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鍔鳴

遠い遠い昔の記憶、まだ何もよくわかっていなかった時

「ねぇねぇ、とうちゃん、とうちゃん」

「ん?」

「とうちゃんのにゅるにゅるはどこにあるの?」

「にゅるにゅる?なんだろうね。・・・のはどこにあるんだい」

「え~、なにいっているの、ここにあるよ。とうちゃんのは?」

「そっか、そこにあるのか。とうちゃんのはね、どっか行っちゃったみたいなんだ。」

チュンチュンチュン

これはどこの音なんだろうな。


「ふあぁぁ~」

ぼさぼさの頭をかきながら目を覚ますためのコーヒーを淹れる。コーヒー豆とコーヒーミルを取り、豆を入れながら、ヤカンに水を張り、火にかける。いつもの変わらない場所で、変わらないルーティーンを一瞬でこなす。


「きょうはどうしようかなぁ~」

卵に砂糖を入れ、もったりするまでかき混ぜ、篩にかけた小麦とふくらし粉を加え混ぜ、さらに牛乳も入れえた。すでに熱していた鉄板に銅型を載せ、生地を流し込みパンケーキを3枚焼いた。


「トッピングはっと」

冷蔵庫にあるフルーツを適当に切ると焼けた厚いパンケーキの脇に置き、パンケーキの上にはバターを載せる。カラメルソースが本当は好みだが1枚のパンケーキを載せたほうにはメイプルをたっぷりかける。


「コーヒーも入れて、出来上がりっと」

ペーパードリップでゆっくり落としたコーヒーをカップにそそぐとお盆に乗せ、先ほどのメイプルシロップがたっぷりと掛かったパンケーキと一緒にカウンター裏にある廊下を通り、ある一室に入る。


「おはようっす、今日はいい天気っすよ。窓開けるっすね。風が気持ちいいっす。えっ口調、ああ、最近こっちのほうが長いから、なかなかね。見た目が軽薄そうだから、それに合わせた口調をしているけど。いや、恰好ぐらいはさすがに自分の好きな姿をしたいじゃないか。似合ってない?わかっているよ。さぁ、みんな違和感を抱いているんじゃないかな。まぁ、それはそれで、いいんだよ。ん?ああ、そんなことは特に関係ないよ。それより、いや、ごめん、そうだ。わかっているよ、余計な一言だ。そしたら、これは持っていくから。また後で。」


部屋に入った時とは違うお盆をもって出てきたぼさぼさ頭はそのままいつものカウンターに戻る。そして自分で用意したパンケーキ2枚にカラメルソースをかけると、大きく切り分け口いっぱいにほお張った。やっぱりパンケーキにはカラメルソースが一番だ



