金色夜叉琵琶法師~依頼の達成
観光地として有名なバンクーバーは住宅街や都市部の近くにも自然豊かで、所々に森があり、そこを散策すると心地よい気持ちになる。一人の老紳士はノースバンクーバーの深い森の中を歩き、エリックという若者から聞いた話を思い出しながら、冷たい、少し湿気を帯びた空気を肺に目一杯入れ込んだ。
「初めまして、エリックと言います。あなたがジェフさんですね。九頭見さんからお話を伺っております。尋ねるのが遅くなり、申し訳ありません。」
「いや、それは別に構わないんだが、ただ今ちょっと急いでいるんだ。申し訳ないんだが、話を聞くのはまた今度で良いかい?」
「急用ですか、どうぞそちらを優先してください。あぁ、もし奥様のクラウディアさんのことでしたら、私のお話を聞いていただけたらと」
「どういうことだ?」
あの時、九頭見とあのカフェで会ってから数日が経って自宅の扉の前に現れた好青年風の黒人を見たときに気が付くべきだったのだろうか。私に何ができたのだろう。あれからずっと自問自答を繰り返している。森の斜面を登りながら、心地よい空気を入れ、頭に新鮮な酸素を循環させる。あのカフェに私たちは行くべきではなかったのだろうか。いや、行かなければ目的は達成できなかったはずだ。
「どうぞ、昨晩からピッキングをしていたので、少し散らかっているかもしれないが、そこのソファに腰を掛けてください。」
「ありがとうございます。ご夫婦でトレッキングですか?いいですね。自然は人を落ち着かせてくれます。さて、手短に話すつもりですが、ご子息のアレックスさんの件は大変心苦しく・・」
「世間話も労りの言葉はいらないよ。あんたたちがスモークハウスなら、そんなの真に受けても仕方がない。申し訳ないが早く本題にはいってくれないか」
「かしこまりました。そしたら事の顛末をお話いたしましょう・・・・」
「thank you fouhf , Wgeffjh BSvwvjh BFgbfhb He・・・・」
九頭見は目の前のへらへらした男が何を言っているのかわからないため、相手を十手観察している。向こうは英語が分からない相手に優越感を抱いているのか、まくしたてるように話している。
「アア、スミマセン、クズミサンハエイゴガワカリマセンカ」
「日本語が話せるんだな」
「jajaja、モチロンデス、コレデモソフタチハニホンジンデス」
エリックほど流暢ではないものの彼が話す言葉は十分に理解できる。すり鉢状のスタジアムの淵にガラス張りでつくられた部屋に高級家具を用意されたVIPルーム。こんな場所にいれば言語を理解していない相手に優越感に浸り、相手を常に見下したい気持ちにかられるのだろうか。
「ホントウニキテクレテウレシイ、アナタノオカゲデコンヤハタクサンノヒトダ」
「気にしなくて良い」
「サイキンシゲキナカッタ、タダクズミガクルコトヲシッテ、ミンナアツマリマシタ。ホントウニスバラシイ」
俺の名前が出たことよりも、本部側が許したことが大きいのだろう。本部側の取り締まりがあって最近は盛大に開催できなかったところ、エリックが手筈を整えた。という筋書きで進められており、エリックは彼らに歓迎されているようだ。
「コンヤ、デンセツガミラレルコトヲタノシミニシテマス」
話が終わり、これから行われる対戦ショーのため着替えや準備を促されたが、特に必要ないと断り、早速始めたいと伝えると、一番早くリングにたどり着くのは観客席から降りていくだと唆され、促されるままVIPルームからすり鉢状の底に向け下り始めた。
高貴で陰湿な笑みを浮かべた客の間を通り、これから壮絶な戦いに向かう俺に対し興奮した声援を上げる人だかりを抜け、自分の人生を賭けた版権を握りしめ喚き散らす敗北者をかき分けたどり着いた俺は大きなケージに押し込まれた。下から元居た場所を見上げる。あのチャラい笑顔の男が爆笑している。とても愉快そうだ。
「Ladies and gentlemen, tonight we face hoaidhi vjiuiuhdioqhdygskjfduishfahcj‥‥」
どうやら試合に関してのアナウンスが始まったようだ。俺のことを紹介しているらしく、盛り上がっている。すると会場が暗くなり、俺の対面する方向から一人の女性が歩いてくる。パリのファッションショーで戦うのが似合う彼女はスポットライトを全身で浴び、ゲージの中に優雅に舞い降りた。
