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九十八十五の求めは?

「「クッソ~~、あの女、くそみたいな手紙をよこしやがって」」

門脇佑はいらいらしながら土砂降りの雨の中を目的の場所まで歩いていた。


「「どいつの関係者だったんだ。あの女。必ずガムにしてやる。」」

身ぐるみを剥いで、味がしなくなったらポイっと捨てる。その様から付けた仲間内だけの隠語。仲間内で「「チューインガムが嚙みたいな」」と言えば、女漁りが始まる。ナンパや難癖付けて強引にといった様々な方法で食い散らかしてきた。


最近はアプリで馬鹿みたいに出会って、ヤリまくっている連中が多く、路上で声とかをかけても、女はうまく釣れなくなっていた。やりたいなら、アプリ通せって話らしいが、ある程度金をちらつかせればいける場合もある。ただ金があるなら余計アプリでやればいいじゃんといわれ、金をちらつかせると余計に怪しまれる感じにもなってきた。


趣味を満たすためにはアプリのような確実に足がつく方法はとれない。便利な方法が使えないことに妬ましさを感じつつ、10代~20代前半のガキは簡単にセフレが作れるようになった時代、30代半ばを過ぎた自分たちがガムを噛めなくなってきたことに腹が立ってもいた。


そろそろ潮時かもしれない。門脇を含めた3人は今までの楽しい思い出を胸に平凡な残りを生きていくしかないのか、それなら最後の思い出にもう一花咲かそうと思い、街に繰り出した。そんな矢先に数日前に偶然出会った女はなかなかの上玉だった。


見た目は黒ギャルのような姿だが、ビッチ感よりも清楚感があり、久しぶりの獲物に興奮を覚え思わずのどを鳴らしてしまった。幸運にも玉突き事故のようにお互いが歩行者に押され、お互いコーヒーと掛け合ってしまった。


出来れば自分の服だけが汚れれば、多少強引に行ったが、慎重にならざるを得ない。

「大丈夫ですか?すみません」


「いいえ、気にしないで。お互い様だし」

魅力的な声が中性的で一瞬ボーイッシュな感じもするが、自分の性がこれはメスだと訴えかけていた。


「いや、不注意とはいえ女性の服を汚してしまったんだ。もしよろしければ弁償します。」

歯の浮くような紳士を装い、逃がさないようにしなければ。


「そんな気にしないで。安い服ですし、約束もなくなったんで、帰る途中だったから。」

年齢は20代後半なのか、さばさばしたフランクな印象を受ける。これを汚すのが楽しみすぎて仕方ない。


「約束?なにかあったんですか?」瞬時に門脇の勘が働く。


「別に約束をすっぽかされただけですよ。こんなこともあったし、早く帰って、リフレッシュします。」


「そんな・・・、そしたら、最悪な日を最高の日に変えましょう。私と一緒にデートしましょう。」


「えっ、ナンパですか(笑)?怪しいなぁ~、でもいっか、あいつが来ないのが悪いし」


「そうそう、まずは服を変えて、気分を換えましょう!」

そういうと門脇は女を連れて、街の高級なブティックに向かった。女の気分を害さない様細心の注意を払い、自分の好みの恰好を進める。どうやらフェミニンな服装は好みではないらしく、普段は履かないというピンヒールを履かせた。これで動きづらくなる。何着か試着をさせている間に、仲間に「高級」なガムが買えたことを伝え、いくつか用意している最終地点の確認をする。


平静を装うものの、女が試着室から出ると興奮が一気に高まる。物凄い上玉だ。

「あれ、結構自信があったんだけど、似合ってないかな。」

ボーイッシュな服を着ていたから気づかなかったがヤバい、これは噛みがいがある。


「そんなことないよ、すごく素敵だよ。あまりにもきれいだったから驚いてしまったよ。さっきのボーイッシュな服装もいいけど、こういう服もお勧めするよ。」


「ありがとう、お兄さんは本当に上手だね、遊びなれてるんだ。」


「そんなことないさ、こんなことしてるのは君が初めてだよ。」


「そっ?嘘でも、うれしいな。それにしてもこんな高い服、本当に良いの?」

この女わかっていっているな、誘われ慣れているな。こんな美人だ。声を掛けられまくっているだろうな。こういうやつは自分が墓穴を掘ると思ってないから、こっちの誘いに乗ってくるだろう。自分自身に自信があり、いつでも逃げられると思ってやがる


