表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/44

第三十一話 手強いライバルで、一番尊敬してて、誰よりも素敵な人っ!

「……ママのことを、お話するの?」


 場所をリビングに移して、さつきと顔を見合わせる。

 とはいっても、彼女はいつもと同じように俺の膝に座っていた。しかも対面するように体がこっちを向いているので、いつもより顔が近かった。


 たぶん、俺が悲しんでいるのがとてもショックだったのかもしれない。

 少しでも離れたら、また俺が辛い思いをするとでも心配してくれているのだろうか。さつきは、離れようとしなかった。


 だからこのまま、話をさせてもらうことにした。


「ああ、さつきのお母さんのことだ……今まで、黙っていてごめんな」


 頭を下げる。しかし深く下げるとさつきに頭をぶつけてしまうので、浅めにお辞儀をした。

 そうすると、彼女はコテッとおでこをくっつけてきた。


「ううん? 謝らなくてもいいよ、パパ。わたしは怒ってないよ?」


 ……思ったよりも、さつきは穏やかだ。

 もっと取り乱すかと思っていた。あるいは、動揺するかもしれないと、不安だった。


 だって、さつきはまったく母親のことを聞いてこなかったからだ。

 話をするのも苦しいくらい、サーシャの事はさつきの中でトラウマになっている……そう、考えていたのだが、どうやらそれは俺の思い違いだったらしい。


「パパはいつも、わたしのことを一番に思ってくれているんだもんっ。だから、パパが話すタイミングじゃないと思っている時に、聞き出そうとなんてしないよ」


「……そういう、ことか」


 改めて、感じた。

 さつきが俺のことを愛していて、心から信頼していることを、強く実感した。


「もちろん、気になってはいたけど……わたし、あんまりママのこと、覚えてないもん。でも、すっごく興味はあったの!」


「そうなのか?」


「うんっ。だってね、パパが大好きになった人なんでしょ? いったい、どれだけ素敵な人なのか……知りたいに、決まってるよ」


 いきなりだったはずだ。

 今日は別に、何の特別性もない平凡な一日だ。

 唐突な母親の話に、さつきは少なからずショックを受けると思っていた。


 それなのに彼女は、まるで初めから心の準備をしていたかのように、俺の言葉を受け止めている。


 なぜ、今なのか。どうしてこのタイミングなのか。俺が何を思って、いきなり母親のことを話そうとしているのか。


 それらを聞いて来ないのは、きっと俺のことを信頼しているからだろう。


 そうやって、相手の『準備を待つ』という態度が、やけに大人びて感じた。感情ではなく、理性で動くさつきを、同じ人間として尊敬した。


 ……さつきを、子供だとばかり思っていたけれど。

 子供扱いしていたのは、俺の方だったのかもしれない。

 さつきは俺が想像している以上に、大きくなっていたのだ。


「だから、教えてくれるなら嬉しいっ。ママのお話、聞かせて? どんな人で、どんなことが好きで、どんな人生を送っていたのか……あ、でも、一つだけ言わないでほしいことがあるかも」


「言わないでほしいこと?」


「うん……あのね、パパとママの馴れ初めとか、イチャイチャするお話とか、そういうのはダメっ。わたし、そんなこと聞いたら、きっとショックでパパにチューしちゃうから」


 ……さつきとは、血が繋がっていないけれど。

 やっぱり親子だなぁ、と、感じた。


 肝心な時にへたれるところが、そっくりだ。


 俺も、サーシャの恋愛事情を聞くことができなかった。だから、気持ちはわかる。


 でも、さつきが心配するようなことは、何もないよ。

 俺とサーシャは、結婚していないんだから。


 ……とはいえ、それを伝えるのは、もうちょっと後にしよう。

 話がややこしくなる前に、まずはサーシャという女性について、教えてあげることにした。


「君の母親は……サーシャは、とても素敵な人だったよ」


 それから、色んな話をした。

 幼少期の頃のサーシャが、とても大人びていたこと。

 サーシャは天才で、さつきもその才能をたくさん引き継いでいること。

 容姿も綺麗で、そんな彼女と仲が良かったから、同い年の男の子に嫉妬されていたこと。


 そして、引っ越しをして別れたこと。

 大人になって再会して、一緒に暮らし始めたこと。

 もちろん、サーシャが何よりもさつきを大切にしていたこと。


 さつきのことを一番に愛していたこと。


 全てを、教えた。

 その間、さつきはずっと静かに耳を傾けてくれた。


 だから俺も話に夢中になってしまった。


 ただ、結婚に関する部分だけは、ぼやかした。俺との関係性も伝えていない。

 まだタイミングじゃないと思ったのだ。


「……えっと、こんな感じかな?」


 ひととおり話を終えて、さつきの反応をうかがってみる。

 彼女はなぜか、ほっぺたを膨らませながら、小さく笑っていた。


 むくれているのか、喜んでいるのか、よく分からない顔だった。


「いんちきっ!」


 そして、俺の話を聞いた第一声は、先程の大人びたさつきとはまるで違う、子供っぽい言葉だった。


「パパ、ママの話をしてる時、すっごく楽しそうだった……とっても、大好きだったんだなぁって、伝わってきたっ。こんなにパパに愛されてるなんて、ママはずるいっ」


 しかい、抱いた感情は嫉妬だけではなかったようで。


「でも、こんなにパパに愛されるなんて……ママはとっても、素敵な人だったんだねっ! そんな人がわたしのママで、とっても嬉しいなぁ」


 嫉妬と歓喜という二つの感情で。さつきはよく分からない顔になってしまっているようだ。


「わたしも、これくらいパパに愛されるようになりたい……ママのこと、いんちきだけど、尊敬するっ。そんな人に、なれたらいいなぁ」


 その言葉を聞いて、胸がとても温かくなった。


「……うん。君のお母さんは、とっても素敵な人だった」


 さつきが、サーシャに好意を持ってくれた。

 それが本当に嬉しかった。


「うー!」


 しかしながら……よくも悪くも、さつきは俺のことが大好きすぎるわけで。


「やっぱり、ずるい! パパにこんなに愛されるなんて、ママはいんちき! パパのことを好きって気持ちは、わたしだって負けないんだからねっ」


 なぜか、サーシャと張り合おうとしていた。

 それがとてもおかしかった。


「い、いや、そんな嫉妬しなくてもいいんじゃないか?」


「嫉妬じゃないもん! でも、負けたくないの……やっぱり、ママはわたしのライバルだよ! わたしもいつか、ママよりたくさん愛されるんだからねっ」


 さつきにとっての母親は、とても面白い立ち位置にいるようだ。


「つまり、さつきにとってサーシャはどんな人なんだ?」


「えっとね……手強いライバルで、一番尊敬してて、誰よりも素敵な人っ!」


 女の子として、娘として、人間として。

 あらゆる観点から、サーシャはさつきにとって特別な人間になってくれたみたいだ。


「さつき……やっぱり、君が娘で良かった」


 こんなにも優しい子に育ってくれて、ありがとう。

 俺の愛した人を、愛してくれてありがとう。


 そう、感謝せずにはいられなかった――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] なんでいんちき?
[良い点] 語彙力が‥ それくらいこの2人てぇてぃです
[一言] さて、どうなるか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