「・・・・・」
「Hi」
微笑を浮かべた長身の金髪の女性以外に出てくるものはいない。何の説明もないが、どうやら彼女が俺の対戦相手のようだ。どこぞの謳い文句「きれいなバラには棘がある」ということを表しているのだろうか。
「Excuse me・・・」
女性は俺に断りの一言を入れると、何かを要求する手ぶりをした。すると使用人のような恰好をした男がマイク女性に渡すと俺にはワイヤレスイヤホンを差し出し、耳につけろというジェスチャーをした。
「えーと、これであなたは私の話していることが分かるのよね?」
イヤホン越しに流れてきた相手の言葉にジェスチャーで返す、日本語訳は問題なさそうだ。
「それじゃ、ようこそ、GASLANDへ私がここのTopであり、Queenのエスメラルダよ。イケメンさん。私が入ってくるなり、訝しげに見ていたけど、そうよね、私みたいな美女がこの闘技場で一番強いだなんて思ってもみなかったでしょ?今までの対戦してきた相手はみんなそうだったのよ。あなただけじゃないは安心して、ただ理解して、天は私に二物以上を与えたのよ」
よくしゃべる女だ。昔見た海外のエンターテイメントショーを思い出す。それにしてもこの通訳機は素晴らしい。必要ないかもしれないが、欲しくなるな。
エスメラルダは自慢げに自分の髪をかき上げると、手には金色に煌めいた髪が纏わりついていた。その髪の毛はまるで意志を持っているかのように蠢くと、一本の針のように自らを紡いだ。
「さて、これから戦うのだけれども、その前にあなたに私の力をお見せしたいの、いいかしら、そうね、あの女にしよう」
観客席の中段で熱狂的に声援を送る女性に向けて、手首のスナップだけで髪針を投げつけた。髪針は女性の額に命中すると女性の額から頭部をツタのように張り巡らせた。その光景に先ほどまで熱狂していた中層が静まり返る。
「ここにおいで」
エスメラルダの一声に髪針を受けた女性は堰切ったように駆け出し、リングへと駆けだした。その動きは人の身体能力を超えているように思えた。ゲージの扉が開かれ、興奮した女性の観客はエスメラルダの足元に縋りつく子犬のように待っている。
「椅子になって」
エスメラルダの命令がこの世の何よりも甘美な一声のようで、観客席にいた女は言われるがまま四つん這いになり、その背にエスメラルダが座った。
「これで分かった?私はね、誰でも従順な下僕にさせることができる。しかも強力な兵士としてね。私の言葉は至高の喜びと変わり、彼らは何でも遂行してくれる。でも大丈夫、私が開放すればその時の記憶はなくなるから、この椅子の子もいつもの生活に戻るのよ。」
そういうとパシィッと知りに平手を打ち、椅子となった子は喜びの表情を浮かべている。どうやらどんな仕打ちでも喜んでしまうのだろう。
「そう、私の髪針をあなたに打ち込めばそれで終了、私があなたに「自らを痛めつけて死んで」と言えば、あなたは喜んでそうするわ…」
絶世の美女の満面の笑みに吐き気を催しながら、目の前の女の言葉だけで絶対的な優位を感じているのではないと理解している。この女からは醜悪な香が全身から漂ってくる。
ほほほ、九頭見よ、ぬしも感ずるところがあるか
「ただそれでは本日わざわざお越しいただいた皆様がご納得いただけないでしょう、久しぶりの満員御礼に,トップとして、よりエンターテイメントを提供しないと、(パンパン)」
エスメラルダが手をたたくと奥の扉が開き、ゆっくりと二人の知った顔が現れた。
和訳しづらいようだの。まぁえんたーていめんとは確かに重要ぞ
「あら、クールなのね。さて、ここにいるのはジェフとクラウディア!とても素敵なカップルです。さて皆様はなぜ彼らがここにいるのかご理解されていないでしょう。それでは私から説明させていただきますわ。」
はははは、このアマは好きになれんな
「この二人の可愛いお孫さん、アレックス君は以前私とこの地下競技場で戦ったことがあったの。皆さんも覚えているかしら、ほら、あのブロンズの髪、イケメンだった男、私を振ったクズ。」
なるほど、あれっくすとやらが狙われたのは、私情ゆえか
