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「ふぉふぉふぉふぉ、その様子だとまたヴィルヘルム君に巻かれた様じゃの」

「おじい様、そんな面白いことではありません。ヴィルの有能さを示すチャンスをまた不意にしてしまった。」

「あらあら、またそんな言い方をして、本当は一緒に演台に立ちたかっただけじゃないの」

「おばあ様、私がそんな私欲で動くような孫に見えますか」

「「ちがうの?か?」」

「・・・・・・」

あの後、もしかしたらあの巨体が部屋に戻ってくると思い粘ってみたが、こんな時間になってしまった。待っている間、学生やら同僚たちからの視線が強かった。こちらを見るなら声をかけてくれればよいの、誰も声をかけてくれないのはどうしてだろうか。


「まぁ、今晩はもう遅いから、帰りなさい。わしからヴェルヘルム君には話をするので大丈夫じゃよ。これ以上孫娘の帰りが遅いとわしが怒られかねん。」

「いえ、明日朝一番に私が必ず連れていきます。」

「ふぅ~、学園長、どうしたものかね。」

ずるい、母にめっぽう弱い祖父が祖母に対して「学園長」というときは権力を行使するときだ。

「かしこまりました、学部長。オリヴィア・F・リットン教授。」

「はい」

「今日はもう帰りなさい。またヴィルヘルム教授には私たちが対応します。」

「でも、おば、、いえ、学園長・・・」

「学園長としての指示です。よろしいですね。」

「かしこまりました。」


もうこうなると私にどうすることもできない。この大学の長達に指示をされたら、それを翻してまで行動を起こすほど愚かではない。せっかくの同僚に秘められた確かな知性を世に知らしめる機会だったのに、なぜかいつも二人はかの同僚に甘いというか、表舞台に立たせようとしない。


 今回も学会の招待状を私が事前に受け取っていたから、ヴィルに声をかけに行くことができた。これが二人の手元に届いていたら、一報を入れて返事が無ければ欠席と処理されてしまう。それはほかの教授も一緒の対応のはずだが、あの寡黙な巨人が返事をするわけないのだから、もう少し踏み込まないといけないのに。


 彼の論文内容から学会発表をすれば、ヴィルはもちろんのこと、この大学が注目されるのは間違いない。兼ねてから積極的に動くべきただと説いたところで、二人の返事は「この学校の教授として必要最小限のノルマである論文を提出しているだけ。学会発表といったイベントは本人の自由」というだけ。私は・・・・訴えるような目線を二人に送るが、穏やかな顔つきでこちらを扉へと促す。はぁ、今回も駄目だったか、学園長室の重い扉を開け、退室するしかなかった。


 

「・・・・いったかの」

「・・・・そうね、ヴィルヘルム教授、出てきてください。」

「・・・・・・・・・はい」

 2メートル近い巨体をどう隠していたのかはわからないが、大きな影が学園長室の奥から現れた。

「ふぉふぉふぉふぉ、いつ、うちの孫娘に手を出してくれるのか楽しみにしているのに、なかなか手を出さんとは、まったく、おぬしは何様のつもりじゃ・・・・」

「・・・・・・・・いや、無理ですよ」

「あら、なに、うちの可愛いオリヴィアに問題でもあるっていうの」

「・・・・・・・オリヴィアに手を出した大学のものを知っています」

「・・・はて、そんな輩はおったかの。」

「・・・最近年を取ったのか、物覚えが良くなくて。」

「・・・・・・・・・」

 

オリヴィア女史がこの大学で周りから一定の距離を置かれている理由がこの二人+αの存在だ。オリヴィア女史が二人の孫娘であり、ある二人の娘であることは周知の事実となっており(というか学生等には入学式等で釘を刺されている)、手を出せばどうなるかみんな知っている。昔はそれでも果敢に話しかける同僚や男子学生はいたが、いま彼らは・・・・


 かといって同性から好かれるかといわれると様々なパターンにわかれるらしく、凛とした美しさから遠くから見つめているタイプやその端整な顔つきから怖い印象を受けて近づかないタイプ、またその美貌で男たちを魅了するため嫉妬に狂うタイプなど、さまざまで女性の難しさを象徴している。


