ぐ為、魔法省の役人の中で強い魔力を持つ者が選ばれ、校内にいる間はほぼ毎日、オデットに付き添う事になったのである。



「あのー。」


「どうぞお気になさらず。」


「何処まで付いてくるんです?」


「何処へでも。」


 授業中は勿論、トイレ、着替えも付き添った。



 監視役は女性である。女性に見える。

 というのも、中性的な顔立ちで、身長は男性にしては小柄だが、女性にしては背が高い。声も高すぎず、少し低め。化粧も薄めで、香水は全く付けていない。茶色の長い髪をいつも一本に纏めて、背筋を伸ばして立っている様は、侍女と言うより、侍従を思わせる。

 ただ、腰も細く、小さめだが胸もあり、いつもロングスカートを履いている。



「ガンダルフ様ぁ、ここが分からないんですが………。」


 放課後、オデットが第一王子を捕まえる。そこですかさず


「その問題はこちらの参考書をどうぞ。」


 監視役が本を差し出した。しかしオデットは無視をする。


「ガンダルフ様、お願いしますぅ。」


「王子殿下です。お名前でお呼びになる許可は頂いていないはずです。なお、貴女様から王族、高位貴族方へ声をかけるのは不敬にあたり、不敬罪で処罰されても仕方がありません。」


「なによ。学園内なら同級生だから問題ないでしょう。」


「最低限のマナーが出来ない者は、卒業後、社交界で恥をかきますので、御注意したのでございます。」


「それを言うなら、貴女が私に声をかけるのだって、不敬ではなくて?貴女、ただの役人でしょう?」


 オデットと監視役は睨み合う。小柄なオデットに比べ、監視役は背が大きく、見下ろす形になる。

 オデットはそれも気に入らなかった。


「この大女!退いてよ!」


「人前で、その様な言葉遣いは慎み下さいませ。酷い言葉遣いは、最終的にご自分を貶めます。」


「うるさい!」


 口論はヒートアップし、業を煮やしたオデットは魔力で攻撃しようとした。しかし、監視役が手を翳すと、一瞬でオデットの魔力は霧散する。

 魔力で敵わないと思ったオデットは逃げ出した!


カツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツ……


「何処まで付いてくるのよ!」


「私、モード様の監視役ですから。」


カツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツ……

「ついて来ないで!」


「私、モード様の監視役ですから。」


 校内を走るオデットに後ろに大股で歩くようについていく監視役の姿。

 激昂するオデットに対し、決して手は出さないが口を出し、監視している監視役。


 いつしか、その光景は繰り返され、学園の名物となっていた。





 そんなこんなで一年。

 明日はとうとう学園の卒業式という日。


 結局、オデットは高位貴族とお友達にはなれず、勉強も監視役の誘導で先生に見てもらう事しか出来ず、魔法も監視役に勝てず、卒業式を迎えることになる。


「くっそー!あの監視役め!!卒業したら、御礼参りしてやる!!!」


 例によって令嬢にあるまじき言葉を小声で呟きながら、オデットは帰り支度をしていた。


 ふと。

 気が付くと、あの監視役が居ない。


 これはチャンス!!!


 オデットは第一王子を探した。

 同じクラスの男子生徒は、いつの間にかこの一年で婚約者や恋人が出来てしまい、皆、教室でイチャイチャしている。入る隙間もない。

 それを見ると、返す返すも苦々しい。


(監視役めぇ!!!!)


 涙目になりながら、オデットは第一王子を探す。

 第一王子 ガンダルフ殿下は、まだ婚約者の居ない貴重な存在である。生真面目で超が付くほど堅く、女性に対しては礼儀正しく公正で、特定の女性とお付き合いをしていない。

 オデットには、第一王子しか残っていないように思われた。

(本当は他のクラスには、恋人の居ない男子生徒も居るのだが………)




 三十分ほど校内を歩き回り、オデットは第一王子を中庭で見つけた。

 第一王子は誰かと一緒にベンチに座っている。


「殿か………。」


「考えて欲しい。」


「困ります。」


(!!!)

 後ろから王子に声をかけようとして、オデットは留まり、二人の真後ろの木陰に隠れた。なんだか、深刻そうな話っぷりだ。


 ガンダルフ殿下は、隣に座る女性の手を取り、

「……初めて会った時から、君の姿が目に焼き付いて離れないんだ。どうか、どうか考えて欲しい………。」


「有難いお言葉ですが……………困ります。殿下。

 私は年上ですし、それに……明日が終れば、元居る場所に戻るのです。」


 女性は立ち上がり、その場を去ろうとしたが、ガンダルフ殿下に腕を捕まれ、引き寄せられる。そしてギュッと抱き込んだ。


「でも………私は!!」


(うわっ!やったっ!)


