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第三十二話 大好きな父親と血が繋がっていないことを知った娘の反応が面白い

 良かった。

 ようやく、さつきにサーシャのことを話すことができた。


「パパ、後でママのお写真見せてくれる? どんな人だったか、見たいなぁ」


 思ったよりもさつきは冷静だ。取り乱すところか、嬉しそうだとさえ思える。そのことに安堵していた。


「うん、分かった。……あ、彼女が幼い頃の写真には俺も一緒に映ってるよ」


「パパの子供時代!? 見たい!! 早く見せてっ」


「い、いや、後でな? もうちょっと我慢してくれ」


 今見せてしまったら、夢中になって話を聞いてくれなさそうだ。


「まだ、言わないといけないことがあるんだ」


 話は終わっていない。

 しっかりと言わなければならないことが残っている。


 それは――俺たちの、関係について。


 俺とさつきの血が繋がっていないことを……今、伝えなければならない。


 じゃないと、さつきに本当の父親からの手紙を渡すことができないからだ。


「ほぇ? まだ、お話があるの?」


「うん。そう、なんだけど……っ」


 さっきから言おうとはしていた。

 でも、言葉がうまく出てこなかった。


「言わないといけないことが……ある」


 だけど、やっぱり俺は弱いままで。


「その……」


 怖かった。

 今から言おうとしていることは、さつきにとってはある意味で裏切りにも近い真実である。


 ずっと、父親のふりをしてきた。

 父親だから、とさつきの思いを振り払ってきた。

 彼女も、俺のことは『父親だから』と思って、大好きという感情を押し殺してきただろう。


 だから、今更になって『血縁がない』ことを知ったら、さつきは……裏切られたと、思わないだろうか。

 今まで、何度も否定されてきたのである。俺の臆病さに失望して、落胆して、こんな人間が父親であることを、残念に思わないだろうか。


 俺のことを、嫌いになるのかな?


 その恐怖が言葉を遮っていたのだ。

 これじゃあ、あの時と同じままだ……サーシャから話を聞けなかった10年前と同じように、俺はまったく成長していない。


 そんな自分が嫌いだった。

 またしても自己嫌悪に陥って、俯きかけた……その瞬間である。


「無理、しなくていいんだよ?」


 さつきが優しく笑いかけながら、俺のほっぺたをつついた。


「パパ……わたしはね、何があってもパパのことが大好き。何を隠していても、嘘をついていても、言えないことがあったとしても……パパのこと、嫌いにならないよ?」


 まるで、俺の心を読んだかのような言葉。

 血は繋がっていないのに……まるで本当の親子みたいに、以心伝心している。


 やっぱりこの子は、察していた。

 俺が何かを隠していることも、もしかしたら分かっていたのかもしれない。


 だけど、無理に聞き出そうとはしてこない。

 なぜなら、


「どうせ、パパはわたしのことが大好きだもんっ! わたしはそのことを、知ってるの……それだけ知っていれば、良かった。だから、そんな顔しないで? これ以上辛そうな顔したら、わたしも泣いちゃうよ? 正直、そろそろ我慢の限界なの」


 一生懸命、俺を慰めようとしているけれど。

 実際に、さつきの大きな目はうるうると涙ぐんでいる


 俺が辛いと、彼女だって辛いのだ。


「……ごめんな、さつき」


 情けない父親で、ごめん。

 でも、いつまでも弱いままじゃいられないよな。


 だって俺は、君の父親なんだ。

 こんなに魅力的な女の子の親なんだ。

 もっと、釣り合うような強い人間にならないと、いけない。


 だから、


「でも、言わせてほしい。さつきには、知ってほしいことだから……どうか、聞いてくれるか?」


 言う。

 真実を、伝える。


 ありがとう。

 さつきのおかげで、ようやく覚悟が決まったようだ。


「あ、あぅ……そんな顔されたら、断れないよっ。パパったら、どうしてそんなにかっこいい顔するの!? 惚れた弱みに付け込むなんて、最低なのっ。でもそういうところも大好きっ」


 相変らず娘は可愛いことを言っている。

 いつもぶれないこの子に、何度救われたことか。


 そうだ。さつきは、俺のことが大好きなのだ。

 この子が俺のことを嫌いになることなんてない。


 何があろうと、俺はさつきを大好きでいられる。

 さつきも同じだ。何があっても、俺のことを大好きなままでいてくれる。


 だったら、恐れる意味はなかった。






「実はな、さつき……俺は、サーシャと結婚してないんだ」





 その瞬間、さつきが止まった。


「――――」


 口を半開きにして、目を丸くして、固まっていた。


 言葉はない。いや、言葉どころか、動きもない。まばたき一つしない。

 呼吸さえも感じないし、鼓動まで止まったかのように生命の息吹が感じられなくなった。


「さ、さつき? 大丈夫か?」


 さすがに心配になるレベルで、さつきが動かなくなった。

 まるで石になったみたいである。


「おーい? さつき?」


 頬をつつく。良かった、いつも通りプニプニだ。当たり前だけど石化していなかった。


 まぁ……うん。呆然とするのも無理はないだろう。

 それくらいの真実を、打ち明けたのだから。


「――――はっ!? パパ、わたしね、夢を見たの!」


 さつきが再起動したのは、なんと数分も経過してからだった。

 まるで寝ていたと言わんばかりに、彼女は目をこすりながら言葉を発した。


「なんかね、夢ではパパがママと結婚してないって言ってた……えへへ、そんな都合がいいこと、あるわけないのにねっ。もしそうだとしたら、わたしとパパは血が繋がってないんだよ? そんな、ご都合主義な展開、あるわけがないよねぇ~」