 そこをさらに本人の天然が悪さをし、「自分は人気がない」や「怖がられている」といった考え方に至っているようだが、まったくの逆である。


「私たちは公認しますよ」

「そうじゃの」

「・・・・・・・・のこりの二人は」

「そこは乗り越えるべき壁じゃな。」

「応援はするわ」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 オリヴィア女史も大変だ。


「さて、そろそろ本題に移るかの。今回の依頼も届いたが。」

「・・・・・・・・・」

「今回はこの学園に来る手続きは必要そう?」

「・・・・・・・・・はい」

「ふぉふぉふぉふぉふぉ、それは、それは楽しみじゃな。」

「ったく、あなたはそう言いますけど、簡単ではないんですよ。」

「まぁまぁまぁ、そういうな、それじゃ、ヴィルヘルム君、頼んだぞ」

「・・・・・・・はい」





湖のほとりに一軒のロッジには二人の働き盛りの夫婦が住んでいた。


ホワイトカラーとして働いていた二人は、高層ビルの上層階で四六時中パソコンの前に座っていた。ただ夫婦はいつまでも仕事にしがみつくつもりはなく、ある程度の資産がたまれば、子供をもうけ、田舎に隠居し、ゆっくり生活することを夢見ていた。


少し広めの家が欲しいな。もう少しお金を作ろう。子供は3人欲しいな、もう少しだけ、お金が必要だな。子供には好きなことをやらせたいな、もうちょっとだけ頑張ろう。二人は同じ方向を向いていたし、仕事も家庭も一緒でお互いよく話をし、意見の共有を図っていた。二人ともまじめで、たまの息抜きはするが無駄遣いはせず、順調にお金はたまっていった。


目標とする金額が近づいてきたころ、二人は程よい田舎で少し修復すればまだまだ使えるロッジを見つけた。またそこの一体の土地等も良く管理されており、少し予算がオーバーするがあと少しだけ頑張れば問題ない。夫婦は2週間ぶりの休日を使って見つけた物件に予約を入れた。


同僚や上司だけでなく、取引先である資産家たちからも引き止められながら、退職まで片手で数える月を残したころ、二人はそろそろ1人目の子供のことを考え始めた。といっても、夫婦は繋がってないというわけではなく、逆に忙しい時ほどお互いを求めあう仲なので、十二分な夜の帳に枕を交わしていた。ただそれを計画的に行うようにするだけで問題ないはずで、実際にあと退職まで1か月をきった頃に第1子の懐妊が分かった。


毎日忙しく、辛い日もあったが、何もかもが順調で絵にかいた幸せを掴んでいる二人は当然のようにこのまま続く幸せの道を歩んでいく。資産運用も含め予定の金額を貯め、計画通りに退職した二人、日に日に大きくなる妻のおなかをみながら夫はロッジで生まれてくる子供のための家具を作る日々が続いた。


ある日、定期検査のため妻を病院へ送るため夫は都心部へ車を走らせていた。車中で仕事をしていた時に一緒に通ったダイナーで待っているといった時には、妻は愉快なクレームを上げ、その声は楽しそうだった。


ダイナーで夫はコーヒーを飲みながら、喧騒の日々を思い返し、今の幸せを再度かみしめていた。俺は恵まれている。最良の妻とこれから生まれてくる子供たち。その子供たちを育てていくうえで支障が出ない財産もある。もし妻や子供たちに不測の事態が起きたとしても対応できるほどの貯えだ。実力があれば稼げる世界で時間を削り、将来につなげる。この考え方に賛同してくれた妻に改めて感謝の思いがあふれる。


そんな時テーブルの上に置いていたスマートフォンが揺れた。表示されているのは病院の番号。妊娠した妻からだ。「胎児には電波が良くない」という理由でスマートフォンを解約していたため、いつも検査が終わった後の連絡は病院の電話を借りていた。不便ではあったが、デジタル機器にまみれていた当時から少し離れたかったのだろうし、文句もない。ただ子供が大きくなった時には再度検討する必要があるかもしれない。


