金色夜叉琵琶法師~今回の依頼
カナダまでの十数時間、退屈ではあるがゆったりとしたファーストクラスの席でくつろいでいる九頭見巽は蓮見が作成した今回の件についてのファイルに目を通していた。あの喫茶店から直接カナダにわたれれば便利だが、あの喫茶店では入ったところへしか出ていけない。それができれば無駄なお金と時間をさけるのだがといつも思う。
久遠組は少数精鋭の小さな組で圧倒的な物量の前には潰されてしまうことを巽はよく理解している。組員は巽だけが生き残ればよいと考えている様子で、自分たちの命など惜しくもないという態度であるため、彼らは巽が政財界や他のやくざ者どもとつながりを持つことを快く思っておらず、他との関係性など無視すればれ良いと思っている。
巽はそんな組員のことをいつかは非情に切るかもしれないが、それまでは大切にしたくて、その結末までの期間を維持したくて、様々な工作をしている。それに弱みを見せてお金の関係を築くことは悪いことではない。一見こちらが下手に出ているようで、向こうに対して圧をかけることができる。組員の命を守るというより、彼の領域のすべてを守るための最善手である。
「意外に、古いな」
スモークハウス、アンダーグランド格闘技場「GASLAND」を運営するカナディアンギャング、彼らのルーツは第2次世界大戦時にさかのぼる。当時日系カナディアンに対する迫害はひどく、彼らが赴く戦地はいずれも生きて帰ってこられるような場所ではなかった。しかし彼らは生きて帰り、英雄とまではいかなくともある程度認められる存在にはなる。そのはずだった。
愚かな判断をした愛すべき祖国を敵として、自らの血筋を断つ行為に走った彼らの功績に対して、地位回復は当然あるべきで、それに対し皮肉も批判もあっていいはずがない。ましてや彼らに報われたもの些細な褒賞だけで奪われたものに比べたらわずかだった。
それでもそのわずかな褒賞さえ気に喰わないと思う輩はいる。なぜ戦争を起こした奴らと同じ肌の色のやつが褒賞を得るのかと。不条理な批判を受ける中、大半の日系カナディアンはカナダという国が自分たちを受け入れてくれていることに感謝し、戦争が終わったあとも影では迫害受け続いていたが、耐え忍ぶことを選んだ。
耐え忍ぶ彼らの中でも、烈火のごとく怒れる者たちはいたが、歯を食いしばっていた。ただある事件をきっかけに彼らの何かがはじけた。そのきっかけについて、詳細は不明だったが、怒りの導火線に火をつけた彼らは報復することを選んだ。ただし粛々と慎ましやかに生きる同胞に迷惑をかけない様に。
ある頃からカナダで突然人が消えはじめる事件が起き、家族や関係者が捜索願を出しても見つからない状況が続いた。そしてカナダ全土を震撼させたのは、当時の警察が行方不明者の代わりに見つけたものだ。様々な場所で誰のかわからないおびただしい血の跡を。アパートの一室、森の中、公園の片隅、いつそこにあったのかはわからないが血の跡の中心には紐が括り付けられた椅子が置かれ、まるで拷問を受けた後のような演出がされてあった。
暗殺。しかも犯行がばれない完全な暗殺と恐怖を植え付ける暗示。スモークハウスに所属する過激な日系カナディアンたちは事件の首謀者たちや日系カナディアンに差別・批判する者たちをこの世から抹消していった。
当初、このカナダ全土で起きている狂気的な事件に日系カナディアンは関係ないと思われていた。彼らの多くはBC州に住んでおり、他州の事件に関わることは難しい。しかし失踪している者たちはすべて反日系の要人ばかりであり、日系カナディアンに疑いの眼差しが向けられるのも時間の問題だった。ある時から極秘裏に日系カナディアン全体が監視対象となっていたようだ。
それでも失踪事件は収まらず、反日系以外にも迫害をする者たちが次々に消えていった。監視しているはずの日系グループに怪しい行動が一つも見つからない。警察も何度か立件を試みたようだが、犯行現場が分からず、遺体も見つからない。
犯人、犯行現場、凶器、すべてが煙のように消えてしまうことから「失踪した人は煙の館に連れられていった。」と噂されるようになり、その内隠語で日系カナディアンに手を出すことを「knock’on Smoke House‘s door」という死を意味する言葉になった。