「嘘じゃないさ。さぁ、お金なんか気にしないで、おいしいものを食べに行こう」


「くすっ、ありがとう。でもおなかは空いてないから、お酒を飲みにいかない?」


「いいね、そしたらいいbarを知っているから」

こんなにスムーズに最終目的地に案内できるとは

「良いbarだって、ほら遊びなれてるじゃない(笑)」

この女も遊びなれているのか、このまま行けそうだな。

「ははは、否定できないかな、そしたら、行こうか。」

「あっ、ちょっと待って、この傘も欲しいな。ちょうど傘がなくて」

そういうと飾られているクラゲのような形をした真っ赤な傘を指さした。今は雨が降っていないが、今日から週末まで雨の予報だったな。この女は、まぁ、いいだろ、安いもんだ。

「いいよ。そしたらタクシーに乗って、行こうか。」


ここまでは良かった。そのあと門前と長門に目的地のメッセージを送り、barで待機していた。軽快な会話で弾ませ、その後の楽しみに期待を膨らませていた。


 次の瞬間には長門に肩をたたかれていた。


 「おい、何で寝てんだよ!」

 「えっ、いや、あれ、どうして」

 急に起こされて意識がはっきりしていなく、何が起きたのか全く分からなかった。そのあとbarのマスターに話をしたら、1杯目のお酒をすっと飲み、2杯目の途中で急に眠った様子だった。連れの女がゆすっても起きなかったので、女はそのまま帰ったらしい。


 「何やってんだ、本当に!」

 「まったくだ、酔わせてつぶしていると思って期待していたのに」

 「申し訳ない」


 Barからでて二人の愚痴を聞く、二人はマスターから特徴を聞いて、周辺を探したが見つからなかった。


 「まぁ、でも、これも3gatesを終わらせるいい機会なのかもな。」

 「はぁ~、マジか~、これから発散できないな」

「本当にすまん、クッソ~、あのメス、次は・・・」

その夜は散々不平不満を漏らし、合法のSMクラブへ行き、当たり散らして帰っていった。もうあの店も出禁だな。


今思い出しても胸糞悪い、それなのにまさかあの女からこんな手紙が届くとは


「「門脇様

 自分の所業を見直す気がありますか?

 証拠を関係者に渡す準備があります。

その前に話をしませんか。

 夜21時に○○○○へ来てください。」」

 

 この程度の文章なら無視しておけばよかった。


 18枚の女の写真、今までにガムにしていた連中のようだった。


 俺たちを特定する情報など何もなかった。


2本のUSBメモリー、中にはガムで吐き捨てて廃人とかしたメス2匹の証言が入っていた。その二人はもうすでに自殺したはずだ。あんな映像を残していたのか。忌々しい。死んだ人間の言葉など無意味だ、結局裁判を起こす奴がまだいる以上危険なものだ。


そもそも俺たちを結びつけるものはないはず、ただこの動画の中で俺たち3人の名前をしっかりといってやがる。しかもその日の内容やbarの名前を挙げていた。二人とも別々の俺たちがつかっているbarを言ってやがる。


完全にそこから足がつき始める。今まで吐き捨ててきたものがいきなり足元に絡みついてきて気色悪かった。

 ただあの女も馬鹿だ。どうせ俺たちから金を巻き上げるつもりなんだろうが、そうはいくか。すでに長門と門前に連絡を取り、二人ともこの危機を乗り越えようと動いてくれた。二人とも忙しいが、こんな時に一致団結できるのが持つべきものは友だ。


