第五話 初恋の相手の子供とだけは、結婚するわけにはいかないから
夢を見た。
懐かしくて、涙が出そうになるけど、嬉しい夢だった。
「君は本当に泣き虫だなぁ」
およそ二十数年前くらいか。
俺がまだ小学生の時だったと思う。
近所にとても綺麗な子がいた。
同い年なのに大人びている女の子で、いつも俺は子ども扱いされていた。
「な、泣き虫じゃないよっ。ぼくは男の子だから、強いんだぞっ」
確か、子供の頃はよく学校のガキ大将みたいな存在によくいじめられていたっけ。今もそうだけど、俺は昔からぽっちゃりとしている。そのことで色々とからかわれていた。
そんな俺をいつも慰めてくれたのが、サーシャだった。
外国出身の両親から生まれた彼女は、銀髪の髪の毛と蒼い瞳がとても美しかったことを覚えている。
今にして思うと、そんな子と仲良しだったから、俺は目の敵にされちゃっていたのだろう。
「ふーん? 男の子だったらもっと強くならないとね……少なくとも、ワタシよりは」
彼女の両親は仕事が忙しかったから、いつも俺の家に来てご飯を食べていた。
だから一緒に話をする機会も多くて、色々な話をしたものだ。
「強くなるよ……あんな奴らになんか負けないくらい、強くなるんだっ」
「そっか。頑張ってね……いつき君っ。君が強くなって、泣き虫じゃなくなったら、その時はご褒美をあげよう。楽しみにしててね?」
笑って彼女は俺を励ましてくれる。
いつもいつも、俺を見守ってくれていた。
嬉しかった。
こんな俺に期待してくれてた彼女に感謝していた。
だから、約束通りに強くなろうと努力したものだ……。
サーシャは、俺の初恋の相手だった。
あの子に恋をした。いつか告白して、気持ちを伝えたいと思っていた。
だけど、俺の思いを伝える前に…‥・彼女は、いなくなってしまった。
中学生に上がった直後だったと思う。お互いに性別を意識し始めたのもこのころで、少し気まずくなっていたタイミングだった。
急に彼女は消えてしまった。
さよならも言わずに、国外に行ってしまったのである
仕事の忙しい両親が転勤になったため、サーシャもついていったらしい。
そして彼女と再会したのは、10年後だった。俺が22歳の時、彼女が急に地元に帰ってきた。
その時、彼女が抱いていたのが……さつきだった。
そして俺の初恋が終わったのも、この時である。
サーシャは国外で結婚していた。
結局俺は、気持ちを伝えることもできなかった。
その一年後、彼女が亡くなるその時まで――
「……パパ? パパっ! 大丈夫? 起きてっ」
ハッと目を変えると、さつきが心配そうな顔で俺の上に乗っていた。
子供の時から起こし方はずっとこれである。年々、少しずつ重くなっているので娘の成長が実感できるけど、最近は少しずつ苦しくなっているのでちょっとやめてほしかった。
「ん? ああ、おはよう、さつき」
「やっと起きたっ! パパ、うなされてたよ? 怖い夢でも見てたのかな……いいこいいこしてあげるね?」
さつきが怖い夢を見た時はいつも頭を撫でて挙げている。
そのせいか、さつきも俺の頭を撫でてきた。
優しい思いやりは嬉しいけど、別に怖い夢を見たわけじゃないから大丈夫だよ。
「ありがとう……昔の夢を、見てたんだ」
「ほぇ? むかし?」
「ああ。お父さんが子供の頃の夢だよ……懐かしかったなぁ」
君のお母さんの夢を見ていた。
なんて言えたら、どんなにいいだろう。
さつきはあまり母親の話をしたがらない。
だから俺も、サーシャについてさつきに色々と話がしたいのに、うまくできなかった。
本当は16歳の誕生日に腹を割って話すはずだったのになぁ……残念だが、いつかその時が来るのを待たないと。
「パパが子供!? わたし、見たいっ。パパ、お写真見せてっ」
「写真かぁ……アルバム、なくなっちゃったから、すぐには見せられないよ。ごめんね」
嘘だ。本当は押入れの奥にある。今でも大切にしまっている。
でも、アルバムにはだいたい、サーシャが一緒に映っているから、まださつきには見せてあげられなかった。
「え~。見たかったのにぃ~」
「ごめんごめん。見つけたら、ちゃんと渡すよ」
唇を尖らせてすねるさつき。
そういう仕草を見ていると、この子はサーシャの娘だけど、彼女とは違うことを強く実感させられる。
サーシャとさつきはよく似ている。
大きくなるにつれて、容姿がどんどんと酷似していく。
でも、俺は二人が同一人物だとはまったく思っていない。
……いや、正確には、二人を重ねないように努力しているというべきか。
俺は別に、さつきが初恋の女性の子供だから、大切にしているわけじゃない。
この子が可愛いから、守りたいから、大切にしているのだ。
そうでないと、さつきにもサーシャにも失礼である。
別に、初恋が叶わなかったから、娘であるさつきにサーシャを重ねているわけじゃない。
下心なんて絶対にない。そう自分に言い聞かせるためにも、俺はサーシャとさつきを同一人物として見ないようにしている。
周囲にもそう思ってほしくないから、俺はさつきとだけは踏み込んだ関係にならないように気を付けている。
だから、さつきには申し訳ないけれど。
俺は君と結婚することは絶対にできない。
そのことも、いつか伝えられるといいなって、思うのだった――