「お疲れ様、シュガー、今から迎えに行くよ」

「・・・・の旦那様でいらっしゃいますか」

「?はい、そうですが、あの妻はどうしましたか、いつもは妻が電話をくれるのですが。」

「はい、ご夫人は無事に元気ですので、まずは病院へいらしてもらえますか。」


何かが変わる、何か音がする。歩いてきた道がガラスのように壊れやすいものだということに気が付き始めた。



「大変残念ですが、おなかのお子様は・・・・。」

「ごめんなさい、ごめんなさい」

「謝ることじゃないよ、仕方がないことだし、君が無事で何よりさ」



「奥様のことを考えると、お子様はあきらめたほうが・・・」

「いやだ、絶対に嫌、お願い、あなた、私は大丈夫だから、私はあなたとの子供がほしいの!」

「それは僕も同じさ、ただ君がいなくなる方が僕はつらい。ほかの方法だってあるさ」



「卵子には問題は見つかりませんでしたが、旦那様の精子の方に・・・・」

「そんな、前回は無事に妊娠できたんですよ」

「多分、奇跡に近かったんだと思います。」


「ごめんなさい、あの子を産めなくて・・・」

「いや、僕のせいなんだ、君が謝ることでは・・」



「どう思う、考えてみるかい。」

「ありがとう、でも私はあなたとの子供が良いの」

「うん、わかった。」


二人で暮らすには何もかもが十分すぎた。迎え入れようとも考えたが受け入れる自信が無かった。失われた奇跡を思い起こしてしまう。二人の取った選択は二人で静かに仲良く暮らしていくことだった。これまでの道とは違うけれど、二人で歩んでいくことに何も不安はなかった。ただ今の二人に過剰な空間と数字が虚無感を与えていた。


人によっては悪しき悲しき道に流れてしまうところ、慎ましくいついかなる時もと誓い合った二人は支え合っていた。そんな二人に新たな奇跡が起きた。そう二人は奇跡として受け入れた。しかし奇跡を受け入れるなら、同時に絶望も受け入れなければならない。



「お願いです、お願いします。私が何でもします。だから、この子、この子だけは、おねがい、お願いします。」

「妻は関係ない!頼む、金でも何でもくれてやる、だから妻とこの子は見逃してくれ頼む」

「・・・・・・・・・むぅ」

2メートル近い男に懇願する両親その後ろにおびえるように丸くなってはいるが、もし何かあったらいつでも襲い掛かろうと思っているように見えた。


「・・・・・・・ふむ」

さて困ったことになった。今回のマスターから受けた依頼は「娘の命を奪った化け物を殺してくれ!」だった。最初依頼を受けてヨーロッパの片隅のこの地に来たとき、泊まったホテルから流れるニュースで悲惨な事件があったことを確認できた。


内容はある晩に20代の男女含む4名が惨殺されていた。現地の警察は被害者全員が同じような傷跡で致命傷を与えられていることから同一犯とみて調べを進めているが一向に手掛かりがつかめていないとの報道で、いまだに進展がないことに憤りを感じているアナウンサーの言葉が嫌に軽いのが印象的だった。


それから調べを進め、事件現場に赴き、事実がすべて把握した際にさて、困り果ててしまった。それからマスターに今回の件のいきさつを説明したものの、何よりも自分の知ったことを証明する手立てがないため、依頼者が納得できるはずもない。困り果ててしまった時に、マスターからうちの学長たちに「学会発表の通知」を送ってもらうようにお願いをした。


以前は対象が植物であったから良かったが、今回は奥の方で臨戦態勢の姿勢を崩さない影を見ながら、学部長の「今回も調査・研究のしがいがあるわい」のお気楽な一言を思い出し、イラっとしてしまう。


「ヒィ」

「待ってくれ、頼む!!」

「・・・・・」


切実な訴えをする家族は管理が行き届いてるロッジの整理されたリビングの奥に身を固め、私を見つめている。ああ、本当に恨めしい。なんで私はこんなにも口下手なのだ。どうしてうまく話せないのか。彼らが誤解をしてしまったのは完全に私の落ち度だ。どうすれば良いのか、何とか誤解を解きたいのだが、今無理に近づいても最悪の間違いが起きかねない。


