その1 少しずつ成長していく君
このお話は後日談となります。
物語は完結しておりますが、どうしても書きたくなってしまいました。
もし気が向いたら、お読みいただけると嬉しいです。
――穏やかに時間が流れていく。
さつきに、義理の親子だと伝えた後も、俺とさつきの生活はあまり変わらなかった。
優しい時間が、ゆっくりと流れていく。
さつきも少しずつ大きくなっていた。
もう彼女は大学一年生である。
高校生の頃、成績的にはどこの大学でも行けると教師陣には太鼓判を押されたけれど、彼女は近めの大学に進学した。そこでなんとさつきは栄養学を学んでいる。
今まであんなに勉強を頑張ったのにもったいないと思うのだが、『花嫁修業をするんだよっ』と言われてしまっては、返す言葉がなかった。
己の信じた道を突き進む娘を止めることなどできない。
それに、結局のところ……さつきは俺のために『料理』を学ぼうとしているのである。可愛い娘の愛情を否定できるわけがなかった。
と、まぁ……些細な変化はあるのだが、その他に関してはあまり変化はない。さつきはいつも通り俺のことが大好きだし、俺も彼女のことを愛している。住んでいるアパートも変わらずにそのままで、さつきに彼氏ができるようなこともなく、穏やかに時間を過ごしていた。
……ああ、そうだ。
そういえば、あと一つ変化があった。
それは――さつきが、車の免許を取ったということである。
比較的近い距離にある大学ではあるのだが、流石に徒歩で通える距離ではない。電車だと乗り継ぎや待ち時間も込みで一時間くらいかかる。しかし車だと四十分くらいで通うことができるということで、春休みの間に免許を取ってもらった。
もちろん、車も買ってあげた。おかげで昔からコツコツと貯めていた『さつき貯金』が底をついたが、さつきが喜んでくれたので後悔はなかった。
「パパ……じゃなかった。いちゅ……じゃないっ。い、つ、き!」
最近は俺の名前を噛むことも少しずつ減ってきた……気がする。
まぁ、油断するとすぐに『パパ』って呼ぶし、半分くらいは『いちゅき』になるのだが、その頻度は減っている。
ハッキリと俺の名前が言える日が来るのも、そう遠くないのかもしれない。
「どうした?」
平日の夜のことだ。
さつきが作ってくれるようになった夕食を食べて、一息ついたところである。
急に彼女がこんなことを提案してきた。
「あのねあのね……ドライブ行こっ?」
「……またか?」
実はここのところ、毎日のように出かけている。
さつきはどうも車の運転が好きみたいなのである。もちろん俺も免許は持っているし、仕事でよく乗っているのだが、さつきみたいに運転を好きとは言えない。
「いちゅ……いつきとドライブしてたら、とっても幸せな気分になるのっ。だから、行こっ!」
ぐいぐいと手を引っ張られる。
まぁ、断るつもりはなかったのだが、連日のドライブに飽きないのかなと、疑問だった。
「そんなに運転って楽しいのか?」
「うんっ! 一人でドライブするのも好きだけど……いつきが一緒だったら、とても幸せな気持ちになるのっ」
ニコニコとした笑顔は、昔から変わらずに人懐っこい。
この笑顔を見るとこっちまで幸せな気分になるのだから、不思議なものだった。
「あ、でも……もし、お仕事でお疲れなら、無理しないでね? あの、迷惑だったら、ちゃんと言ってね?」
「いやいやいや。さつきと一緒に過ごせる時間が迷惑とは、思ったことないよ」
そこは勘違いしてほしくない。
俺が一番に大切にしているのは、この子の幸せである。
迷惑だなんて、ありえなかった。
「っ……か、かっこいっ……パパったらなんでそんなに娘たらしなのっ? もっと好きになっちゃった……」
でも、なんで赤面しちゃうのかなぁ。
おいおい、父親としては普通のことを言ってるぞ?
そんなに照れないでほしい……こっちまで恥ずかしい気持ちになってきた。しかも『パパ』って呼んでるし、さつきもなかなか娘としての気持ちが残っているのかもしれない。
前に、娘を卒業すると宣言されたけど。
まだまださつきも子供だった。
いつか、この子が俺のことを『パパ』と呼ばなくなった時が、恐らくゴールになるのかもしれない。
俺もその時になったら、いよいよ……この子のことを、別の形で愛するようになるのかなぁと、漠然と思った。
「そ……それで、どこに行くんだ?」
少し、気まずい雰囲気にはなったけれど。
とりあえず外に出て、駐車場に向かう。さつきに買ってあげたのは、シルバーの軽自動車だ。彼女はこれをとても気に入ってくれて、大切にしてくれている。
「う、うん……えっと、そうだなぁ。大学のお友達にね、夜景がきれいな場所を教えてもらったの。だから、そこに行こうかなって」
「分かった。じゃあ、安全運転で頼むぞ? ゆっくり、怪我しないようにな」
「はいはーい……いつきは本当に心配性だなぁ」
少し会話して、お互いに冷静さを取り戻したのだろう。
ぎこちなさもすぐに消えた。車の助手席に乗り込んで、シートベルトを締める。
その時、ふと隣を見てみると、銀髪の綺麗な女性が見えた。
高校生の時よりも伸びた銀髪を揺らしながら、彼女は車のエンジンを点ける。バックミラーの位置を修正しているところに、少し色っぽさを覚えた。
(あれ? さつきって、こんなに綺麗だっけ?)
もちろん、隣に座っているのはさつきだ。
血は繋がっていないけれど、最愛の娘である。だからこそ、さつきは子供の頃の印象が強かった。俺がいつまでこの子を女性として見れないのは、子供の時の印象が忘れらないからだと思う。
だけど、車を運転するということは、それだけ『大人』になったということで。
ここのところ、毎日彼女の運転姿を見ている。そのおかげか、少しずつ……この子の印象が変わっているのかもしれないと、不意に思った。
(さつきも、少しずつ成長しているんだな……)
さつきも、大人になっていく。
やっぱりそれは寂しくもあるけれど……あんなに小さかったさつきがこんなに大きくなったのかと思ったら、嬉しさもこみあげてきた。
大きくなってくれて、本当に良かった。
サーシャ……君の娘は、もう立派な大人なのかもしれないね――




