その2 料理における一番大切な調味料とは
五月雨さつきという女の子は、大学生になってからずいぶんと大人びた雰囲気を醸し出すようになっていた。
高校生までは子供っぽいというか、幼い面影を多く残していたのだが、大学生になってからは少しずつ幼さが消えているような気がする。
とはいっても、外見が急激に変化したというわけじゃない。
身長は相変わらず小さいし、顔立ちもどちからといえば幼い部類だと思う。写真を見せられたら『中学生?』と勘違いしてもおかしくないかもしれない。
ただ、雰囲気がまるで違う。
それはもしかしたら、俺だけが感じていることなのだろうか。
義理の親子だと分かってから、さつきは娘である自分を変えようとしているように見える。
その努力の甲斐あって、俺の認識が大きく変わっているのかもしれないなぁ……と、リビングのソファでぼんやり考えていたら、不意に肩がトントンと叩かれた。
「パパ……じゃない、いつきっ。夜ご飯できたよ~」
振り向くと、エプロン姿のさつきがおたまを片手に手招いていた。
少し伸びた髪の毛は、料理の時に邪魔にならないように、と一つに結ばれている。ポニーテールもよく似合っていた。
「今日はパパの大好きなアクアパッツァを作りました~」
食卓に並んでいたのは、魚介系の具材と野菜が入ったスープ?みたいなよく分からないやつだった。
「いつお父さんがアクア……なんとか?を好きって言ったんだ?」
「夢で言ってたもーん」
「……さつきが食べたかっただけだったら、素直にそう言えばいいのに」
肩をすくめたら、さつきがおちゃめな笑顔を浮かべた。
「えへへ~。この前ね、お友達と一緒に行ったお店で食べたらすっごく美味しかったから、パパにも食べさせてあげよーって思ったの。あと、わたしも食べたかったっ」
「……そうか。作ってくれて、ありがとう」
感謝を伝えると、さつきは照れたようにおたまを振っていた。
「いえいえ~。新妻として、ふつつかものだけどがんばってるだけだよ~」
「新妻じゃないけどな」
隙あらば妻になったり嫁になったりしようとするので、釘をさしておく。
まだ早いから、もうちょっとゆっくりさせてほしい……せめて君が成人になるまでは、親子気分を味わわせてほしいなぁ。
「それじゃあ、いただきます」
「どうぞ、めしあがれっ」
食卓に座り、スプーンを手に取る。さつきはニコニコと笑ったまま俺を見ていた。いや、そんなに見つめられたら、食べにくいんだけど……この子はいつも一口目を見届けないと気が済まないらしいので、勢いよく食べ始めた。
「うん、美味しい……っ」
味は文句なしで美味しい。俺の料理と比較すると雲泥の差である。
「いつも不思議なんだけど、さつきってなんでこんなに料理が上手いんだ?」
まだ初めて三カ月とか、そのくらいなのに……もう既に俺の腕を越えていた。
「今まで『料理は作るものじゃなくて食べる物だよ?』とか言って絶対に作らなかったのに……やっぱりさつきはすごいな」
思わず、感心の言葉を漏らしてしまう。
お世辞ではない。本心からの言葉だ。
この子は大抵のことは器用にこなす。やろうと思えばなんだってできる。だから料理もできるのだろうが……天才肌にしても、呑み込みが早すぎる。
「ま、またそんなに褒めて娘をたぶらかす……いつきは本当に娘たらしなんだからっ。そんなこと言ってると、嬉しすぎて抱き着いちゃいたくなるけど、いいのっ?」
「いや、それはちょっと我慢してほしいんだけど……」
最近のさつきは大人びてきている。
以前までのように気軽に抱き着かれると、少しもやもやするので、過剰な接触はなるべく控えてくれるとありがたい。
「いちゅっ……こほん。いつきは、料理における一番大切な調味料を知ってる?」
それから、さつきはほっぺたを赤くしながら、こんな恥ずかしいことを言ってきた。
「それはね、『愛情』なんだよっ? わたしの料理にはいっつも、たっぷりの愛情が詰まってるの……それで美味しいんじゃないかなぁ?」
「……うん、それはなんとなく、感じるよ」
愛情がたっぷり詰まってるから、この子の料理は美味しいみたいだ。
「だからね、わたしは別にすごくないの。お料理が上手ってわけでもない……ただ、パパの作ってくれたお料理にも、たくさんの愛情が詰まってたから……それを、真似してるだけだよ?」
そう言って、さつきははにかむように笑っていた。
その笑顔を見ていると、こっちまで幸せな気持ちになってくる。
愛情をたっぷり注いだ甲斐あって……さつきは、とても素敵な女の子になっているみたいだった――