「さて、そんな男の最後を教えてあげるわ。そいつは大事に育ててくれた祖父母に感謝していたわ。だからあたしも気になっていたの、その祖父母。で、このジェフとクラウディアと仲良くなったわけ。そしたら、そいつは「おじいちゃんとおばあちゃんを返せだって」だから、私の兵士となってくれたこの二人にぼこぼこにされた哀れな男よ。大好きな祖父母に殺されたなら本望だったでしょうね。大事に育てた孫を自らの手で殴り殺したのが、この老カップルです。皆様ジェフとクラウディアに拍手を。まったく、どんな育て方をしたら私を振るようなクズを育てられるのか。まったくもって理解できないわ」
ほれ、なんともまあ、絵にかいたような下種だな
「さてこの喜劇をなんで話すかって、それはね。この老害どもがこの日本人に私を殺すように依頼したから~、自分たちで殺しといたくせに殺し屋を雇ってくるなんてまったくもって滑稽だわ~、だからもう一度操ってここに立っているんですわ。あーはははっはっはははっはは」
笑い方も品がないの
「九頭見、あんたも馬鹿ね、オーナーも全部知っているのよ。今回のいきさつを。なのにあんたはのこのこやってきて、カッコつけて。ダッサ。あんたがここでやれることは何にもないわ。もしあんたが指一本でも動かしたらこの依頼人どもを殺してやるわ」
はてさてどうしたものか
「さぁーて、どうしようかしら、直接髪針を打ち込んでもいいけど、面白くはないし、やっぱり集団リンチにしようかしら・・・」
ほほほほ、なかなか窮地じゃないかい
「ガタガタうるさいな」
「!!!何か言った?いきなり怒鳴って、あんた状況が分かっているの?何余裕ぶって」
「エスメラルダ、お前に言ったのではない。」
「?なに、日本語わかんないんだけど、動いてんじゃないわよ。って、何しゃがみ込んで、ああ、慈悲を乞うポーズ?いいわ、私は優しいから・・・・」
「金色夜叉琵琶法師」
俺は何もない地面から墓桶を引き上げると、その墓桶は自動的に割れ、中から琵琶を携え、金色の法衣をまとった何者かが現れた。顔上半分は真言が書かれた布で覆われているが額から2本の角らしきものが突き出ている。
「ぶつくさ言っていたんだ。さっさと始めるぞ」
「何とも、趣がないのう。そうじゃの、この場所に合った雰囲気に切り替えるとするか。」
するとド派手な色合いの琵琶法師はくるりと踵を返し、服が現代風になり、ニット帽にぶかぶかの副、琵琶は宙に浮かぶターンテーブルに変わった。ただ相変わらず顔の上半分は真言が書かれた布で覆われているし、色も金ぴかのままだ。
「Yo、DJ―KONJIKIがお送りする今日のヒットチャートはこちら!!!」
「はぁ」
俺の視覚や聴覚から情報を得ているこいつがいつどこでこの情報を得たのか、今でもわからない。どうやら俺が記憶にないだけでこの姿に似たやつがいたらしい。まぁこの先俺には関係ないことだからいいけどな。
「何、この品性のかけらのない。まぁ、良いわ、サクッと黙らせましょう」
エスメラルダの感性をイラつかせたのか、すかさず髪針を金色夜叉琵琶法師に向けて投げつけたが、DJ―KONJIKIとなったくるりと空中で返すと
「Hey、BitCH。DJ―KONJIKIは対戦者じゃないぜ!!相手は目の前にいる九頭見だぜ!!俺はただ場を盛り上げるだけなんだぜ!!!」
金色のターンテーブル脇からディスクを取り出し、曲をかけ始めた。
「まずはこれだ!!」
そういうと激しいベースドラムとギターが先行するハードロックの
「イングウェイマルムスティーンのFRUYだ!!!」
会場中に響き渡るハードロックの曲に皆どう反応すればよいのか戸惑っている。しかしそんな状況をお構いなしに反応を示しているのが九頭見だった。
曲に合わせて、体が震えている、いや胎動しているという表現が近いのだろう、曲に合わせて九頭見の体が、体質が変わっているように見えた。
「なに、気持ち悪い」
エスメラルダは髪針を九頭見に向けて投げつけた。本能的に危険を察知して、対応したのだろうがもう遅かった。髪針が九頭見に当たることはもうない。いつ移動したのかわからないが、ジェフとクラウディア二人を捕まえるとゲージの隅に追いやり、張り巡らせた金網を無尽蔵の破ると簡単な檻を作り上げた。