 女一人か、いや、何人か連れてきているか、別のやつがいるかわからないが俺たちのことを甘く見ている。以前も同じようなことが起きたがうまく対処してきた、今回も問題ないだろう。ポケットにしまい込んでいる物の安全装置を確認しながら、目的の場所に向け土砂降りの中急いだ。くそっ、バス、タクシー使えねぇ。俺がそんな場所に行った証拠なんか残せない。まぁいい、時間はある。かかわった奴らは全員消さないと。



 土砂降りの中、レインコートに身を包んだ十五は黒井たちがお膳立てしてくれた場所に近づいていた。そこはある女性が弄ばれ、虐待され、薬漬けにされ、この世にどうしようもなくなり、自殺した場所だった。


クズどもはこの場所を理解しているのだろうか?公園の先にある大きな木を見上げるとそこに紐でもつるしたかのような錯覚を覚えるツタが生えていた。十五はその女性がどんな気持ちであの場所まで来て、命を絶ったのか感じようとする。人としての感情がまだ心の底に残っていることを確認し、それ以上擦り減らしてはなくなってしまう感情を呼び起こし、仕事のモチベーションを上げていく。


もうすぐ現場は近い。十五はおもむろにポケットから綺麗な色の球体が入った小瓶を取り出した。それは現場で採取した土で作った泥団子だった。


「覚醒しろ」その一言に反応したかのように泥団子が震える。震えたかと思うと、なぜそんな印象を受けるかわからないが泥団子は生命の息吹を受けたような風格が漂う。十五が瓶の蓋を開けると瓶の中からゆっくりと泥団子が空中に浮かびあがる。


「硬化しろ」この一言で泥団子はカルビンと同等の硬さを帯びる、硬さを帯びた泥団子は宇宙に浮いたきれいな惑星のように見える。


 「自転しろ」この一言は泥団子に回転を始めるきっかけとなる。ゆっくりとダイヤモンドよりも固いカルビンの塊が回転を始め、エネルギーを蓄え始める。


 「加速しろ」この一言を待っていたかのように回転数は加速し、それが回転しているとは思えないくらいに高速回転をしていた。

 十五はここまでいいだろうと思い、空中に浮遊し雨をはじきながら高速回転をし続ける球と歩き始めた。


彼はこの仕事が入った際に、相手を殺す場所の土を持ち帰り、泥団子に仕上げる。ワークショップの際に自分専用の土として持参する土は常にこれから人を殺そうとする場所の土。そして、人殺しとは無縁の子供たちと一緒に泥団子を作るのだ。子供たちの前で人を殺すための道具を作る自分の、なんとクズたることかと自分を責める。そうどんな経緯があれ、人を殺す行為はクズであり、正されるものではない。自分が異常者であり、屑であることを確認するため、まっとうな人たちと同じ場所で何食わぬ顔で人殺しの道具を作っている。正義のヒーローだなんて思わない様、自分の心の中にある人としてのバランスをとっているのだ。泥団子で人殺し?なんて馬鹿な発想と思うかもしれないが、彼は泥団子を人殺しの武器に変え、人を殺すのだ。

 

いつの頃か、十五は自分が丹精込めて作った泥団子に特殊な力が宿ることに気が付いた。子供の頃はそれが何なのかわからず、無心になって泥団子を作り、話しかけていた。そしてある時、当時テレビの戦隊ものヒーローの言葉をまねて、「「覚醒しろ」」と発した時、ダダの泥団子が空中に浮いたのだ。


その泥団子がまるで意志を持ったかのように浮かぶ、反応をするので、うれしくなり、父と母に自慢をした、新しい友達だよと。その時の両親の顔は今でも覚えている。


それから両親は家以外では泥団子を呼び覚ましてはいけないと諭してきた、他の子どもたちに自慢もしてはいけない。他の人はそんなことはできないのだからと。最初は駄々をこねたが両親が大好きだったので、おとなしく従ったが、もっといろいろなことができるのではと好奇心に書かれ、辞書で難しい言葉を調べては泥団子に指示をしていった。