温かい陽だまりの中で思い出すのは冷たい壁越しの会話

「あなた、またあの子「にゅるにゅる」がって、言ってるわ」

「う~ん、物の怪の類だろうか、ちょっとな。」

「もう気味悪いわよ」

「そんなこと言うな、・・・は物覚えも良いし、何より仕事が早い。あれは大物になるぞ」

「そう、それ、良く何でも仕事が早すぎよ。まるで二人以上いるみたい。」

「はははは、あの子は一人だよ。お前は疲れているんだ。少し休みなさい」




カランカラン

「おはようございます。」

「おっと、マリアさん、おはようっす!」

「クスクス、店長よだれの跡がありますよ」

軽くうとうとしていただけかと思っていたが、茉莉亜さんに指摘されてがっつり寝落ちしていたことに気が付いた。さすがにゲームのやりすぎで夜更かしししすぎたようだ。


「またゲームですか?」

「グはっ、ピンポイントで突いてくるっすね。」

「ほどほどにしないと体を壊しますよ。」

「いやーやめられない、とまらない、かっぱえびせんってやつです。」

「・・・それってCMでしたっけ?」

「あれ、マリアさんはみたことないっすか?」

「う~ん、小さい頃に観たかもしれないけど、店長ってたまにおじさんですよね」

「はははは、ダンディズムを目指す人間は古き良きを学ぶっす。」

「クス、よくわからない理屈ですね。それで今日は?」

「おっ、そうだった。マリアさんの本業をお願いしたいっす」

「かしこまりました。そしたら、いつものところ借りますね。」

「よろしくっす!」


プルルルル、プルルルル


「もしもし、あっ、九頭見さん、おつかれさまっす。無事に帰還っすね。お金は入ってきたんすか。あ、よかった。保険金っすか。いいえ、今回は大変だったみたいで、ええ、あははは、お土産はいらないっすよ。そんな、えっ、どうしたんっすか、気前いいっすね。本当にどうしたんすか?えっ、そしたら、へぇ~、マジっすか、よかったじゃないっすか。これで安泰っすね。えっ、ま、えっマジっすか!なんか、話が急展開っていうか。おめでとうございます。これで九頭見さんも所帯持ちか、なんか感慨深いなぁ。えっ、あ、口調、ははは。まぁ、これからもよろしくっす。はい、それゃ、また」

「どうしたんですか。」

「マリアさん!ニュースです、九頭見さん、結婚するらしいっす。」

「えっ、九頭見さんが。そんな方いらしたんですね。」

「驚きっす。」

「ところで店長、こっちは準備できましたけど。」

「ああ、そしたら、これっす。」

「はい、かしこまりました。」


茉莉亜さんは複雑な面持ちで荷物を受け取ると奥の方にある仕切られたスペースへと戻っていった。今回の案件を十五さんに頼めたらよかったが、すでに別件の対応をしているため暇がなかった。十五さん自身に調査能力があるとは思えないが、彼には伝手があるらしく、調査を含めた依頼に対応です。一方他のメンバーはそういった力はないため、できる限りこちらで目標をはっきりとさせておかないといけない。そのため今回みたいな何も手掛かりがない場合は、茉莉亜さんの協力が無ければ依頼を出すことができず、その分の料金も依頼人からもらうことになる。


一仕事終えた茉莉亜さんにはいつも気分の良くなるフレーバーティーを出している。戻ってきたらすぐに紅茶を入れられるよう、数種類のドライフルーツやドライフラワー、また茶葉も数種類用意し、その場で瞬時に調合できるように整えておく。もうすでにポットは温まっているから準備万端だ。また依頼によってまちまちだが、食事をとるときもあるため冷蔵庫の中も確認しておく。


「・・・終わりました。」

一仕事終え茉莉亜さんの顔に悲壮感があり、ものすごくやつれているが吐き気とかはなさそうだ。今回は少し甘ったるくて、包み込むような組み合わせがよいかもしれない。


時間の経過としては一瞬だが、茉莉亜さんは歯をがちがち震わせて、寒さをこらえているようだった。今回はどんな体験をしたのだろう。体が温まる組み合わせはっと。


「今回のターゲットは「casper」というネットの住人の方です。その方が知る必要のないことを吹き込んだせいで彼女は自殺してしまったようですね。」

「そうっすか、お疲れ様です。まずは温まってください。何か食べられるっすか?」

軽くうなずくと、キャラメルでコーティングしたシナモン等スパイスを利かせた甘いチャイ風のフレーバーティーを一口飲む。


「彼女はこの世に絶望したわけではなく、絶望させられた。たった数回のやり取りで、いわばマインドコントロールのような状態になって自殺してしまった。その証拠も指示によってすべて消去されているので、立件は無理でしょうね。」

茉莉亜さんは体の芯から温めるような紅茶のおかげで顔色が戻ってきた。

「なら、casperってやつは安心しきっているっすね。」

「だと思います。またほかの獲物を探しているんだと思います。彼女の思いとかはお伝えしたほうが良いですか?」

「いや、今回依頼人は望んでないっす。とにかく犯人を殺してやりたいって。」

「その人は自殺だと思ってなかったんですか。」

「両親を疑ってたみたいっすけど、見当違いだったみたいっすね。変な気を起こしてないといいけど、さて誰にお願いするっすかね。九頭見さんは忙しそうだし、動ける人はっと。」