今回の原因は私が認めた手紙の中身が原因だろうか。口下手で無表情な私としては、文章で説明すれば、変な勘違いも起きないだろうと気を利かせたつもりだった。事件の真相を知り、彼らの事情を知ったから話がしたいという主旨の手紙を送ったのだが、彼らが手紙を読んで何かを勘違いしたのか。あからさまに脅迫されたような表情をしている。


「「・・・・秘密を知りました。会って話をしたいです。・・・・」」


あの一文が余計だったのか?どうしたものか、こちらが動こうとすると向こうは過剰に反応する。奥にいる子に触れられれば話は早いんだが、それもできない。辺りを見回しても、何もいいものが・・・・あっ、ああ私としたことが、ちょうどいいものがあるではないか。




ある日、不吉な手紙が届いた。子供をあきらめた私たちは最初里親になることも考えたが、気乗りはしなかった。あまりにも自分たちの将来に期待しすぎたために反動が大きすぎてしまったのだろう。二人で選択したのは年には合わない「落ち着いた余生」だった。


今までの色鮮やかな景色から灰色がかかったくすんだ景色は、二人が忙しかった分、味のある牧歌的な風景として人生の一部として受け入れられた。大賑わいの家族として過ごすために購入したロッジが終の棲家とは自傷的な感想も悪くはないと感じられるくらいに男は回復していたが男の妻は母親になれなかったこと、命を犠牲にした責任に苛まれていた。


妻を支える生活がどれだけ続いただろうか、ある夜、男は一人で湖の岸辺を歩き、うちにため込んだストレスを発散していた。後これが何年続くのか、終わりのない道に新たな絶望を感じ始め、上を見上げると暗闇にある光を見て、なぜ俺たちにはあの光が与えられなかったのか、恨みに近い祈りを捧げていたときだった。


「ぅぅぅぅぅ」

近くで何か声が聞こえる。辺りを見回し、波のはざまに蹲り必死に耐えている姿を見つけた。

よくみえない何かに近づき触るとびくっとしたが、大きな抵抗はなかった。いや、あまりに小さく、か細くなった命には抵抗する力が無かったのだ。


男はいまにも絶えそうな命を拾い上げ、ロッジに戻ると急いで命を救おうと家の中を駆け回った。その騒々しい音に何事かわからないまま見守っていた妻は、落ち着いて夫に指示を出した。しかし看病なんてできるはずもなく、消えゆく灯をつなぎ留められない二人はまた失うことへの失望感を味わい、小さな光が消えない様に二人で包み込む様に抱きしめながら震えた。


あの日、奇跡的に助けられた命はすくすくと成長し、今は彼らの子供として一緒に生活している。戻りつつあった色鮮やかな人生は目の前の巨人からの手紙でかき消させそうになっている。何とかしなくては。届いた手紙を読み終わり、息子から話を聞き、家族会議を開いたタイミングで、家の扉がノックされた。扉を開けると屈強そうな肉体で半端ない威圧感を持つ男が立っていた。


「・・・・手紙は読んだか」

ボソッといった言葉に、悪寒が走ると扉を閉め妻と子供のところへ駆け寄った。「逃げよう」二人に放った言葉と同時に扉が勢いよく吹っ飛んだ。外にいた巨体が扉から入ってくる。こちらの悲鳴で止まった巨人が急に机の上にある何かに手を延そうとしているのが見えた。私はとっさに机の上を確認すると、その先には果物を斬るナイフが置いてあった。家族を守るためにはあのナイフは・・・・とっさにナイフに飛びついた。




「・・・・・・・これ、みて」

愛すべき家族を守るために巨人にナイフで立ち向かう男の前に脅迫文と捉えられた手紙を差し出す。

「・・・・・・・・屁理屈の道筋ロジック

そういうと手紙が変形した半透明の立体的なパーツが3つ現れる。そのパーツには人の口のようなものから、スピーカーといったものが付いている。くっついている口が動いた。

「「作麼生、なぜこの手紙を書いたのか。」」

「説破、口下手な私が上手く説明できないため、誤解を防ぐように文に認めた」

バラバラに浮遊しているパーツが一つピタッと止まった。次にスピーカーから機械音が流れ、

「「エラーコード:010287誤解を招く」」

「「手紙を簡潔に書きすぎたことが要因」」

2つ目のパーツが最初のパーツにくっつくと何かを形作っていく

「「Q:当初の目的とは」」

「「A:今回の事件の顛末と保護の打診」」


3つの問いに答えると立体的なパーツはすべて合わさり、映写機のようなものに変わった。目の前で起きた不可思議な現象に夫婦は驚いているが、恐れはしていない様子だった。そして映写機から流れる映像を見るうちに徐々にその緊張はほどけているようだ。