「本当に彼らが地下格闘技施設なんかを運営を許すのか?しかも操縦できてないなんて」
~招待状~
九頭見巽様
あなたを我々の格闘技大会「ガスランド」に招待します。
あなたは突然で驚かれている。あなたはとても有名です。
特に中国マフィアの話は興奮します。
是非大会に参加してください。
格闘技団体「GASLAND」
数年前に届いた翻訳をそのままコピペした招待状、その時は無視をしていたが、この招待状が役に立つときが来るとは。指示を受けた蓮見が送り主である者に連絡したところ、招待した大会は終わってしまったが、エキシビジョンマッチを開催したいと答えが返ってきた。すぐに彼らの上役がたまたま日本に滞在しているらしく、その人物と詳細の打ち合わせをしてほしいとのことだった。
「初めまして、あなたがかの有名な九頭見さんですね。お会いできて光栄です」
流ちょうな日本語で話かけてきた男はにこやかな笑顔を浮かべ手を差し出してきた。
「初めまして、今まで何も返答せずにいきなり連絡したにも関わらず、丁寧な対応助かります。お名前は・・」
軽く握手を交わし、目の前の男を席に座るように促した。服装など日本にいる海外からきているビジネスマンといった印象を受けるが、面立ちが若干和風の印象を受ける
「エリックと言います。」
「エリックさん、よろしくお願いいたします。早速ですが以前いただいた招待状について・・」
「ははは、あれはひどい招待状でしたね。正直あれは疑われてしかない。本来ならこちらから謝罪をするべきなのです。その件はこちら側が謝罪します。」
「・・・・」
周りから全身黒づくめのいかにもやくざ者っぽい男が海外から来た善良なビジネスマンに頭を下げさせている。外からはゆすっているかのように見えるだろう。
「九頭見さんの武勇伝はしばしば耳にしていたのですが、中国マフィアとの一件がGASLANDのオーナーの耳に入り、彼が先走って送ってしまったようで。」
「オーナー?」
「はい、すでに我々のことはご存知でしょうか?」
「いえ」
「そうでしたか。簡単に話しますと私はGASLANDを運営している組織の母体となる組織の者でして。」
「GASLANDとは違うのか、連絡先を間違えたみたいだな。本体さんにご迷惑をおかけしました。」
「いえいえ、九頭見さんたちは確かにGASLANDの方へ連絡していました。まぁたまたまGASLANDの視察にうちのボスが行っていた時に連絡が届き、向こうも隠せずに話がこちらに伝わり、商談で日本を訪れていた私に話が来たという次第です。その時に招待状の話も」
「なるほど、その話から察するにGASLANDとは距離があるようですが、なぜわざわざ俺に悟られるように話したのか、まどろっこしいのは好きじゃないんだ。」
「ははは、失礼しました。単刀直入に言います。こちらで手はずを整えるのでGASLANDを潰していただきたい。」
「理由は?」
「単純です。彼らの運営は私たちの中で目立った動きとなりました。が、我々の主旨と反し、今暴走しています。」
「なぜ外部の俺に?」
「うちのボスは穏便に済ませようとしていましたが、向こうはそんな温情を無視してやりたい放題になっております。本来なら内部での処理が望ましいところですが、こちらにも事情があり察していただければ幸いです。」
「なるほど外の者にやらせて、そいつを断罪すればメンツは保てるからな。」
「いえいえ、そんなことにはなりません。」
「どうだか。すまないが、今回は・・・」
「もし疑っているようでしたら、銀治さまにうちのボスからの言伝を渡してください。」
エリックという黒人は胸ポケットから一通の手紙を差し出した。
「・・・・おたくのトップはうちの親分を知っているのか。」
「はい、その様子です。そもそも私は銀治さまを訪ねる予定でした。」
「・・・・」
「受けていただけるかどうかは親分さんとお話になってからで構いませんので、段取りだけでも聞かれますか」
「ああ、いや、すまないがオヤジの確認を取らせてくれ。」
巽はエリックの話を聞きながら、今回の件をどう処理するか考えあぐねていた。
「そうですか、そしたら確認が取れましたら、こちらに連絡をください。」