「やり取りの中で1回casperと直接会っていたので、人相書きはしておきます。後必要な情報は洗い出ししておきますね。」

チン

「察すが、マリアさんっす。はい、お疲れ様でした。これ食べて、元気つけてください。」

「ありがとうございます。今回はひどい亡くなり方をしてなかったんで助かりました。すみません、かなりおなかがすいているんで、他にもお願いしていいですか」

「もちろんす」

オニオングラタンスープで暖を取りながら、次の料理を待っている。料理の準備をしながら茉莉亜さんの話を聞くとどうやら亡くなった女の子は今回のターゲットに綺麗に死ぬためには胃の中に何も入れてはいけないと言われていたようで、かなりの間絶食に近い状態だったらしい。


「それにしても、クズはどこまでも屑っすね」

「はい、自分は安全なところで無垢な人を洗脳して死に追いやる。たちが悪いの一言です。」

オニオングラタンスープを食べ終えた後、グラタンも食べて一息ついた茉莉亜さんは早速人相書きを始めた。


汚れた食器を片付け、ゆっくりと茉莉亜さんの仕事が終わるのを待ちながら、夕飯をどうするか考えていた。今日はさっぱりとしたものが食べたいけど、また「病人食みたい」とクレームになるのは避けたい。以前、白身に梅肉ソースを付けて大葉で挟み焼いたものとそうめんというなかなか良い組み合わせだったはずなのに、あらぬクレームを受けてしまった。


「どうしたんですか、難しい顔して」

「えっ、いやただ夕飯のメニューを考えていただけっす。なかなか同居人がうるさいもんで」

「へぇー、そうなんですか。店長さんの料理にケチをつけるなんて、なかなか気難しい方ですね。」

「そうなんっすよ~。絵は完成した感じっすか?」

「はい、この方で間違いないです。」

「・・・・」

「どうしました。」

「この顔で間違いないですか」

「はい・・・知っているんですか」

「・・・・・ええ」

「店長さん、大丈夫ですか」

「あっ、はははは、ダメっすね。ちょっと、意外な人物だったんで」

「どうするんですか。」

「これは自分が預かります。」

「えっ、店長さんが担当されるんですか。あの、余計なお世話かもしれませんが、その、店長さんは皆さんみたいに戦う力があるのでしょうか。」

「大丈夫っすよ。こう見えて強いんすよ、自分」

「あの、でも、店長さんにもしものことがあったら、この場所が」

「ああ、それも心配いらないっす。自分は雇われ店長なんで」

「えっ、この喫茶店の空間って、店長さんの」

「あはは、自分はあくまで雇われっす。」



茉莉亜さんには彼女が体験した情報を全て説明してもらった。報酬はあとで渡すと話をして、今日は帰ってもらい、依頼人に改めて喫茶店に来てもらうよう連絡を入れた。その後仕事の依頼をしているメンバーからの連絡もなく、喫茶店を閉店させると、夕飯の支度にとりかかった。鶏ガラとねぎとショウガ出だしを取っていると閉じたはずの喫茶店の扉が開く。


「すみません、遅くなってしまって、もう閉店ですか?」

「ああ、いいっすよ、どうぞ、どうぞ。すみません、なんか鶏がら臭いっすね」

「大丈夫です、バイトで慣れてます。本当ならもっと早くに来るつもりだったんですけど、閉店の片づけが終わんなくって。」

「そうなんすか、苦学生っすね。さて、依頼されてた件っすけど、相手は分かりました。」

「!!!本当ですか、やっぱり自殺じゃなかったんだ。」

「いえいえ、自殺は自殺っす。」

「どういうことですか?」

「本人で命を絶ったのは本当で、誰かに嵌められたり、無理やり殺されたってわけでもなく、誰かの手を借りたわけでもないってことです。」

「でも相手が分かったって」

「はい、相手が自殺したくなるように絶望させた、仕向けた人間がいたってことです。」

「ふざけんな、それを嵌められたっていうんだろ!」

「まぁ、確かにそうかもしれないっす。ただ彼女が絶望を感じてしまう情報があったということも事実っす。」

「えっ?」

「ネット上、いや、ネット上でなくたって、いじめられたりしたわけでない健全だった人間が、他人に「自殺しろ」って言われたって、自殺する人はあんまりいないっすよ。よく考えてみてください。」