今回私が得たすべての事実を映像化したことで、この夫婦も知らなかった事実があったようだ。事件の映像になると母親の方は目を覆い隠し、父親の方は子供と妻を抱き寄せていた。

子供は当時のことを思い出したのか、涙を流している。


一通りの映像が流れを終わり、彼らが落ち着くまで待つことにした。それにしてもそんなに誤解を生む手紙だっただろうか。今一度書いた文章を思い起こしてみるが、必要な文章を書いていただけで・・・・・・


「あの・・・・すみません、席に座って話しませんか?シュガーこの人にお茶を、キティ、君も座って」

「・・・・・・はい、パパ」

「・・・・・・・ありがとう」

父親が私に席を勧めてくれたが、その前に外してしまった扉を戻しておこう。


「えっーと、まずは自己紹介からしたほうがよろしいのでしょうか。」

「・・・・・・結構です。」

「そうですか、・・・あの真実を教えてくださって、ありがとうございます。この子から詳しいことを聞こうにも話してくれなくて、というか話したくもないですよね、あんな悲しいことを。でも妻とも話していたんです。この子は自ら悪いことをする子じゃないって、だから信じようって。」

「・・・・・パパ」

父親は申し訳なさそうな顔をしながら見上げてくる子供の頭をなでながら、微笑みかけている。

「どうぞ、こちら、私たち夫婦にはこの子だけなんです。だから何としても守りたくって。あなたからの手紙が少し難解だったから、脅迫めいた印象を受けてしまったの。ごめんなさい。」

「ああ、いや、これは私たちが勝手に勘違いしていたことで、さっきの映像をみたら、あなたの手紙の言いたいことが分かりましたから」

「・・・・あの、おじさん、僕は警察に行かないといけないよね。」

「「だめだ(よ)!!!」」

「警察に行ったら、どうなるか、彼らは事情を知らないから一方的に決めつけてくるに決まっている。」

「確かにあなたは過ちを犯したわ、本来なら罪を償うべきよ。でもあなたが自ら進んで罪を犯したわけではないわ。これは言い訳にしか過ぎないかもしれないけど。私の可愛い子をだれが裁けるっていうの」


この両親は本当にこの子のことを愛していることが良くわかる。さて本当なら子供だけを引き取るつもりだったのだが、どうしたものか。とりあえずは胸のポケットにしまっておいた別の手紙を出す。