面白いことに泥団子は様々な力を宿していき、その力の多様性を見た両親が考え方を換え、もっと研究していいよと十五をほめていった。でもあくまでもおうちの中だけの秘密だよと。両親に褒められた家族だけの秘密という甘美な言葉は十五をより泥団子の研究に没頭していった。すべてをお披露目したあの日は両親も驚愕していた。


その日以来、自分が人じゃないと感じ、いや、それ以前からも十五自身は自分が人ではないような気がして、自分を傷つけ、血が流れることを確認し、安心し、涙を流した。そんな自傷行為が母にバレたことが最悪な瞬間を招くきっかけとなった。


その後養護施設で数か月過ごした間やあの人に引き取られてからずっと罪悪感にかられ何度も自殺しようとしたが、死ぬことが怖くてどうしてもできなかった。


「そんなに命に囚われてはいけない。でも軽んじでもいけない。ゆっくりと吐き出しなさい。」

自殺することができずに悔やんでいる十五にいつも優しく諭してくれたあの人。あの人のおかげで今からは生きているし、1人で生活するまで十五の自我が崩壊せずに今の仕事をしているのもあの人のおかげだ。


「さて、そろそろ来るかな。」

21時を少し過ぎたころ冷たい雨にさらされた十五は全身が冷え切っていた、心も完全に冷え切っていた。いつもの仕事を行う準備が整っていた。今回は今までと違い色合いが違うが問題ないだろう。




「お・・、あ・女は・・こだ」

一人の男が手に何かをもって近づいてきた。ただ大雨の音にかき消されうまく聞き取れない。

「く・・、雨・・の音がうる・・・聞こ・・ないか」

男は手に持っていた銃の銃口を俺に向け、声が聞き取れる範囲迄ずんずんと近づいてきた。

「おい、聞こえているのか、あの女はどこへ行った。さっさとデータをよこせ、さもなきゃ死ぬぞ」

 右耳にワイヤレスのスピーカーマイクを付けているのか、右耳を抑えている。

 「あぁ、分かった。なぁ、お前は馬鹿か、周りにだれもいないみたいだな。俺たちがお前に何も手を出さないとでも思っているのか?それともただの使い走りか?だったらさっさと女の居場所を教えろ、そうすれば命だけは助けてやるよ。」

 目の前の男がペラペラとしゃべる。

 「おい、黙ってないでなんとかいえ。」


 「ほかの二人の場所も分った。最後に何か言うことはあるか?」


 「はぁ~!死にたいのか?」

 次の瞬間、目の前に差し向けられていた銃がひしゃげ空中に舞う。

 「えっ?」

 男は何が起きたかわかっていないようだ。俺の左側にあった高速回転したこの世で最も硬い泥団子が突き付けらた銃をはじき、ついでに指を軽く粉砕していた。

 「なぁっ」

 左下から右上に発射された泥団子は、急停止する。すぐさま伸びきっていた男の腕めがけて泥団子が発射され肘を打ち抜いていた。

 「ぐぁっ」

 やっと体に何が起きたのか理解し始めたのだろう。だがもうすでに泥団子は両膝二つを打ち抜き、目の前の男は下に砕け落ちている。

 「いだい!」

その一言を発した時には、残っていた肘を打ち抜き、身動きができないような状況になっていた。

「いたい、いたい、いたい、助けて、お願いだ、あああああああ」

どうやら耳元から仲間の同じ状況が聞こえているようだった。絶望しているのだろう。

「頼む、許してくれ、頼む、いたい、いたい、あああああ」


「俺は許すかを決めることはしない」

救急車のサイレン音が聞こえる


「あぁぁ、助かった!!」


「そうだな、助かるといいな」


「なん、えっ、あぁぁ、ぐえうあぁぁ」


最後に高速回転する泥団子を両目に近づけ、眼球を削り、のどをつぶした。どうやら途中で意識が落ちたようだ。この状態は人として生きていると言えるのかわからないが、これで俺の仕事は終わりだ。


