第四話 パパと結婚するためなら総理大臣になるくらい楽勝だよ?
こうしてさつきは総理大臣を目指すようになった。
父親と結婚できない、という法律を変えるため――という、聞いた人によってはバカバカしいとさえ感じる理由である。
しかしさつきにとっては本気だった。
そしてこの子は、やると決めたらとことんやり抜く子である。
その努力はすさまじかった。
『どうせ法律を変えることなんてできない』
そう思った俺を否定するように、彼女は能力を開花させる。
一年後――さつきが高校二年生になった時に、俺は自分の軽々しい発言を後悔することになった。
「パパ、見て! テストで100点取れたー!」
「パパ、聞いて! 学校で生徒会長に選ばれちゃったっ」
「パパ、すごいでしょっ。全国模試で一位になっちゃった!」
「パパ、ほめてほめてっ。陸上で代表選手に選ばれたわっ」
「パパ、どうしよう? 色んな大学からうちに来ないかってスカウトされちゃった!」
文武両道、品行方正、成績優秀。
その三つを当たり前のようにこなした娘は、目覚ましい結果を残していったのだ。
「パパ、約束覚えてるよねっ?」
夜。さつきはリビングのソファで俺に膝枕をさせながら、約束のことを口にする。毎晩のように彼女は俺に言っていた。
「法律を変えたら、結婚してくれるよねっ?」
「…‥う、うん。約束、だからな」
その問いに対して俺は首を縦に振ることしかできない。
まさか、その気はなかった――なんて言えるわけなかった。さつきの懸命な努力を前に、そんなことを言うなんてありえない。父親として、娘の思いを裏切ることができなかったのだ。
ここまでさつきが結果を出すとは思わなかったから、動揺していた。
(どうしよう!? さつきが覚醒しちゃった!!)
この子の母親はもともと、すごい人だった。
俺なんかとは比べ物にならないような才能ある方で、その遺伝子を引き継ぐさつきが無能なわけなかった。
というか、母親以上である。
(あの人は天才だったけど飽き性だったから、器用貧乏だったなぁ)
さつきみたいな努力はできない、自由な人だったから。
こんなにすごい子に愛されているのは嬉しい。
父親としてはこの上ないくらいに喜ばしいことでもある。
でも、その愛は……ちょっと重かった。
「む、無理しなくていいんだぞ? 自分の体を大切にしてくれ……総理大臣にならなくても、さつきは俺の大切な娘だからな?」
というか、ただの可愛い娘でいてほしい。
お嫁さんではなく、小さくてかわいいさつきであってほしい。
しかしそんな親のわがままが叶うわけがない。子供は親の想像なんて軽々と越えてスクスクと育つのだ。
さつきも、いつまでも可愛いだけの娘ではないのだ。
この子もまた、立派な『女の子』に育っている。
「ありがとっ。優しいパパが大好き! でもね、別に無理なんてしてないよ? わたし、今とっても楽しいのっ」
無邪気な笑顔はずっと変わらない。
去年からまったく身長は伸びていないけど、しかしさつきは少しずつ大人になっている。
その証拠に、ドキッとさせられることが多くなった。
蠱惑的な表情がいつも俺を惑わすのだ。
「パパと結婚するためなら総理大臣になるくらい楽勝だよ?」
夢みたいな絵空事。
そう一蹴していた過去の自分を恨みたかった。
この子なら……発言通り、総理大臣になって法律を変えてもおかしくない。それほどの才能をさつきから感じたのである。
願わくば、いつまでも可愛い子供のままでいてほしかったけど。
本当に、子供の成長は早いものだ――