「それは、でも何度も何度も言い聞かせられたら、それこそ洗脳だって。」

「う~ん、確かに頻繁にやり取りしていれば、ありえるかもしれないっすけど、警察が調べても足がつかないくらい。こっちの調べでは2回だけ、1回目は本当にあいさつ程度、2回目に相手が絶望するような情報だけを与えただけっす。」


追体験から帰ってきたばかりの茉莉亜さんだといろいろな感情が入交、情報が整理されていないことが多く、今回も落ち着いて整理すると「あいつ」とのやり取りはたったの2回だけだった。


「姉さんにそんな絶望するようなことなんて、絶対ない。だって、俺がずっと見守ってたんだ。」

「姉さん?」

「そんなことはどうだっていい。姉さんが絶望した情報って何ですか?教えてください。」

「あのー、確認っすけど、今回は恋人の敵を見つける話じゃなかったんですか?」

「・・・・・」

「今回亡くなったかとも名字が違うし、なんか理由があるんすね。ただそしたらこれ以上は何も伝えられないっす。なんか変な気を起こされても問題なんで」

「ふざけんな、知っていることを全部話せ!姉さんが絶望したってのはやっぱりあの親か!あいつらなのか!!」

「まぁ、落ち着いて、ちょっと冷静に」


そういうと苦学生が襲い掛かってきた。まず身近にあったテーブルの上に置いてあったものを投げつけてきた。さすがに備品をこわされてはたまらないので、うまくキャッチすると相手は予想外の行動に驚いていた。それも一瞬の表情だけで手がふさがっているのを見てすぐさま踏み込んできて、殴りかかるその身のこなしは今まで路上の喧嘩で培ってきた叩き上げのスタイルを感じさせ、相手を打ちのめすことをよく考えていた。


バコ、ドタ

「うぅ、くっ、なにが」

「まぁまぁ、落ち着くっす。今ホットチョコでも入れてあげるっすよ」

そういって、荒らされたテーブルの上を片付け、カウンターの奥に入るとホットチョコを作り始めた。

「く、くそ、姉さん、守ってあげられなかった。く、そ、」

「はい、まずはこれを飲んで落ち着いて」


苦学生は自分の苦い人生を語った。

「俺たちの親は母親がネグレクトで、オヤジが殴る毒親だったんだ。そんな中、俺が何かけがしたかで、姉さんが病院に行って助けを求めたことをきっかけに明るみになって、姉さんと二人で毒親から離れて施設に入ることができたんだ。それはまじ、奇跡だったよ。そんなことなかなかあり得ないからさ。でもその後それぞれ別の里親に育てられることになって、自分が行った里親がさ、別の種類の毒親だったんだよ。結果荒れてさ、また施設に搬送されるなか、姉さんの存在を思い出して、姉に会いに行こうとしたんだよ。でも逆に姉さんが俺に会いに来てくれたんだ。姉さんもずっと俺のことが気がかりだったみたいで、自分の里親から脱走してきたみたいだったんだ。嬉しかった。でもそんな姉さんを追って姉さんの里親も現れてさ、そしたらその人たちがいい人だったみたいなんだ。姉さんを迎え入れたかったけど、姉さんが俺も一緒じゃなきゃダメだっていうと、二人を育てる余裕はないからあきらめるってさ。それまで姉さんに買ったものとかは全部姉さんのものだからって、施設に持ってこようとしてくれてさ。そのとき姉さんがあの毒親のところでいつもかばってくれていたことを思い出して、俺のせいで姉さんの幸せが逃げちゃうと思って、あの里親のところに戻れって、言ったんだ。姉さんは嫌がっていたけど、里親さんたちにお願いして、姉さんだけ戻って。そしたら俺も別の里親のところに行けるって言ってさ。姉さん、無理しなくていいんだよって言っていたけど、少しぐらい姉さんの役に立ちたかったんだ。そしたら俺にも良いことが起きて新しい里親は良い人だったんだ、荒れた俺と真正面でぶつかってくれて、姉さんの方の里親さんとも交流を持ってくれて、本当に幸せだったんだ。またあいつらが現れるまでは。そう、俺たちの毒親。ハイエナのように姉貴の家族を襲ってさ。だから俺が追い払ったんだ。そのせいでみんなに迷惑かけちゃったけど、でも、その後は何事もなく順調だったんだ。姉さんは苦労してた、だから幸せになるはずだったんだ。少しのことじゃへこたれないはずだ。なのに、なんで」