電話番号と宿泊先が書かれた紙を渡され、胸ポケットにしまった。
「なぁ、ところでエリックさん、一つ頼みがあるんだが・・・」
「オヤジ、遅くなりました今戻りました。」
「おう、おかえり・・・・どうした。何かあったのか。」
銀治は孫のいつもと違う様子を察したのか、相手を心配する言葉をかけた。親子関係だとしても、疎い人間だと相手が何かを抱えていることに気が付かずスルーしてしまう。親は子供のことなら手取足取りわかるというが、それは嘘だ。親子の親密度とかは関係ない、人の何かを察する力とはそういったものとは違うものであるし、仲が良ければ良いほど、盲目的に陥りやすく、気が付かないものだ。
銀治は自分を勘が鋭い人間で人の些細な変化に気が付くと思っていたし、そのおかげで久遠組という少数精鋭の強力な絆の組を作れたと自負していた。確かにその通りだったが、それでも取りこぼしもあったかもしれないが、頭が正常な時ならなかったはずだ。人生で唯一の大チョンボ、絶対に気が付かなければいけなかった。実の息子、巽の父、清治の関西討ち入りだ。あの時、息子のことをしっかりと見ていれば、悔やんでも悔やみきれない。その教訓から本当は自分で幕を閉じるはずだった組を背負わせてしまっている孫の巽には神経をとがらせていた。
祖父は普通に接しているようで常にレーダーを張っている。巽はそんな気配を漂わす祖父の思いをなんとなく感じ、自分が身の回りの世話をするより、他人にお願いしたほうが祖父も落ち着くだろうと距離を保ってきたが、今回はそうはいかなかった。
「組長、こちらを」
エリックから渡された手紙を祖父に渡す。小細工は一切必要ない。祖父にはそういったものは通じない。巽から渡された手紙を訝しげに受け取り、銀治は何も言わず開封すると、手紙を読む目が一瞬見開き、穏やかな表情を浮かべた。ただ徐々に覚悟した目つきに変わっていった。銀治は目を通して、読み終えた内容を頭の中で一巡し、薄く見開くと、目の前に立つ男の足元から頭のてっぺんまで目線を上げていった。そこには立派に成長し、厳しい現実を何度も乗り越えた、屈強な侠客が立っていた。
「巽、、何も言わず、今回の件を受けい。」
「・・はい」
「・・・・それと無事戻ってきたら、久遠組を好きにしろ」
「!?」
「・・・・久遠組はお前のもんにしろ」
今まで祖父は巽を組長にすることを明言はしなかった。組長である銀治が孫の命を守るためにはその地位を捨てることなどできないと思っていた。祖父の方針に従い、巽自身が組を運営する、いざとなったら祖父がいると巽は心の中で頼っていた部分もあった。この体制はまだまだ続くと勘違いしていたのか。それに祖父は久遠組を閉めることすら考えていたはずだ。それが急転直下で祖父が継承の話をするのか、あの手紙には何が書かれていたのか。
「詮索はするな。すぐにカナダに行って、カタつけてこい」
「はい」
巽が部屋を出ると、銀治は天井を見上げた。
トトタ、トトタン、、、トトタ、トトタン
「若、どうしました。」
「GASLANDのバックは分かったか?」
「はい、色々情報を頂きましたので、一応調べはつきましたが。」
「飛行機のチケットは」
「まだです」
「わかった、申し訳ないが今から一番早いチケットを用意してくれ。俺は支度が整い次第成田に向かう」
「かしこまりました。カチカチ・・・・明日の朝一の便が一番早い便です」
「わかった、成田の近くのホテルに今日は一泊して、そのまま乗り込む。」
「かしこまりました。ホテルに書類を届けても?」
「・・・・ああ、頼む」
蓮見との会話を終え、車を運転しながら巽はエリックに連絡を入れた。
「エリックさん、こっちで確認はとれた。話を聞かせてもらう。明日の朝一の便でカナダに向かうから移動しながらでも良いか。」
「ああ、ああ」
「ああ、そういうことか、話は分かった。オヤジからの指示だ。あんたらの段取り通りに受けるよ。ちなみに俺が依頼した話はどうなった」
「・・・そうか、すまないがもう一つ頼まれごとを受けてくれないか?・・・・」
「ああ、そうだ。いいかい?助かるよ。あんたはいつカナダに?」
「ああ、そしたらまた」
夜中ホテルの部屋に蓮見がファイルを届けに来た。エリックという男の特徴を話し、車の中でのやり取りを話す。
