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第二十一話 パパの娘たらしっ

 六月中旬。ついに授業参観の日が訪れた。


「さつき、今日は楽しみだな」


 朝、ニコニコと笑いながらさつきに朝食を出してあげる。

 焼いたトースト、卵焼き、ベーコン、サラダ、とあまり特徴のないメニューだ。


 さつきは手を合わせてから、もそもそと食べ始める。

 その顔はちょっと不満そうだ。


「……ほ、本当に来るの?」


「うん。行くけど」


 去年は授業参観に行けなかった。さつきがうまく隠蔽したから授業参観そのものを知ることができなかった。


 だから今年は気合が入っている。

 もう準備は済ませていた。まぁ、別に特別に用意するものなんてないのだが。


 授業参観は三時限目と四時限目で行われるらしい。俺は開始直後の三時限目に合わせて行こうと思っていた。


「来ちゃうんだ……うぅ、そっかぁ」


 このところ、毎日のようにさつきは俺を止めようとしていた。

 あの手この手で授業参観への参加を阻止しようとしていたけど、今回は俺に軍配が上がった。


 肩をもみもみとマッサージしながら『パパ、無限回数使えるかたたたき券をあげるから、授業参観はお休みして?』って言われた時は危なかったけど、誘惑に抗って断固拒否したくらいだ。


 それくらい俺は楽しみにしている。


 しかし、本当にさつきが心の底から嫌がっているのなら、もちろん行くつもりはない。


「さつきはお父さんが見られるのが嫌とか、そういうのがあるのか? だったら、まぁ……残念だけど、参加は見送るよ」


「ち、違うもん! パパは世界で一番かっこいいから、むしろみんなに自慢したいくらいだけどっ」


 そうなのだ。

 さつきは別に、俺のことを嫌がっているわけじゃない。

 よくある、思春期の子供みたいに『親を見られるのが恥ずかしい』とか、そういうわけではないようだ。


 だったら、拒む理由は何故なのか。

 普段のさつきなら両手を上げて喜ぶはずだ。『学校でもパパと一緒にいられて幸せっ』とか、そう言ってもおかしくないくらい、うちの娘は大好きオーラが半端ない。


 その理由は何度も聞いたけど、さつきは頑なに教えてくれなかった。

 しかし、当日になって色々と諦めたのだろう。


 今日は素直に教えてくれた。


「だ、だって……パパに学校でのわたしを見られるのは……っ!」


「見られるのは?」


「……は、はずかちぃ」


 言葉の直後、さつきは真っ赤になった顔を両手で覆って隠す。

 どうやら、学校でのさつきは、俺に見られたら恥ずかしい態度を取っているようだ。


 だとしたら、ますます見たくなるのが親心である。


「どんなさつきでも可愛いから、大丈夫だよ。俺は笑ったりしないから」


「……ほ、本当? 絶対に、笑ったりしない?」


「約束するよ。笑わない」


 俺がさつきをバカにするわけがない。

 どんなさつきだろうと愛する。もちろん、親としての愛情だが。


「だったら…‥我慢するっ。でも、絶対に笑わないでね!」


 さつきもようやく受け入れてくれたようだ。

 未だに顔は赤いけど、小さく頷いて俺の小指を握りしめた。


「約束だよっ」


 そのまま小指をつなげて、約束をかわす。

 以降、なんとかさつきは平静を保ってくれた。ずっともじもじしていたけど、登校しなければいけない時間になったら、彼女は重い足取りで家を出て行った。


「いってきまーす……」


「ああ、いってらっしゃい。学校で会おうな」


「うぅ……なんだかんだ、学校でパパと会えるのは嬉しいけど、やっぱり恥ずかしいもんっ。パパのおバカ! イケメン! 女たらしっ!」


「イケメンじゃないし、女性にはモテたことないけどな」


「じゃ、じゃあ、娘たらしっ! 今日は帰ってきたらいっぱい甘えてやるんだからねっ……じゃあ、いってきます!!」


 最後はやけになったように大声を出してから、さつきは家を出て行った。

 うちの娘は怒ってもかわいらしい。本人は真剣なつもりだろうけど、いちいち言動が愛らしいので、つい頬を緩めてしまう。


「学校での君が、楽しみだよ」


 娘のことは何でも知りたいと思っている。

 俺の知らないさつきのことは、いつも気になっている。

 だから、こういう機会があって良かった。


 本当に、楽しみだ――

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