第七話 そういえばパパとわたしって似てないね
休日。さつきはおうちデートごっこをしているらしく、俺にずっとくっついていた。
リビングで過ごす父親と娘の時間は、穏やかでゆっくりと流れていく。
俺はぼんやりとテレビを眺めながら、さつきは俺の顔を凝視しながら、思い思いの時間を過ごしていた。
リビングのソファがお父さんの定位置である。
寝るとき以外はあんまり自分の寝室に行くことはない。ここにいた方がなんとなく落ち着くのだ。
そして、娘のさつきの定位置は俺の膝の上である。
年頃の女の子だから、もちろんこの子には個室を与えている。もともと二人暮らしなので、安い賃貸のアパートでも部屋数はなんとか確保できていた。
2LDKのボロアパートは住み心地は悪くない。
まぁ、さつきにはもっと素敵なお家を用意してあげたかったけど。
そのあたりは、お父さんである俺が不甲斐ないだけである。
将来は、しっかりとした職業についた男性と結婚して、一軒家に住んでほしいなぁ。
なんて、そんなことを考えている。
でも、さつきは住居に関してまったく不満はないようだ。
「……さつき? もうちょっと離れて座ってもいいんじゃないか?」
「や! パパと離れるなんてムリだもーんっ。ねぇねぇ、パパ‥…引っ越さない? この家はちょっと広すぎると思うの」
いや、不満はあるようだ。
さつきの希望はもっと狭い家らしい。
「六畳一間くらいがいいなぁ。パパとずっと一緒にいれるしっ」
まずい。さつきの目から光が失われつつある。
いつもの『好き好きモード』に突入したようだ。
この時のさつきは愛が鉛みたいに重くなる。
見た目は軽そうなのに、いざ持ってみると腰を抜かしてしまうような重量だ。
「えっと……そろそろ、お父さん離れしてもいいんだぞ? き、気を遣うなんて、さつきは優しいなぁ」
そういうことにしておきたかったのだけど。
「気を遣うってなぁに? パパに遠慮なんてしたことないよ?」
真顔でそう言い切る娘がちょっと怖かった。
愛されているのは嬉しいんだけどね。
自分で言うのもなんだけど、俺は結構親バカだ。
でもさつきはそれを上回る子供バカなので、相対的に俺がマシに見えるから不思議だった。
「はぁ……パパは本当に素敵だなぁ」
膝の上で、さつきはうっとりと俺を見つめている。
光のない目で見つめられると、背筋がゾクゾクするから不思議だ。
さつきの将来が末恐ろしい。
この子に愛された人は、きっと幸せになるだろう。めちゃくちゃ愛されるはずだから。
まぁ、愛で押しつぶされない限り、の話だが。
「……そういえば、パパってわたしと似てないね?」
俺の顔をジッと見つめていたからだろう。
ポツリと、さつきがそんなことを言った。
「前からちょっとだけ気になってたの。パパって普通の日本人だけど……わたしって、日本の血が入ってるのかなぁ?」
さつきとしては何気ない一言のつもりだったと思う。
でも、俺は内心でめちゃくちゃ焦っていた。
(も、もしかして血が繋がっていないことがバレちゃった!? ど、どどどどうしよう!!)
俺とさつきはまったく似ていない。
俺はどこにでもいるような中年の親父だ。ぼっこりお腹と冴えない顔が唯一、特徴的だと言える部分である。
一方、さつきは一目見ただけで目が奪われるような美少女だ。
長い銀髪と透き通るようなスカイブルーの瞳がとても綺麗で、妖精みたいな女の子である。
父と娘と言い切るには、少しどころではないくらい似てないのだ。
だからさつきも怪しんだのだろう。
「もしかして、わたしとパパって……血が繋がってない?」
「…………!?」
確信的な指摘に、心臓が爆発するように飛び跳ねた。
すぐに否定しなければならない。でも、なんて言っていいか分からなくて、結局俺は曖昧に笑うことしかできなかった。
バレてしまったなら、ここで話すべきだろうか。
この子の母親のことも、血が繋がっていないことも……すべてを、教えてあげるべきだろうか。
そう、迷っていたのだが。
「はぁ……なーんて、そんな都合がいいこと、あるわけないよねぇ~」
さつきがため息をつきながら、俺の胸に体を預けた。
反射的に抱きとめると、彼女は体を小さく丸めて、俺の体にしがみつく。
「分かってるもん……パパとわたしが実の親子で、本当は結婚なんてできないってこと、知ってるよ? でも、ちょっとだけ夢を見ちゃうの……もし、わたしとパパの血が繋がっていないなら、もっと楽に結婚できるのになぁって」
この子も色々と考えているのだろう。
俺と結婚するために、真剣に考えて……その上で、難しさも理解しているはずだ。
だから、さつきにとって都合がいい妄想をしてしまったと、彼女は反省しているわけだが。
(そんなに都合がいいことが、あるんだよ!)
実際に、俺とさつきは血が繋がっていない。
しかも実は、親子の縁組もしていない。
戸籍上、俺はさつきにとってただの他人なのである。
もちろん、心は誰よりも親子であると自信を持って言えるのだが。
「もし、わたしがパパと血が繋がってないなら……今すぐに、我慢できなくなっちゃうかも」
そんなこと言われては、絶対に『義理の親子』なんて言えるわけがなかった。
あるいは、俺たちは親子という表現すら、間違っているかもしれない。
でも、俺はこの子の父親になると決意した。我が身を犠牲にしても、この子を幸せにすると……この子の母親と、約束したのだ。
だから、言えない。
本当のことはまだ内緒にしておこう。
「パパ……血が繋がってないなんてこと、ないよね? もしそうなら、そのままパパが旦那様になっちゃうかもしれないなぁ」
「ハハッ(裏声) そんなわけないだろ!」
明るく返事をしておいたが、背中に流れる冷や汗が止まらなかった。
もし、血が繋がっていないことがバレたら、きっとさつきは暴走する。
少なくとも、今だけは絶対に言ってはダメだろう。
だって、目から光がなくなっている彼女は、何をするか分からないのだから――