それは一瞬の出来事ので、合金で作られた厳重な金網は引きちぎられたはずなのに、一切の抵抗もしない洗濯紐に干していた乾いたシーツを軽やかに取り込むように金網を引きちぎり、やさしく老夫婦の二人を包み込み、閉じ込めたのだ。九頭見は薄れゆく意識の中で二人の安全を第一優先に考えた結果だったが、あとはDJ-KONJIKIが放出する曲に身を任せるため、自分の意識を放棄した。
エスメラルダは息をのんだ。いくら彼女の髪針で操られた人間だったとしても、こんな芸当はできない。彼女の力は人の無意識化にある力の制御を解放するだけである。火事場の馬鹿力を実行できるようになるがあくまでも人ができる範囲内だ。一般人が超人アスリートを超すぐらいのイメージだろう。
ただ目の前の男はそれを越えている。超人化した老害は動くこともできなかったし、今閉じ込められた急造の檻から脱出することすらできないでいる。
すぐさまエスメラルダは用意していた屈強な兵士たちを召還した。彼らは事前に用意した戦闘のスペシャリストで殺しに関しての技術に制限が解除された肉体を併せ持ったこの世で誰もかなわない者たちの集まり。銃火器は装備していないものの各々が得意とする近接武器は携帯しており、彼らならすぐにたかが日本人一人を制圧できる。
FURYの激しいギターソロに合わせ、目の前でのエスメラルダの思う史上最強の者共が吹き飛ばされている。エスメラルダは目の前の光景が信じられなかった。自分が作り上げた彼らなら小隊規模であってもアメリカのペンタゴンですら沈められると確信していた。その殺人マシーンたちの首が次々に人が向くことできない方向へ回転していっている。
「次はこの曲、American Zだ~」
続く曲も激しいハードロックのようだが日本語の歌詞で意味が分からない。ただエスメラルダはあの金ぴかのDJが流す音楽によって九頭見が強化されていることは推測できた。自らの髪を底辺の観客席に飛ばすと次々と兵士を生み出した。
「あの金ぴかを殺して!!」
エスメラルダが命令するとまるでゾンビ映画のように一斉に金色のDJにとびかかった。が、彼らにはDJ―KONJIKIを捕まえることはできなかった。まるで天女のようにひらひら舞う夜叉に髪針を打ち付けることも、その衣さえも一生掴むことはできないだろう。そもそも捕まえるという概念自体無理なのだが。
「あかく、あ~か~く~、情熱の火が燃え尽きても、あ~・・・」
その歌詞に反応するように九頭見が殴りつけた相手は次々に燃えだした。先ほどのFuryでも同じような現象が見られた。その曲の性質によって属性が付与されているようだ。
2曲目のまだ半ばだというのにエスメラルダが用意した兵士はすべて燃えカスになったか、体が原型をとどめていないかどちらかになっていた。
「くっそ~!!」
相手を罠にはめていた。それまで完全な優位を保っていたはずの美女は焦りの表情を浮かべ底辺にいる観客たちを次々と奴隷にしていった。
「Whatta hells going on here・・・」
GASLANDのオーナーはエスメラルダに絶対の信頼を置いていた。彼女の能力は万能であり、彼女のあの部隊が投入されればいくら伝説の男でも問題なく殺せると考えていたが、甘かった。あれは人間ではない。化け物だ。
「Erick!!」
さっきまでここで馬鹿にしていた相手に恐怖を抱くのは屈辱だったが、さっきの仕返しをされても困る。ここはエリックに任せて、自分は退散しよう。組織本体から引き抜いた男を呼びつけた。ここまでの手はずを整えた優秀な男だ、うまくやってくれるはず。
・・・・・
なんの応答もない。こんな時に不在、くそ、使えないやつだ。そう思いながら一人出口に向かう。しかし扉が開かない。いやな想像がよぎる。踵を返し緊急時の脱出口に向かうあそこなら。しかし脱出口はすでに閉じられていた。VIPルームの外から悲鳴が聞こえ始めた。もう時間がない!そんな、俺はスモークハウスのトップの孫だぞ、ジジィは!?切り捨てたのか!オヤジは!?止めなかったのか。ああ、音楽と悲鳴が近づいてくる・・・
エリックはコーヒーマグを持ちながら、モニターに映る光景を眺めていた。金色のDJが曲を流し、それに合わせ舞い踊るように殺戮を繰り広げる日本人。あの女王は奴隷を増やしつつ、髪針を九頭見やDJ―KONJIKIに当てようと必死に試みるがうまくいってない様子だな。エスメラルダは別に身体能力が劣っているわけではないが、おっ、自分自身に髪針を打ったか、奥の手というやつか。