 サイレンの音が近づいてきている、救急車が近くまで来ている手筈通りのようだ。俺は手のひらをそっと前に出す。すると地面に落ちていた無数の泥団子が浮かび上がった。俺より高い位置に浮かび上がった高速回転する無数の泥団子が雨をはじき、守ってくれている。


「分裂させておいてよかった。」

 直前になり、泥団子を分裂させ、地面にばらまき、もし何か感知したら知らせるようにしていた。案の定目の前の男以外の人間が二人ほど近づいてきてこちらを狙っていた。


 彼らは俺から必要な情報を聞き出す必要があり、すぐに殺すことができなかった。すぐさま銃で撃てばもしかしたら、いや俺の泥団子が守ってくれるから無理か。


「解放しろ」

その一言が最後の一言。この世で最も硬い高速回転をする泥団子が一斉に普通の泥団子となり、回転をやめ、地面に落ち、崩れ、自然に流れていった。


レインコートのフード越しに赤い光を感じながら帰路に就いた。




良く晴れた日、あたたかな日差しに包まれて、散歩をしている十五は鳶色をした重厚な扉を押した。外から玉虫色に光るガラス窓を除いた際にはマスターらしき人だけがいるように見えた。


「トウゴさん、ちーっす」


「こんにちは」


「茉莉亜さんもいたんですか。」


「はい、今日別件でも私が必要のようでしたので。」


「どうやら仕事が終わったようっすね、イヤーさすが、早いっす。そしたら自分コーヒー淹れるんで奥の席で待っていてください。」

そういうとどことなく胡散臭くチャラいマスターが滑らかな手つきでコーヒー豆を挽き、ゆっくりとコーヒーをドロップしていく。喫茶店全体に芳醇なコーヒーの香り漂い、白い煙に覆われたような感覚を覚える。


扉の方から一陣の風を感じた。すると少しくたびれた白衣を着た男が入ってきた。無精ひげを携えているのは夜勤明けだからなのだろうか。周りを見渡すとチャラいマスターのいるカウンターの方へ進んでいった。


「やぁ、ディカフェはあるかな。夜勤明けでこのまま帰って寝るから、カフェインはとりたくないんだ。」


「あるっすよ~、ただもしあと布団ダイブするだけなら、おすすめの飲みものあるっすけど、どうっすか。」


「いいね、それを頂こうかな。」


「ありがとうございまーす。」


「そしたら、私は目がかっと覚めるような濃いコーヒーが飲みたいな。」

扉から入ってきた女性がマスターに声をかける。髪を短く揃え、手にはマニュキアなど一切せず、清潔な身なりで、人懐っこく温かい笑顔はどんな人にでも受け入れられるのだろう。


「うっす、了解っす。」

マスターはすぐに直火式のエスプレッソメーカーを取り出し、上部と下部を回転させ分ける。下の受けに水を入れ、その間にフィルターを設置し、モカ用の細かい粉を入れ、プレスする。その後上部を回転させ設置した。カウンターに三脚のガスコンロを置き、その上に直火式のエスプレッソメーカーを設置し、火をかけた。


一瞬ガスコンロの火が揺らぐ、

「ほんとうにここは良い香だな。マスター、俺にもそのコーヒーをもらっていいかな。」

体格の良い男がカウンターに置かれたエスプレッソメーカーを指さし、マスターに声をかけた。「もちろんっす」軽快な返答をしたマスターが同じようにコーヒーのセッティングをし始めた。


「まさか、ほんとに実現できるなんてね。」

「まったくだ。俺も信じられない。」

「ほんと、この3人がこの場所に集まって、お互いの仕事がつながってくれたおかげ、いやー、この喫茶店のおかげか。」


「それにしてもよかったよ、あの日は民間救急に何の連絡も入ってなくて。うちの3台ともあそこの近くに待機できていたのはでかかったよ。」


「でも、本当に大丈夫なの?」


「ああ、俺の会社の連中はみんな恵理を知っていたし、あの映像を全員見ちまったからな。知らなかったが、みんな恵理にホの字だったみたいでさ、進んで協力してくれたよ。そのうち、俺以外にもそっちに行きたがっているから、そん時は頼むよ。」