 オデットの目の前で、殿下は女性の唇に、ぶちゅ〜〜っと音が聞こえるくらい熱烈な接吻をしたのである。


 そしてオデットは、隙間からその相手の顔を見て、潜んでいたのも忘れ

「あ〜〜〜〜!!!!!」

 と叫んでしまった。



 なんと女性は監視役であった。



 声に驚いた二人はそそくさと、その場にオデットを残したまま、去って行ってしまう。

 オデットはしゃがんだまま、見回りの用務員のお爺さんが声をかけるまで呆然としていた…………。







 卒業式はつつが無く終わる。

 第一王子は側近や護衛に囲まれ、オデットが声をかける隙は無かった。


 一方、監視役は現れなかった。

 その代わり、玄関で一人の男性がオデットの前に立つ。何処かの制服らしき服装で、帽子を目深に被り、顔はよくわからない。


「卒業、おめでとうございます。」


「貴方は?」


「魔法省の役人です。」


 どことなく冷たい物言いが監視役を思い出させる。

 オデットは卒業証書と荷物を持って、歩き過ぎようとして立ち止まる。


「あら、肩にゴミが。」


「お気遣い、ありがとうございます。」


「………お名前をお伺いしても?」


「………ヴィオと申します。」


「そう。…………ありがとう。さようなら。」


 オデットは足早に魔法学園の門を出ていった。









 と。

 此処で終れば、普通の人である。


 残念ながらオデットは、執念深かった。


「監視役め!いや、全役人め!!私の恨み、思い知れ!!」


 勉強の合間に見つけた呪いの本を読み、卒業ひと月後にオデットは呪いを放ったのである。

 …………最後に会った役人に。




 その呪いには相手の名前と身体の一部が必要だった。監視役の名前を知らなかったオデットは、役人なら一蓮托生、全てが憎いと、最後に会った役人の肩に付いていた髪と名前を使ったのである。


 完全なる逆恨みの上の凶行で、強力な呪術は禁忌である為、魔法省に捕まる事も想定していたのだが、その後、一月経っても二月経ってもオデットに何らかの連絡が来ない。

 半年以上経って忘れた頃、オデットはそれが思わぬ効果をもたらした事を知るのである。













 さて。

 此処でもう一人の登場人物の話をしよう。


 魔法省の役人、ヴィオについてである。


 ヴィオはヴェナン侯爵家の四男で、家を継がないので仕官した。高位貴族の出なので魔力が高く、希望していた魔法省に入省する。

 入省して一年は、先輩のあとについて仕事のやり方を覚え、メキメキと頭角を表す。

 クールな物言いと中性的な容姿で婦女子の視線を集め、一年目は順調だった。

 一年目は。


 しかし、問題は二年目。

 新年度が始まって直ぐに、上司に呼び出された。それも魔法省の最上階、一番偉い人の部屋に、である。周りの同僚達は震え上がったが、ヴィオには何も心当たりがない。とにかく話を聞いてみるしかないと、呼び出された部屋に向かった。


「ヴィオです。お話とは何でしょうか?」


「まぁ、かけたまえ。」


 そこには数名の偉い人が居た。自分の直属の上司もいる。

 苦い顔で伝えられた内容は、非常に納得出来ないものだった。


 魔法学園に今年、編入した娘の監視役として、ヴィオに性転換の魔法を施し、学園に行けという。


「何で私が、そんな素行の悪い女子生徒の為に、女性にならなくてはならないのでしょうか。」


「相手は、最近、魔力を発現した。その力は強く、暴走する可能性も高い。

 その暴走を抑え込むことが出来る魔力を有する女子職員が、残念ながら、この省に居ないのだ。男性では監視出来ない場所も出てくる。その為だ。」


「私が言っているのは、そういう事ではありません。」


「分かっているが、素行が悪いからと言って野放しには出来ん。それに、第一王子殿下も在校している上、同じクラスだ。」


 魔法省は、魔法を使える人材の把握、管理も業務に含まれる。魔法で国家を転覆させるような事が無いように。






 もう、お分かりだろう。


 監視役はヴィオ。

 元々は男である。



 一年間の特別任務として、性転換魔法を施され、魔法学園に派遣された。ヴィオの名誉の為に、この任務は魔法省内だけの極秘任務である。


 監視対象のオデットは、まぁ、あからさまに第一王子を狙う。隙あらば監視役をまいて近寄ろうとするので、トイレに居ても目が離せない。結果、自然と王子とは顔見知りになってしまった。