ズズズッ
それにしても特殊な力だ、曲によって強化される肉体、しかも肉体的な強化だけではなく、炎や氷といった魔術的な力も付与しているようだ。そして曲によって戦闘のスタイルや形状が変わっている。しかも前の曲の効果がなくなっていかない。曲が流れれば流れるほど強化が付加されていくようだ。今度はヴェルディのレクイエムが流れはじめた。うわぁ、これはやばいな、聖書の終末を眺めている気分だ。
逃げ惑う観客に無情にも裁きの雷が放たれている。九頭見との約束であそこにいる人間は少なからずアレックスという男性が殺された当日に居合わせた者たちだ。最下層の観客はたまたま賭けの場に居合わせただけだろうが、一人の青年がリンチ殺害されている姿を目撃したのに黙っていたのだ、情をかける必要はない。しかしエリックの手はずで観客は地下施設から出られないようにしたためか、少し罪悪感を覚える。
これでGASLANDに関わるすべての人間が死ぬだろう。一人残らずあの場所に呼び寄せるためかなり苦労したが、無事報われる結果になりそうでエリックは安堵した。この国の有力者たちもスモークハウスに対しての認識を改めるだろう。さて、そろそろ終わりか。馬鹿なドラ息子が何かを訴えかけている画面から目を離し、ここにいらっしゃる重鎮たちを迎える準備を始めねば。さて愚息を持った父親がどう反応するのか、またおろかだがかわいい孫の最後にどうケリを付けるのか。はぁ、これからまた一波乱ありそうだな。
エリックは今一度いくつものモニターに目を向ける。目的の人物が左上の画面に映っていた。ほんの一時間前は確かに人だったが、あんなトランス状態の男に話が通じるのだろうか疑問だ。それにスモークハウス流の死体処理をしなければならないが、画面に見える数を考えると途方もないように感じる。今後の問題処理に頭を悩ませるエリックだったが、地下格闘場でスモークハウスのトップたちと会合した九頭見の提案のおかげでその問題は簡単に終了した。
「・・・・あなた方はエスメラルダが死んだときに支配が解けた瞬間に気を失っており、私たちがこちらまで運んだ次第です。結果的にはあなた方の復讐は果たされました。そしてGASLANDの施設はニュースで流れているように跡形もなく消えています。」
「そんな話を信じられるわけ・・・・」
ジェフは深いため息をはく。すべての話を聞いても信じられない。
「はい、ただ私には説明責任がありましたので。」
一通りの話が終わり、目の前の青年は話し終えると部始終を録画されたDVDをテーブルに置き、「映像が衝撃的ですので見るか見ないかは判断をお任せします。」とだけ言うと家から出ていった。さてどうしたものか。九頭見はGASLANDを潰してくれたのは確かだ。ここ数日、該当施設で強大な爆発のようなものが起こり、会場にいた人は一人残らずなくたったとニュースで報道されていた。路上ではまたスモークハウスの話題で持ちきりだ。
「あなた、ただいま、遅くなってごめんなさい。あれ誰かいたの。」
「ああ、クラウディア、どこに行っていたんだ?心配したんだぞ」
「ごめんなさい。今日のハイキングにモーダンのマフィンを持っていこうと急に思い立って、買いにいったのよ。早くしないと売り切れちゃうと思って、何も言わずに出てって、ごめんなさい。ただ残念なお知らせ、お店で流れていたニュースで今日のノースバンクーバーは天気が崩れるそうよ」
「そうか、そしたらハイキングはまた今度にしようか。明後日には自宅に戻るから、荷物はそのままにしておいて、食料だけは今日明日中に食べてしまおう。」
「せっかくあの子の好きなマフィンを買ったのに・・・」
「まぁ、いいじゃないか。今日は懐かしいDVDでも見ながらゆったりと過ごそう」
ジェフはそっとエリックからもらったDVDを隠す。普通の人なら見逃すような自然な動きも、長年付き添っていたクラウディアには手に取るようにわかっていた。
すべて終わり憑き物が取れたクラウディアをほほえましく見つめるジェフはこれからのことを考えた。自分自身がすべてを注ぎ込んだ孫はいないが、ゆっくりと残りの人生をつつましく生きていこう。
その夜はゆっくりと流れ、二人は長くソファに座っていた。