「えぇ、任せておいて、体調はばっちりにさせておくから。拓斗君が目線で意思疎通が取れる装置を付けてくれたから。会話もばっちりできるよ。そぉ、作業中の拓斗君の顔見て、妹のことを思い出していたみたいで、会話ができるようになって、色々謝ってきたらしいの。それで拓斗君ぶち切れしちゃって」


 「あぁ、そのおかげで夜の緊急手術だ。まぁ、何があっても必ず直すから、心配しないでくれ。」


「そうそう、美和ちゃんも夜にナースコール受けたらしくって、門前だっけな?早速目線でキーボード操作してさ、「「助けてくれ」」「「殺してくれ」」だってさ。そしたら美和ちゃん、なんていったと思う。「「じゃぁ、これでいいですか?」」って言って、思いっきり首絞めてあげたらしいの、そしたらじたばたしたらしくて、「「苦しいですか?やめますか?」」って言って、緩めて、それを何回か繰り返してあげたらしいの。かわいい顔してやるわね~」


「ははは、それはいい気味だな。なるほどな、俺も今度行く時どうするか考えておこう。そういえば明後日はあいつらの家族が来るんだろ?やっぱり引き取りになるのか?」


「いや、そんなことはさせない。面会の時だけ、脳死状態に見せかけておくからから心配しなくていい。うちの病院でしか面倒は見られない話にしておく。実際ほかの病院は病床がいっぱいだし、あいつらの家族は金持ちで設備や維持費でお金をかなりかけてくれるから、うちの医院長もご満悦だ。」


「なるほどね、じゃぁ、遠慮なくやらせてもらおうかな。」


「ああ、特別防音個室だから、とことんやれるさ」


「ねぇ、増沢先生は良いの?あいつら治すだけじゃなくて、少しは発散したいんじゃない。」


「真唯は俺が医者としてなおす姿を望んでいたはずだ。人を壊すことを望んではいない。ただ俺はあいつらを人として治すつもりはない。ただ体を直すだけだ。」


「そう、それで聞きたかったんだ。田所のおっさんが毒とかは使えるのかって聞いてきていたぞ、なんか自分のところの山でとれるらしくてさ、致死量ギリギリでぶち込みたいらしい。」