 あまりにも信じられなさすぎて、さっきのことは夢だと思っているようだ。

 いやいやいや……さつき、あのね?


「夢じゃないよ。俺とサーシャは結婚してない」


 改めて、ハッキリと伝える。


「…………っ!!!!」


 二回目の暴露には、さすがの娘も夢だと思い込むことはできなかったようで。


「ゆ、夢じゃなかった!? え? あれ? んんっ??? パパ、ドッキリ? わたしのことからかってるの?」


「いや、違うよ。正真正銘の、真実だ」


「……ど、どどどどうしよう!? パパが嘘を言ってない顔してる!! 本当のこと言ってるけど、やっぱりそんなのおかしいよっ。パパ、何か変な物食べた? 道端に落ちてるキノコとか拾って食べたらダメだよ?」


「落ち着け、さつき」


 頭をポンポンと撫でてあやしてみる。

 しかしさつきは、顔を真っ赤にして膝の上から飛び上がった。


 いつもなら『もっとなでて~』って言わんばかりに頭を押しつけてくるのに。

 恥ずかしくて死にそうだと言わんばかりの顔で、さつきは俺から距離を取った。


「っ!? ちょ、ちょっと待ってくださいですわ! お父様、少しお時間をくださいですわ?」


 あまりにも動揺してお嬢様みたいになっていた。学校でのさつきみたいになっているけど、やっぱり混乱しているみたいで、言葉遣いがおかしい。


 さつきは俺から数メートルほど距離を開けて、撫でられた頭を押さえていた。


「……あのっ、もしかしてなのですけれどっ」


 今度は敬語だ。よっぽどパニックなんだろうなぁ。

 さっきまで俺が取り乱していたのに、今ではすっかり立場が逆転していた。


 おかしいなぁ。ちょっと真剣だっというか、シリアスだったのに……さつきが絡むと、いつもコメディになってしまう。


 この子は、あれだ。

 とっても面白い女の子だ。


「パパは……パパじゃ、ない?」


「うん。正式には、パパじゃない」


 心は父親のつもりだけど。

 厳密にいうと、違う。


「…………ぇえええええええええええええ!?」


 そしてようやく、さつきは受け入れてくれるのだった。

 真実を打ち明けて、なんと10分後のことである。


「う、ウソ!? 信じられないっ……わ、わたし、なんてことをっ……ぱ、パパじゃないのに、パパだからって甘えまくって……んにゃぁあああっ」


 まるでゆでたタコみたいだ。

 耳も、指も、足も、全部が真っ赤である。

 頭の上からは湯気みたいなものが噴き出ているように見えた。

 目はグルグルとまわっていて、唇はわなわなと震えている。


 今にも爆発しそうだ。


「パパ、どうしようっ……わたし、パパのこと異性として意識しちゃって、どうしたらいいか分かんにゃいっ」


「落ち着け。うん、血は繋がってないけど……心だけは、さつきの父親のつもりだから」


「知ってるっ。パパが、パパなのは知ってるもんっ。わたしも、パパのことはパパと思ってるけど、本当はパパじゃないって知って、パパをパパのことと思えなくなって、恥ずかしくて……って、あれ? パパは、パパじゃないなら、なんて呼べばいいの?」


「さ、さつき? ちょっと変なこと言ってるぞ、大丈夫か?」


「パパ、どうしよう! パパって、なんだろう……パパって、何? うぅ、分かんない……分かんないよぉ……あれ? パパって、誰だっけ?」


「俺だ! パパは、俺だ。いつきだっ」


「いつき? いつきって誰?」


「俺だ! いつきが、パパなんだ!」


「パパ? パパって誰?」


「……さ、さつき!?」


 娘が壊れた! 『パパ』という概念が崩壊したさつきは、故障したロボットみたいに同じ言葉を繰り返している。


 でも……こんな時に、不謹慎ではあるけれど。

 ちょっとだけ、娘の反応が面白いと思ってしまったのは、内緒にしておこう――

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― 新着の感想 ―
[良い点] 娘にとってはまさに都合のいい事実でしたねw
[一言] ついに話せましたか。色々あっても、最終的には受け入れてくれそうですね。その後が怖いけれど。 父親には会いに行くのかな。
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