「本当に大丈夫なんですか」
「心配するな。それにオヤジが無条件で受けろと。俺に跡目の話をしてまでしたんだ。受けなきゃならん」
「親分が譲ると言ったんですか!?」
「・・・ああ」
「受けるんですか?」
「・・・・・俺はどうするかな」
巽は蓮見の質問に答えはせず、別の指示を言い渡した。
明け方、ホテルの一室で出発の支度を終えた巽は改めてファイル中を確認していた。ざっと見た限りファイルにはスモークハウスと祖父とのつながりについて情報がない。蓮見がホテルに来る前には事情は伝えおり、蓮見に取り急ぎ調べてもらったが、蓮見でもわからずじまいということだ。あの喫茶店の依頼が自分たちに関係してくる話になるとは思ってもいなかった。
時間か、部屋を出てく前にベッドの方を向くと、横に寝そべった人型に盛り上がったシーツに目線を落とす。滑らかな光沢を帯びた絹のシーツは寝ている人の肩までかぶさっており、尻の部分が盛り上がり、ウエストがきゅっとしまっている。ふかふかの枕に頭が埋まっており、顔は確認できないがシーツのフォルムから察するにかなりスタイルが良い。
「行ってくる」
巽は寝ている相手を起こさない様、人が聞き取れないぐらいの小さい声を発するとそっと扉を開け、やさしく閉めた。ベッドに眠る女性は前日よっぽど疲れたのか全く起きる気配はなかった。
飛行機の中で一通りファイルを読み終わった巽は目を閉じて、これまでのことを思い返す。巽が関西勢力との大立ち回りをしてから、色々なところから連絡が届くようになった。同盟や協定の誘いから、シマを巡った代表者によるタイマンの果たし状、抗争に繋がりそうな脅迫まで、すべてを相手にしているわけではないが把握はしている。そんな雑多な中に埋もれていた格闘技施設からのイベント招待状、文章の稚拙さもあって記憶に残っていた。
喫茶店で老夫婦がその名を口に出し、頭の片隅にあった記憶が呼び起こされた。当初は地元の若いギャングがやんちゃしたのを〆るぐらいにしか考えていなかった。格闘技イベントと賭博をしているから向こうの権力者も出入りしているだけで、組織がガタつけば蜘蛛の子を散らすように消えると経験則から来る確証を持っていた。
「単純にはいかないな。爺さんは何を考えているんだ」
巽はきな臭さを感じつつも組長である祖父の依頼もあり、本体であるスモークハウスの提案を無碍にできない。こちらの要望に即してお膳立てしてくれるという。喫茶店で出会った依頼者も代金を支払うと言っている。自分の思考だけが取り残され、周りは驚くべきスピードで進んでいる。
自分が覚悟をしっかりと持たねば。こういう時にあれこれ考えると死神の鎌が近づいてくるのを巽は良く知っている。それにこっちで関係者をすべて集めろといったところ、エリックの話だと相当数を相手にすることになる。目頭を押さえ、頭の中で錯綜する情報を整理しながら、機内のフラットにしたシートで眠りについた。
巽はBC空港に朝着くとダウンタウンの宿に荷物を預け、街を散策した。メインストリートから外れたコーヒーショップのような趣の面構えをした建物にあのいつもの重厚感がある扉を見つけ、引き込まれるように扉を開いた。
「おっ、九頭見さん、いまカナダっすか?さすが早いっすね。いつものでいいっすか?」
「ああ」
乗り継ぎでカナダに来たばかりの時差ボケした頭にマスターのいつものは覚醒させるのにちょうどよかった。自分のいつもの定位置の座席に座るとほどなく、マスターが陽気な笑顔でコーヒーとプレートを持ってきてくれた。
「はい、いつものっす、どうぞ。後これも」
濃い目のブラックコーヒーと分厚いパンケーキ。そしてその横には手紙らしきもの。まずは胃にものを入れたい。パンケーキにはバターとキャラメルシロップそれにカリカリのベーコンとケチャップのついたスクランブルエッグがトッピングされている。以前、喫茶店のテレビで紹介されていたお店のパンケーキセットに、巽が「甘いものとしょっぱいベーコンはあわないだろう」と小言をぽろっといったのを聞き逃さなかったマスターが「これどうぞ」と勧めてきたのが始まりで、いつのまにか巽に対しての定番になっていた。特別甘いものが好きというわけではないが、マスターの作るのは許せる。