「毒か~、どんな毒か事前に分かれば、こちらも対処できるかなぁ~」


「いや、なんか解毒剤的なものもあるらしいんだけど、民間だからどうかなって。」


「俺の同期に薬学のやつがいるから調べてもらうよ。それまでは待ってもらおう」


「いや~、皆さん、生き生きとはなしてるっすね!ここに最初来た時とは別人っす」

物騒な会話の内容には何も触れず、マスターはカウンターに座る3人に気さくに声をかけた。

「これ、3人が元気になったお祝いにサービスっす」

そういうとマスターはチーズケーキを差し出していた。

「なんか、最近はやりのバスク風ってやつで、結構自信作なんで、どうぞ」


「おいしい!」

「おいしいな」

「うまい!!」

そういって差し出されたケーキをカウンターに座る3人は食べはじめた。」


「あっざっす。皆さんに喜んでもらえてこっちも良かったっす。」

そういいながら、マスターは茉莉亜さんに俺の方にケーキを運ばせていた。マスターの自信作なだけあった、ものすごくうまい。


「茉莉亜さん、あの3人は」


「皆さん、いたって普通の顔をしています。ご本人たちの会話がどれほど恐ろしいものかご理解されていないのでしょう。」


3人は今後の体制や止め時についてひとしきり話をしたあと、最初に入ってきた男がおもむろに立ち上がると

「マスター、今回は本当にいろいろありがとうございます。最初は信じられなかったが、今回俺たちがそれぞれ復讐できるのはあなたが仲を取り持ってくれたおかげです。」


「いやー、そんなことないっすよ。改めて言われると照れるっす。」


「本当に、誇張じゃなく、あなたがいなければ、私たちはみんな抱えきれない怨みを抱えて生きていくしかなかったわ。本当にありがとうございます。」


「あぁ、偶然俺たちが出会って、ここで嘆いていた時に提案をしてきたときは何言っているんだと思ったけど、本当に話を聞いてよかったよ。」


「そこで申し訳ないんだが、直接助けてくれた方たちにお礼を言いたいんだが、できるのかな。」


「それは無理っすね~、それはご法度っす」


「あちらの奥に座っている方が・・・」


「詮索は禁物っす。」


「・・・ならしゃあない。これ、前に言ってた額が入れといたよ。あと俺たちからすこし色を付けた。本当に困難でいいのか。ほらこういうのって、もっと法外な額を請求されたりするじゃないか。」

そういうとお金が入った封筒をカウンターに置いた。


「そこは今回の請け負ってくれた人の提示額なんで、気にしないでください。その人は必要以上絶対受け取らないんで、色の部分は自分が頂いときます!あざーっす。」


「そうか、そしたら、そろそろ俺は行くよ。」

「あたしも出勤しなきゃ」

「俺は喜ぶかわかんないけど、墓に報告に行ってくるよ。」


そういうと3人はお会計を済ませ、あの扉へ向かった。彼らはまたこの喫茶店に来て話をしようと思っていたし、その内に自分たちの代わりに復讐を果たしてくれた人物に直接お礼をできると考えていた。しかし彼らが二度とその扉に手をかけることは無かった。


「チーズケーキご馳走様」


「おっ、十五さんの口に合いましたか。良かったっす。それにしても、本当に良かったんすか。今回の依頼はかなり特殊だったから、もう少しお金を取ればよかったのに。」


「いいんだよ。俺にとっては命の価値は同じものだから、それを崩したくない。」

 そういうと今回は自分の取り分である二つの札束だけを抜き取り、それ以外をカウンターテーブルに置いた。


 「そういうもんすかね。おっ、十五さんも行くんすか?お疲れ様でした。」

 「十五さん、またいらしてくださいね。」

 マスターと茉莉亜さんの声を背に扉を力強く押した。もうあれ以上あの場にいても自分が求めている出来事はなかった。


今回の依頼者たちが店に来た時、彼ら全員が人生に諦め、這い上がることもせず、ただただ絶望の沼に沈んで、惰性で生きていくだけの存在だった。そんな彼らがここで復讐の機会を見出し、生きる活力を持ち、次の人生を歩む活力を持たせることもできた。そこまでは良かった。ただそこで疑問を生じる人は居なかったのが残念だった。


大体俺が依頼を達成すると憑き物が落ちたように晴れ晴れとして帰っていく。それが正しい姿、それをするためにここで依頼しているのだから。わかっている、分かっているが、俺はそこで依頼人自身が依頼したこと、行ったことが正しかったのか、苦悩し、この世界で生きる疑問が生じている姿が見たいのだ。


今までの依頼者も多少の苦悩を持ち合わせていたかもしれないが、どこかで踏ん切りをつけてしまい、抗っている様子は見受けられなかった。だから、もしそんな人物がいたら、こちらから声をかけて、話をしたい。そしてその人の背景を受け入れ、俺の過去を聞いてほしい。俺の数少ない友達になってほしい。


ああ、なんて俺はクズなんだろう、友達を作りたい、そんなことのために俺はこの仕事を続けている。あの喫茶店に足繁く通い、依頼をこなし、依頼人の達成報告の際に観察している。彼らが晴れやかになることを望みつつも、自分と同じような地獄に陥ることを望んでいる。


ああ、俺は最低だ。だけど仲間を求め、人殺しを続けている。


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