第二話 娘の愛が重すぎるっ!
深夜1時。俺はさつきと一緒にリビングにやってきた。
もう娘は寝なければいけない時間だが、そんなことしている場合ではない。
「緊急家族会議だ。さつき、ちょっと座りなさい」
ソファに座って、隣に来るように促す。
「はーい!」
そう言ってさつきは俺の膝の上に座った。
違う、そうじゃない。
「し、真剣な話をするから、降りなさいっ」
「や! わたし、パパのお膝の上がすきー」
「そ、そうか……なら仕方ないな!」
ニッコリと笑ったさつきに俺は何も言えなかった。
自分で言うのもなんだが、俺も大概バカ親である。しかし娘の愛が俺のはるか上をいっているので、まだマシに思えるから不思議だ。
「パパ、誕生日だからとりあえず『なでなで』してもいーよ? ほら、わたしの頭、なでなでされたくてうずうずしてるよ?」
膝の上でさつきが体をゆらしている。
頭をぐいぐいと押し付けてきたせいで、爽やかな匂いが漂ってきた。
シャンプーの匂いだ。でも、おかしいなぁ……この匂い、買ってあげた女性用のシャンプーじゃないなぁ。俺が使っている男性用のシャンプーの匂いだ。
さつきは髪質が強くないんだから、もっと気を遣ってほしいものである。
だが、言っても聞いてくれないんだよなぁ……彼女は何もかも俺と一緒にしたがるクセがあった。
仕方ない。俺が女性用のシャンプーを使って、さつきにも同じやつを使わせよう。
まったく……どうしてこんな風に育っちゃったのだろう?
前々から、うすうす気づいていたことなのだが。
娘のさつきは、俺のことが大好きすぎる。
婚姻届けにサインをほしがるくらいだ。
自意識過剰であればどれだけ良かったことか……間違いなく、さつきは愛が重くなっていた。
そのことにいついてきちんと話し合いたいと思っている。
でもその前に。
「……これでいいか?」
誕生日なのであまり厳しくしても可哀想だ。
とりあえず、ご所望通り頭をなでてあげた。
そうしてあげると、さつきは飼いならされた家猫のように表情を緩めて、身を任せてきた。
「えへへ~。うんっ、満足したー!」
よし! 家族会議の前に甘やかしてしまったが、それもこれまでだ。
満足したなら、早速本題に入るとしよう!
「それでは、緊急家族会議を始めよう」
「はーい!」
さつきはいつまで経っても膝から下りない。それはもう諦めて、俺はソファの前に置いてあるローテーブルに手を伸ばした。
そこには一枚の書類が置かれている。
「さつき。まずはこの『婚姻届』をどこから取って来たのか、お父さんに教えてくれ」
そう。婚姻届をさつきが持っていた。
しかも俺がサインする欄以外の項目は全て記入済みだった。
いったいどこから婚姻届を持ってきたのだろう?
「んー? 普通に市役所だよー?」
「……な、なんて言ってもらったんだ?」
「『パパと結婚するので婚姻届をくださいっ!』って言ったよ?」
「……それで職員は渡してくれたのか?」
「うん! 『おめでとうございますっ』って言ってた!」
俺たちが住んでいる市の職員は大分おおらかなようだ。いや、まぁ娘の発言を冗談とでも思ったのだろう。
さつきは見た目が幼いし、子供の微笑ましいイタズラ程度に思ったのかもしれない。対応が寛容なのはいいのだが、さつきの発言は本気なので、今回ばかりはもっとまじめに対応してほしかった。
「さつき……一応、言っておくけど、娘は父親と結婚できないからな?」
しっかりと伝えておく。
こればっかりは理解してもらわなければ困るのだ。
「でも、ちっちゃい頃に約束したよっ? わたし、パパと結婚するって」
「そうだな……そうなんだけどっ」
「……パパ、わたしのこと、嫌いなの……?」
さつきは不安そうに声を震わせた。
俺があまりにも拒絶するから怖がっているみたいだ。
泣きそうに瞳を潤ませる娘を見ていると、心から申し訳なくなってくる。
俺がさつきを嫌い?
そんなわけないだろ!
「さつきのことは愛しているっ。世界で一番大切にしてるよ……だから、泣かないでくれっ」
よしよし、とあやすように背中を叩いて慰めた。
気持ちをそのまま言葉にすると、さつきは目をくしくしとこすって涙を拭った。
「うん、泣かないっ……パパがわたしのこと大好きなら、それだけで幸せなのっ」
泣かないなんて偉いぞ。強い子だ!
でも、大好きだけど……結婚したいって意味じゃないんだ!
娘として愛している。それ以上もそれ以下もない。だけど、それをどう伝えたら理解してもらえるのか、分からなかった――