「ふぅ~、うまいな。マスター、例の老夫婦はあの後来たかい?」
手紙を開封したが英語で書かれており、巽には皆目見当もつかない。
「そうっすね、それぞれきたっす、それでおじいさんがその手紙を置いてったっす」
「困ったな。何が書かれているのか読めん」
「自分も英語はからっきしっす。」
開封した手紙を眺めながら、コーヒーをすすると扉の方から風を感じた。
「いらっしゃいませ~」
「マスター、おはよう」
老人はカウンターに座るとマスターから差し出されたコーヒーに口を付けた。
「あの、今日は・・」
老人の横に一席空けて九頭見が座った。
「やぁ、じいさん」
「おお!!あんたは確かクズミさんでいいんだよな。待っていたよ。進捗を聞かせておくれ、それと手紙は読んでくれたか?」
「報告が無くて悪かったな。もう俺はカナダにいる。それと状況についてだが・・・」
スモークハウスのことは伏せ、内部に協力者がおり、段取りをつけたことを伝えた。
「・・なるほど、それじゃ、あんたがエキシビジョンマッチに出て、その日に孫を陥れた関係者が全員集まるということで良いじゃな。」
老紳士は不安そうな顔をする。
「ああ、大体そうだ。どうした?何か不満か?」
「いや、そうじゃないんだ。いや、その、依頼しておいてなんだが、あんたが試合に出るのか?私はてっきり暗殺というか、陰でその、復讐を果たしてくれるもんだとばかり。そんな正々堂々とやって、大丈夫なのかい?相手はどんな奴らかわかったもんじゃないぞ」
「大丈夫だ」
老人の言葉は依頼した復讐の達成を危惧しているかのようだが、その表情は巽の安否を危惧してくれている様子だ。孫にあった悲惨な結果になることを想像したのかもしれない。
「証拠は見せられないが、俺は強い。」
「そうかい、そうなんだろが、ああ、ところで、手紙は読んでくれたか」
「すまない、英語は読めないんだ。」
「すんません、ここでは言葉は変換できても文字までは無理っす」
「ああ、そうだったのか。なあに単純なお願いだ。一度でいいからわしを復讐する現場に立ち会わせてほしいと書いたんだ。まぁ、今回はあんたのエキシビジョンマッチを観に行かせてほしいになるのかな」
「なぜだ」
「妻は興味がなさそうだったが、わしは孫がどうしてあんな場所でわけのわからない試合に参加したのか知りたい。もしできるなら、その場でそいつらを問いただしたい、自分の命を天秤にかければ、真実を・・」
「すまないが、難しい相談だ。」
「そこをなんとか、依頼と話が変わったことは謝る。あんたの邪魔はしない。約束する。だから・・・」
「勘違いするな、エキシビジョンマッチは観に行けないという意味だ。あんたが孫の死を知りたがっているとマスターからうちの組に届いた連絡の中にあったからな。だからその件に関してはすでに手を打ってある。」
「なんと、そうだったか。マスターには別れ際に愚痴をこぼした程度だったので、意図が通じているかわからなかったが、マスターさん、ありがとう。それでどうすれば良い。」
「大丈夫っすよ、うちは依頼に対するフォローはばっちりっす」
「エリックという男があんたに説明してくれるはずだ。あんたはそいつからの連絡を待てば良い。」
「エリックさん、エリック氏はどんな方かな?」
「GASLANDを運営している組織の本体の上役らしく、日系カナディアンらしい。」
「!!!やはり、噂は本当だったのか」
「噂?」
「私らが孫の復讐の協力を得られなかった理由にGASLANDにはスモークハウスが絡んでいるというのがあったからなんだ。私らにそういえばあきらめがつくだろうと周りが思っているとばかり。カナダでスモークハウスに手を出す愚か者はいないからな。」
「なるほど、なぜ俺にそれを黙っていた。」
「別に隠すつもりはなかった。ただ単に周りが行っている噂にしかすぎないし、証拠もなかった。九頭見さんには関係のないことかと。ただ関係者の上役が日系カナディアンとなると、その噂が本当だったのかとも思えて。申し訳なかった。」
「スモークハウスは有名なのか」
「度胸があるならスモークハウスの扉を叩け。昔不良共の間でよく使われていた言葉だよ。スモークハウスに関わったら最後、死体すら見つからず、煙の中に消えてしまう。・・・すまなかった。今回の依頼は取り消そう。あんたにだって大切な人がいるだろうからな。」
