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第二十四話 応援することが必ずしも最善にはならない

 奥川先生との面談では、俺が一番気になっていることを早速聞いてみた。


「さつきは学校でどうですか? うまくやれていますか?」


 学校での娘を俺は知らない。

 今日初めて、彼女が猫を被っていることを知ったくらいだ。


 イジメられていないだろうか。

 辛いことはないだろうか。

 それはとても、気になっていることだった。


「ええ、ご心配は不要かと思います。とても仲がいい、というような友人は見受けられませんが……五月雨さつきさんは自然と人を集めるタイプの人間ですからね。人気者、と表現できるでしょう」


「そうですか……!」


 安堵して胸をなでおろす。

 奥川先生は淡々と事実のみを伝える人だ。

 彼にそう言われたら、安心できた。


「成績も良好、生活態度も優秀……非の打ちどころがありません。長年、教師をやっていますが、こんなにも完璧な生徒は初めてです」


「……そ、そこまでですか?」


「はい。まるで『完璧な高校生』そのものです……ああまで欠点がないと、逆にあやしい。猫を被っているのではないかと、疑ってしまいますね」


「な、なるほど……」


 やっぱり教師には分かるようだ。

 さつきは完璧すぎるあまり、逆に看破されている。


「ご家庭での様子はどうですか? 無理をしていたり、我慢しているように見えますか? いつきさんの目から見た感想を、率直にお話しください」


「家ではいつも通りですね。猫の皮を捨てて自由気ままですよ」


「それなら、大丈夫でしょう……学校では無理をしているように見えるのですが、ご家庭で楽に過ごせているのなら、問題ないですね」


 奥川先生は手元の用紙に何やら記入している。

 さつきの猫を被った様子が彼には気になっていたようだ。しかし問題ないと判断したのか、安心しているように見える。


 生徒のことを思いやれる、いい教師だ。


「それで、ご家庭で何か進展はありましたか? いつきさんとの関係性や、お母様については、まだお話にはなられていない、と?」


「はい……お恥ずかしいのですが、まだ話せていません」


「恥じる必要はないでしょう。物事にはタイミングがあります……それでは引き続き、私共からも配慮致しますので」


「ご迷惑をおかけします」


 改めて、頭を下げる。

 教師の理解を得られると本当に心強い。

 これからについて、よっぽどのことがない限りさつきの学校生活が悪くなることはないだろう。


「それで、一番気になっていることですが……娘さんには将来の夢ができたようですね。以前の進路調査で『総理大臣になる』とありましたが」


 そして、さつきの夢についての話になった。


「『世の中を変えたい』と書かれていますが……心境の変化でもあったのでしょうか?」


「え、えっと……」


 もちろん『娘が父親と結婚するために法律を変えようとしている』などとは言えない。こればっかりは、はぐらかすしかなかった。


「……すいません、ちょっと分かりかねます。でも、娘にやりたいことがあるなら、しっかりと応援します。俺は、父親ですから」


 目的はちょっとおかしいけれど。

 でも、応援はする。さつきの背中を押すことが、俺の役目なのだ。


 そう思って、俺の意思と奥川先生に伝えた。

 しかし彼は、珍しく困ったような顔で、俺を見ていた。


「いつきさん……あなたは、ご立派な人格者だ。血の繋がっていない子を我が子のように愛し、育て、見守っている。そういうところは、本当に敬っております」


「え? いや、そんな大した人間ではないです……」


「ご謙遜を。あなた方のご関係を初めて聞いた時、私はありえないと思いました。もしあなたの立場に私がいたなら、絶対にあなたと同じ道は選べないと感じましたよ……だからこそ、あなたが娘さんに深い愛情をそそいでいるのは、理解しています」


 しかし、と先生はこうも言った。


「ただ……子供の夢を『応援』するだけが、親の役目だとは思いません。世の中には間違った道がある。その行く先が険しいこともある。そして、その道を歩くことを制止できるのは、親だけですよ」


 それは『忠告』だった。

 誰よりも親らしくあろうとした俺に対する、第三者としての客観的な意見である。


「娘さんが本当にやりたいことは『政治家』なのですか? 彼女ほどの人間であれば、きっと何にでもなれます。だからこそ今一度、娘さんの『道』を考えてみてください」


 彼女のやりたいことなら、なんだってやってあげる。

 それが『親』だと思っていた。


 でも、それは違うと奥川先生は言っている。

 そのアドバイスは、俺にとって本当にありがたかった。


「……ご忠告、ありがとうございます。一度、よく考えてみます」


 深く頭を下げて感謝を伝える。

 奥川先生はメガネの位置を直しながら、ゆっくりと首を縦に振った。


「はい。また、何かあればご相談ください……可能な限り、力になります」


「ありがとうございます。頼もしいです」


 もう一度頭を下げてから、席を立った。

 これで面談は終わりである。次の方と交代するように、俺は教室を出た。


 父親にできることなんて、応援くらいかと思っていたけど。

 そんなことはないのだ。父親は、人生の先輩でもある。だからこそできるアドバイスだって、色々とあるのだろう。


 だからもう一度、さつきと話し合わなければならないのだ。


「さつきが幸せになる道、か……」


 それはなんとなく分かっている。

 でもそれを受け入れられるほど、俺は人間ができていない。


 奥川先生は、俺を人格者だと評価してくれていたけど。

 俺はとても弱い人間だ。


(君の思いを受け入れることを、俺はできない……)


 さつきが一番幸せになる道。



 それは、俺と結婚すること。



 そんなこと、分かっている。

 でも、それはできない。できるわけがない。


 俺には、彼女の思いを受け取めるだけの『強さ』がないのだから――

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― 新着の感想 ―
[一言] そろそろきっちり向かい合うべき時が来ている、ということでしょうか。
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