 混乱したのは、とうとう明日が卒業式という日だった。

 第一王子にヴィオが呼び出されたのである。


「君の事が………どうしても気になるんだ。私と結婚を前提にお付き合いして頂けないだろうか。」


「?!」


 まさか第一王子相手に、本当は男ですと暴露出来ず、ヴィオは困った。

 とにかく「困ります。」としか言えない。


 去ろうとしたが、王子は積極的で、キスまでされてしまった。


(ふぁ、ファーストキスだったのに…………)

 それでも、明日にはこの任務は終わるのだ。我慢。我慢だ、ヴィオ!



 別れ際、第一王子は

「お願いだ!せめて名前を教えてくれないだろうか。」


 その悲痛な顔に、絆されてしまったヴィオは小さく言った。


「………ヴィオです。さようなら。殿下。」


 ヴィオは第一王子と反対方向に走った。人気のない所で、転移魔法で魔法省に転移。


 すぐさま上司に

「ヤバい!ヤバいですよぉぉぉ!!!明日まで待てませぇぇん!!!!」


 涙と鼻水でグチャグチャになりながら、ヴィオは凄い剣幕で上司に説明し、性転換魔法を解いてもらった。このまま女性の姿でいることが怖くなった為だ。

(女性の姿だと、自分の貞操が危ない!!!)



 卒業式は、遠くから見ていた。

 授業中と違い、第一王子には何人も護衛が付いているし、オデットも人の目があるから騒がない。その日は休めと上司に言われたが、感傷的になってしまったらしい。

 どうしてもオデットに最後の挨拶をしておきたかったのだ。


 結果的に、それがまたおかしな方向になるキッカケになるのだけれども。





 卒業式のひと月後。

 ヴィオは男性として、魔法省に勤めていた。


 一昨日は特別任務の報酬を貰い、ヴィオはいい気分で自分の部屋で眠った。昨日は休みだったので、連日残業だったヴィオは、食事も禄に取らず、着替えもせずに一日眠っていた。ちょっと夢見が悪くて寝苦しかったけれど、たっぷり眠った。

 さて、今日は片付けなくてはならない書類が溜まっている。

 ベッドから出て、バスルームに入って………


「ぎゃぁぁぁぁ!!!!」


 ヴィオは女性になっていた。



 慌てて、魔法省に登庁し、上司に相談する。


「性転換魔法の影響が残っているのでしょうか?」


 魔法省の彼方此方で調べ、大魔術師に調べて貰って判明したのは。


「いや。魔術じゃなくて、これは呪いだな。」




 ………つまり、ヴィオはオデットに性転換の呪いを掛けられたのである。


 魔術と呪いは似ているようで異なる。

 性転換の呪いの上に、性転換の魔術を掛けたり、解除魔法を掛けてもヴィオは男性に戻れなかった。

 呪いを掛けた人間が居ないと、戻れないのだ。


 それで呪いを掛けた人間特定に動いたのだが、途中で『待った』がかかる。



 なんと第一王子 ガンダルフ殿下からだった。


「女性になっただと?!都合が良いではないか!」


 諦めていなかったガンダルフ殿下は、『魔法省のヴィオ』を探し出していた。そして実は、ヴィオが男性で、魔法で女性になっていたと知ったのだ。

 それが、今は呪いで完全に女性になり、魔法では戻れないという。


 これ幸いとガンダルフ殿下は動いた。





 そして、今日。

 辞令が出る。


『魔法省 ヴィオ・ヴェナン  異動先 王宮(第一王子付、第一王子妃)』







「男だったのに、嫁を貰わず、嫁にいっちまうのかぁ。」


「………おめでたい話だけど、複雑だよ。」




 その日、王都では第一王子の婚約と婚約者の懐妊のニュースが駆け巡った………。


 数日後、オデットの元に豪華な贈り物と一通の書簡が届く。

『呪いを解いたら、一家断絶。命は無くなると思え。    ガンダルフ』


 オデットが震え上がったのは言うまでもない。



以上。

お読みいただき、ありがとうございました。

笑っていただけたら、幸いです。

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