「・・・・・・」

「なぁ、店長さん、教えてくれよ。姉さんが自殺してしまう理由なんて、あのくそ親どもが関係しているに違いないんだ。あいつら今度こそ殺してやる。」

「最後まで話を聞けるっすか?」

「ああ」

「はぁ、今回の話は少し複雑っすけど、実の親御さんが、全部が全部悪いわけではないっす。」

「やっぱりあいつらがかかわっているのか!」

「だ、か、ら、最後まで話を聞くっすよ、君が思っているほど単純じゃないんすよ」

少し力が入ってしまう。

「まず、お姉さんに婚約者がいますね」

「ああ、棚橋さんな、すっげえいい人だよ。えっ、嘘だろ、棚橋さんが何か!」

「だから落ち着くっす、お姉さんはその人のことを心底好きだった、違いますか」

「そうだよ、結婚して、幸せになるはずだったんだ。」

「それが、結婚できなくなったらどうっすか」

「なんで」

「二人が兄弟だったから」

「はぁ?何言ってんだ。」

「説明しますね。まず君が言ってた毒親は実は裕福だったっすけど、子供ができなかったっす。一方、棚橋さん?でしたっけ、とにかくそのご両親は経済的に生まれたばかりの女の子を育てることができない状況になってしまった。そんな時、知り合いであった君の毒親に相談した、子供を預かってくれないかと。」

「・・・・」

「ちょっとは聞く耳はあるっすね。つづけるっす。で、その時はまだ裕福だった毒親さんたちは預かるのではなく、引き取るという条件、またその後棚橋さんの心変わりをしないよう連絡を絶つという約束でお姉さんを引き取ったっす。」

「棚橋さんの両親はそれを受け入れたのかよ?」

「それだけ仕方がない状況があったんだと思います。」

「で」

「で、待望の二人の子供が生まれる、それが君っす。ただ苦学生さんの親御さんにも不幸が起きます、事業の失敗、簡単に言うとだまされたんすかね。みるみる貧乏になっていきます。」

「なんで、俺なんか生んだんだよ」

「ま、タイミングの問題っすよ。それからは苦学生さんの悲惨な過去をたどっていけばよいんだと思います。ただ毒親も子供たちと離れて改心したのか、あえて近づかず見守ってたんじゃないんすかね」

「そんなわけあるか」

「そうっすね、そこは自分の憶測です。ただ二人を見守っていたからこそ、お姉さんがある男性と、その男性の家族と一緒にいることを気が付いたんだと思うんす。そして注意をしてあげようと。その男性はだめだと、まぁ幸せ絶頂の女性にそんなひどいことを言うのはやはり毒親って印象になるっすよね。それを苦学生さんが暴力的に追い返してしまった。真実を知らずに」

「そんな」

「本来ならそのあと誰も知る由もない小説になってそうな馬鹿げた現実をお姉さんに伝えた男がいるっす。それが最初に言った「仕向けた奴」ってことです。たぶん苦学生さんが自分のご両親を疑ったのはお姉さんが会いに行ったからじゃないですか。それは知った情報が真実か確認しに行ったからなんです。」

