第二十五話 パパに来てほしくなかった本当の理由
学校を出て、帰路につく。
校門から出ようとしたところで、銀髪の少女を見かけた。壁に寄りかかって空を見上げている。
とても綺麗な女の子だった。
(……あ、さつきかっ)
一瞬、彼女が娘だと認識できなくて、そんな自分に驚く。
自分で言うのもなんだが、俺は結構な親バカだ。どんなに遠くからだろうと娘を判別できる自信がある。
しかし、空を見上げるさつきはとても大人びていて、いつもの甘えん坊で子供っぽい雰囲気がなかった。
だから一瞬、彼女を娘と認識できなかったのだろう。
「あ、パパっ! 待ってたんだよ!」
俺がぼーっとさつきを眺めていたら、あっちが俺に気付いたらしい。すぐにいつものような愛らしい笑顔を浮かべて、こちらに駆け寄ってきた。
「……ほぇ? どうしたの?」
俺があまりにも呆然としているからだろう。さつきが不思議そうに首を傾げている。
「いや、なんでもない」
慌てて首を横に振ったが、さつきはとても気になっているようだ。
「本当になんでもないのっ? パパ、何かわたしに言いたいことがあるんじゃないのー?」
どうやら言い逃れることは難しそうだ。
まぁ、別に隠すようなことじゃないし、俺は素直に思ったことを打ち明けることにした。
「綺麗だなって思ったんだよ。思わず見とれちゃった」
「綺麗? 何が?」
「さつきが、だよ」
言った後で、少し恥ずかしくなる。クサいセリフを言ってしまっただろうか。
頬をかきながらさつきの様子をうかがうと、彼女は真っ赤になった顔で唇をわなわなさせていた。
「ちょっ、ダメだよ……こんなところでそんな嬉しいこと言われたら、パパに抱き着きたくなっちゃうんだよっ」
さつきにしては珍しく、感情を抑えているようだ。
「もー、パパはいっつもわたしを幸せにするんだもんなぁ……だから、今日は来てほしくなかったの。学校でも感情を抑えきれなくて、家みたいに甘えそうだったから」
「え? 学校で演じているおませちゃんなところを見られたくなかっただけじゃないのか?」
「それもあるけどっ……やっぱり一番は、パパに迷惑をかけたくなかったの。だって、わたしがいつもみたいに甘えたら、周囲がパパのこと変に思うでしょ? それが、心配だったの」
授業参観を拒んでいた一番の理由。
それは、俺に迷惑をかけないため、だったらしい。
「手を繋いだり、抱き着いたり、頭をなでなでしてもらったり……普通の親子はそういうことしないけど、わたしはやりたい。でも、他人に見られたら、絶対にパパの教育がおかしいって思われちゃう。それだけは、絶対に嫌だった」
……確かに、一理ある。
たとえばさつきが、人の目を気にせず学校で俺と手を繋いでいたとしよう。周囲の保護者は、それを見て何を思う?
更に、俺とさつきは容姿がまるで似ていない。だというのに、過剰にべたべたする親子を見た他人は、どんなことを思うだろうか?
まぁ、予想は簡単だ。
あまりよろしくない感想を抱かれるだろう。
とはいえ、である。
「俺は気にしないぞ? まぁ、人前で甘えたらさつきのことが変に思われるだろうから、あまり肯定はできないけど」
俺の評価はどうでもいい。
しかしさつきのことは心配だ。
……って、これだとさつきと同じなのか。
俺も彼女も、お互いを大切に思っている。
だからお互いが悪く言われるのは嫌なのだ。
「わたしも周囲の評価なんてどうでもいいもんっ。パパが好きでいてくれるならどうでもいいけど……パパが悪く言われるのはとっても嫌なの」
「……そうだな。それは、俺も同じか」
「うんっ。でもわたしはパパが大好きだから、学校でも甘えるかもしれないって心配だったの。我慢できなくなって抱き着いたり、チューしたりしちゃうかもしれなかったんだよ!? パパはわたしに愛されているってちゃんと理解してっ」
さりげない告白に、俺は頬を緩める。
俺のことを好きでいてくれるこの子を、改めて大切に思った。
「うん。ごめん。でも、学校でのさつきが見られて楽しかったよ」
「……わたしも、パパにいいところ見てもらえたから、楽しかったけどっ」
「だったら、何よりだ。でも次からは気を付けるよ……ごめんな、さつき」
「ううん。パパも、忙しいのにありがとっ」
さつきには幸せになってほしい。
こんなに可愛い子に、不幸を味わってほしくない。
そのために、俺には何ができるのだろう?
『応援するだけが、親の役目ではないですよ』
奥川先生に言われたことを思い出す。
そして、自分が何をするべきなのか、考えてみる。
とりあえず……今は、さつきの頑張りを褒めてあげることにしようかな。
「それで、わざわざ俺を待ってたのか? 授業参観の後は奥川先生と面談をするって伝えていただろ? 先に帰ってても良かったのに」
「だって、パパと一緒に帰りたかったからっ」
「やれやれ……さつきは、本当に可愛いな」
「はにゃ!? うぅ……べ、別に褒められても嬉しくないんだからねっ。抱き着きたいけど、我慢してるわけじゃないからねっ!」
なんで急にツンツンしたんだろう。
よく分からないけど、まぁいいや。
「じゃあ、一緒にケーキでも買いに行かないか? 今日はさつきが頑張ったから、ご褒美だ」
「いいの!? わーい、やったー! パパ、大好きっ」
そう言いながら、さつきは俺の手を握ろうとしてくる。
しかし寸前で思いとどまったのか、ギュッと拳を握って下ろした。
「うぅ……また無意識に手を繋ごうとしちゃった……まだ学校の近くだから、早く行こっ? わたし、これ以上パパと一緒にいたら、我慢できなくなっちゃうかも」
「分かった。行こうか」
手を繋がずに、二人で並んで歩き出す。
少しだけ手が寂しいなと思ったのは、さつきには内緒にしておこう――