「じいさん、心配するな。スモークハウスとは話がついている。今回の件で彼らは出張ってくることはない。」
「ギャング何ぞの言葉に信用性はない。スモークハウスは行かれた殺人集団といわれている。表では何と言おうが、自分の関係者がやられたらすべてを奪いに来るのは明白だよ。九頭見さん、すまなかったが・・・」
「もう一度いう。心配するな。こちらももうすでに引くに引けない状況だ。あんたはただ俺の報告を待てば良い。あとエリックというやつの話を聞くも聞かないもあんた次第だ。」
「・・・・しかしな、目の前で自殺しに行くような若者を止めるのも・・・」
「すまないが、俺はもう行くよ、この後また待ち合わせがあるんでね。マスターご馳走様」
「いえいえ、九頭見さん、いってらっしゃいっす」
「ちょっ、ちょっと、待て。依頼をしておいて、こんなことを言う義理はないが死に急いではいけない。彼らと関わっては・・・」
「じいさん、3度目だ。安心しろ。俺については知りたければ、エリックに聞いてみると言い。彼も俺を知ったから、むちゃなお願いをしてきたんだろうしな。」
「ちょ・・ま」
「はいはいはい、おじいさんは落ち着いて、九頭見さん、気を付けて~~」
若いマスターは立ち上がって巽を止めようとした老人の腕をカウンター越しに掴み、空いた手で手を振る。
バタン
「マスター、なぜ止めた。彼を死に行かせてしまったようなもんだ。今からでも遅くない、止めないと」
老紳士がなお扉へ向かおうとすると。
「・・・あんまり常連さんの話はしないっすけど、おじいさん、海外のニュースとか結構知っている人っすか?
「何のことだ。まぁ、普通にな。すまないがおつりは良いから、行かせてくれ。」
20ドル札を置いて出ようとする老人を引き留めながらマスターは
「斧虎衆って、中国にあったマフィアは知っているっすか?」
「ああ、もちろん、それこそ世界的なニュースになっていたからな。」
若いマスターが突然言った数年前に世界的な人身売買を行っていた中国マフィアの名前に意識が向いた。彼らは有名になったのは人身売買だけではなく、大量に仕入れた商品で行った人体実験によりウイルスを精製し、実際にそのウイルスは新疆ウイグル自治区という場所で使われたことが発端だった。
といっても、ウイグル自治区での一件は当初彼らの犯行かはわからなかったが、中国政府が斧虎衆を特定し、殲滅した後にワクチンを発見したと報道をしたことで明らかになった。そこにどこから情報が出たのかウイルスの精製の際に人身売買で世界各国から仕入れた子供たちも実験に利用されていたことが報道され、世界的にも有名になった。
報道された当時は中国側が世界にウイルスを撒こうとしたとか、それは各国の情報機関が中国を貶めるための陰謀説だとかといった様々な情報が錯綜し、人権侵害といった問題と合わせて取り上げられたため、真実はいまいちわからなかった。
「なら話は早いっす。その中国マフィアをぶっ潰したのが九頭見さんっす」
「???」
「まぁ、自分は口下手なんで、詳しい話はたぶんそのエリックって人がしてくれるっす。」
「本当なのか?」
「ええ、大丈夫っすよ。だから安心してください。」
そういいながらおつりを差し出してくるマスターに、噓をついている様子もなく、しぶしぶ受け取った。九頭見もBC州にいるなら探そうか一瞬考えたが、まずはそのエリックという男と話してみることに決めた。
老紳士は喫茶店の扉に手をかけたとき、後ろで陽気な声で喫茶店のマスターから「次回は報告になるんで、お金の用意お願いしますね~」と言っているのが聞こえた。そうだ230万ドルをどうやって持って来るべきか考えなくては。ボーと考えながら喫茶店の扉を閉め、BC州にあるセカンドハウスへ向かうため車のカギを取り出そうとポケットに手を入れた。
ポケットの中にはさっき受け取ったおつりも押し込んでいたため、鍵を取り出すと零れ落ちてしまい、慌てて拾う。そして拾った小銭を見て、いつも見慣れた硬貨ではない、穴の開いた金色の硬貨を見て、後ろを振り向くと
「本当に摩訶不思議だ。」
そこにあったはずの喫茶店の扉はいつの間にか消えていた。