「そんな、そしたら、俺があの時、親父たちの話をちゃんと。正気になったって言ってたあの言葉を信じていれば」

「それは無理っすよ。幼少期の記憶は変えられないっす」

「棚橋さんも自殺する1週間前に喧嘩して、別れたって、でもそれは一時的なものだと、話を聞いた俺も姉さんのマリッジブルー的なものだと楽観視してて、だって二人は本当にお似合いだったんだ。そ、それなら俺が姉さんを、見殺しに、自殺の原因に・・・」

「それは拡大解釈しすぎっす。ただお姉さんはこの真実を抱えたまま死んだっす。ワザとの喧嘩別れも好きな人にショックを与えたくはなかったからだと思います。あとは苦学生さんの自由っすよ。結局死んだ人間の意志より、今生きている人の意思を自分は尊重するっす」


閉店された喫茶店につらい人生に嘆く男の声がこだまし、咽び泣き終わるのを待ちながら途中で止まっていた夕食の中華粥の準備をしていた。鶏がらスープはできているからあとはお米を炊くだけだ。


嗚咽の音が聞こえなくなると、いつの間にか男はむくっと立ち上がり、喫茶店をあとにしようとしていた。

「大丈夫っすか」

「はい」

茉莉亜さんは死んだ人の死ぬまでの追体験をでき、その後もその空間に漂うことやそれまでの感情もすべて知ることができる。本当は彼のお姉さんの感情や思いなど詳細を伝えてあげもよかったのだが、彼の今後には不純物となるからやめておこう。


彼はもう二度とこの扉を開けることはないだろうな。この後も彼はつらく険しい人生を歩んでいくかと思うと、その背中にエールを送り、自分は自分の道を歩かないといけないと先ほど作った中華粥をお盆にのせて、奥の扉に消えた。




「えっ、ああ、うるさかった。仕方ないよ。ああいうときは出すものださせてあげないとさ。うん、さっきの話?そうだね、すべては伝えないさ。伝えたって仕方ないだろ、それにこっちの事情もあるし。うん?少し重なった?俺が?君が?まぁ、そうだね。あいつもだから彼女をターゲットにしたんだろうかな。なぁ、あいつは俺たちに彼がたどり着くと思って今回のことを仕組んだのかな。えっ、ああ、そうだな。余計な考えだな。まぁ、決着をつけたいんだろうな。で、どうする。これは俺が預かった。俺はどっちでも良いけど、君が望む結果を・・・・・、いいのかい。本当にそれで、ここに連れてくることだって、ああ、そう、くどいが、あ、そう。まぁ君がそう望むなら。んっ?え、中華粥だよ、さっぱりもしているし、載せる具材でパンチも効くし。えっ、おかゆはおかゆって、あのな、おかゆ=病人食はちょっと無茶苦茶すぎじゃないか」




明日は早く起きないとな。

「そうか、君が・・・・に忌子として捨てられたしまったのか。」

「忌子って、なに?わかんないけど、捨てられたのは本当だよ。俺は嘘ついていないのに、父さんたちが信じてくれない。だから証拠も見せたのに、母さんが化け物だって。」

「そうだな、それは仕方がないことだ。受け入れがたいものだよ。ただ・・・は俺に君を託したそれは親として子供を思ってのことだ。」

「父さんが」

「ああ、だからうちに来なさい。君はその特別を力として自覚する。」

「にゅるにゅるとかは力じゃない」

「そうか、まぁ、詳しい話は私の道場で聞こう。君以外にも特別な子が二人いるんだ。ぜひ友達になってくれ」

「・・・おじさんもなにかあるの?」

「はははは、それも道場についてからしよう。」

「わかった、ところでおじさん名前は?」

「私か、私はそうだな、「鈴木」かな」

「鈴木さん、そのオールバックは似合ってないよ。」

「ははは、このダンディズムがわからないとはハイカラにはなれんぞ」


ああ、あの頃はまだ幸せだったのかな。


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