「あの、これは?」

読むように促すと父親は手紙を受け取り、封蝋の刻印を見て目を丸くする。

「これは確か・・・大学の方ですか。」

「・・・・・ああ」

父親は中の文章を読んだ。そこには自分の愛する子を保護する用意がある旨が記載されていた。ただし、彼らの実験に協力することが条件と書かれていた。

「娘をなんの実験体にするつもりですか?」

少し怒気がはらんだ声に頭を掻きつつ、どう説明するか悩んでいるとブルルル、スマートフォンが振動する。


「どうぞ、電話に出てください。」

「・・・・・ありがとう」

『もしもし、ヴィルヘルム君かな?どうだい、話はうまくできたかい、君は口下手だからのう、ちと心配になって電話してみたんじゃが、どうかな?』

「・・・・・それは問題ない。ただ・・・」

『うん?どうした?何かトラブルか?』

「・・・・・・・家族全員は難しいか」

『ふぉふぉふぉふぉふぉ、別にこちらは受け入れるのには問題ないぞ、ただ要件を飲んでくれさえすればの』

「・・・・・・分かった。申し訳ないが説明を頼めますか。」

『ふぉふぉふぉふぉふぉ、やはりの、では映像に切り替えてくれ』


ふう、これで話はうまく進むだろう。スマートフォンをテーブルに置き、人型のマークをスライドするとスマートフォンの画面からあの学部長が立体映像として浮かび上がった。


『皆さん、こんばんは、ふぉふぉふぉふぉ、良いリアクションじゃの、毎回その表情を見るのがわしの楽しみなんじゃ。さて、時間ももったいないので早速提案に移ろうかの。今回の件はそこにいるヴィルヘルム教授の調べですべてを把握しておる。そこにいるお子さんにはつらいことじゃったろうて。ただどんな悪人とて殺しても良い理由とはならないのがこの人の世じゃ。そして本人が死を望んだとしてもじゃ。なに、おぬしの判断を否定しているわけではないぞ、人という生き物は弱いものじゃ、自分に起きた出来事を受け入れられず、命を投げ出すものだっておる。ヴィルヘルム君の力でその時の心情等も触れられたのじゃろ?おぬしの判断は優しい判断だった。ただおぬしにはつらかったの。

さて警察のやつらは頭でっかちばかりじゃからな、おぬしの事情など与しないじゃろ。そこで提案じゃ、ワシのとこの大学で身を隠すのはどうじゃ?安全は保障するし、ヴィルヘルム君の話では家族そろってという希望もかなえよう。ただし君には私の調査研究に協力してもらいたい。なぁに体をいじくったりするわけではない、君という個体がどういうものかを知りたいだけじゃ、痛い思いなどはさせないし、両親の目の前で実験を行うのでも構わんさ。さて、どうじゃろう?」


目の前のホログラムの老人が矢継ぎ早に話すので、目の前の家族は目を点にしている。三人で落ち着いて話したほうが良いだろう。



「・・・・・・・席を外す。外にいる。」

そう言って先ほど外してしまった扉をもう一度外して、外に出る。目をつむり、今回の流れを思い返す。事件現場に行った際にはもうなに一つ残ってなく、立ち入り禁止となっていた。どうするか考えあぐねた挙句、覚悟を決め、事件が起きた空間ごと「屁理屈の道筋」に掛けた。案の定、恐ろしい数のピースがあふれ、必要不必要のふるい分けから、解凍作業にはかなりの時間がかかってしまった。


全てを解きほぐした時に得た情報は、残酷な事件での真実だった。異形の姿をした少女はたまたま湖で出会った心優しき青年と心を通わせていた。毎晩彼らはお互いの話をしに待ち合わせをしていた。あの日、いつもの待ち合わせ場所に青年は姿を現さなかった。もし都合が悪い時は前日に話をするやくそくだったようだ。ふと少女は血の香りを風から感じ嫌な予感が走った。彼女は青年を探しに町中を飛び回った。そして見つけたときにはボロボロにされた青年が冷たい石畳に倒れている姿とその前で卑しく笑う男女4人だった。


彼女の姿をみた笑っていた男たちの笑顔がなくなり、「化け物!」と叫んだときにはぐちゃぐちゃになっていた。彼女は青年を助けようと病院に連れて行こうと手を伸ばした腕に青年は掴むと、消えそうな声で、「僕も殺してほしい」と懇願してきたのだった。


困惑した。病院に行けばまだ助かるはずの青年はなぜ死を望んでいるのか理由を聞いた。聞いてしまったから後には引けなくなった。彼には病気の妹がいて、その子のために必死で働いていた。けどその妹がなくなってしまったらしい、残念な死に対して、あの4人はその亡くなった妹をなじったのだ。それに激怒した青年はとびかかった。そして返り討ちにあった。もともと彼が貧しいことは知っていたし、虐げられているのも聞いていた。でも彼は懸命に生きていた。


いまは生きる理由がなくなった。解放されたいと思ったことが良く分かった。悩んだ、悩んで、悩んで、選んだのが、やさしいキスだった。彼は最後にやさしい笑顔と彼女をぎゅっと抱きしめ、そしてそのまま死んでいった。


全ての内容は喫茶店のマスターにも伝えていた。マスターとしては依頼を今更キャンセルをする事はできないと悲しそうに説明し、ただ依頼人が望む結果であれば問題ないとつぶやいた。そう依頼人が納得すれば結果がどうあるのかは問題ないのだ。そこで学園長と学部長に協力を仰ぐことにした。


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