第二十話 娘は嘘がつけない
さつきが珍しく挙動不審だ。
「パパ、あのねっ」
季節は六月。
梅雨に入って、ジメジメとした雨が多くなったこの頃。
さつきも五月五日に17歳となったが、さほど変わりない日常を過ごしていた。
しかし今日は、ちょっとだけ様子がおかしかった。
「絶対に……絶対に、今日はゴミ箱を見たらダメっ」
「……なんで?」
珍しいお願いに首をかしげてしまう。
ゴミ箱なんて意識して見たことがないから、なおさら不思議だ。
わざわざ言葉にして注意してくるところが、なんか怪しく感じる。
「だ、ダメったら、ダメなのっ」
さつきは理由を言ってくれない。ただ、視線はきょろきょろと忙しなく動いていて、体も落ち着きなくゆらゆら揺れていた。
さつきは嘘がへたくそだ。
素直に育ったせいだろうか。他の人の前ではどうか知らないけど、特に俺には嘘がつけないように見える。
彼女は俺の前では気の向くままだ。
やりたいことをやるし、気持ち良いことしかしないし、感情のままに動く。
だから嘘も、余計につけないのだろう。
「何を隠してるんだ?」
「べ、べべべ別に隠し事なんてないよ!?」
あからさまに動揺するさつき。
秘密があることがバレバレの態度だった。
「本当かなぁ~? さつきは嘘をついたら鼻の穴が膨らむ癖があるからなぁ~」
かまをかけてみる。
こんなクセ、さつきにはないのだが、ちょっとからかってみた。
「っ!?」
すると、すぐさまさつきは鼻を押さえたから面白かった。
「そ、そんなクセがあるの!? かわいくないっ」
「……いや、冗談だ。でも、慌ててるから余計に怪しいな~」
笑いかけると、さつきはぷっくりと頬を膨らませる。
「パパ、嘘ついたらダメなんだよ!」
「ごめんごめん。でも、今の言葉を自分にも言いきれるかな?」
「ぐぬぬ……パパの意地悪! でもそんなところも好きっ!」
さりげなく告白されたけど、スルーしておこう。
少しばつが悪そうなのは、きっと隠している何かがあるからだ。
とはいえ、別に無理に知りたいというわけじゃないのだが。
「まぁ、いいよ。言う必要がないと思ったら言わないでいいし、もし助けが必要だったら言ってくれ」
人間、生きていたら隠し事なんていくらでも出てくる。
俺がさつきに義理の親子だと言えない事だってそうだ。
さつきだって女の子。もう17歳で、そろそろ大人だ。
言いたくない事もあるだろう。別に無理に言わないでいいと思っていた。
「パパ、優しい……素敵っ。もっと好きになっちゃった」
「ほどほどにな」
告白に対するスルーも上手くなったものだ。
毎日のように好き好き言われていたら、かわすのも上手になって当然か。
と、いうことで。
別に秘密を聞き出すつもりはなかったのだが。
「だったら、言わないっ。ふぅ……パパに尋問されたら隠し通せる自信がなかったから、良かった!」
「そうなのか?」
「うん! 思わず、授業参観のことを言うところだった!」
さつきは、あまりにも嘘が苦手過ぎたようだ。
「…………言ってるぞ、さつき」
「あー!?」
言った後で、彼女は悲鳴を上げる。
どうやら『授業参観』について、隠そうとしていたようだった。
「ふーん、なるほど」
秘密は、無理に知ろうとは思わなかった。
でも、知ってしまったのなら、無視するわけにはいかない。
「それで、ゴミ箱には授業参観の連絡プリントを捨てたのか? それを見られないように必死だったと、そういうことか?」
「う、うぅ……んにゃぁああああ!!」
さつきが叫ぶ。俺を止めようと飛びかかってくるが、体重が軽いので受け止めるのは簡単だった。
そのまま担ぎ上げて拘束を解除。
ゴミ箱に向かって歩み寄り、中から丁寧に折られたプリントを取り出した。
「だめぇええええ!!」
そこにはやっぱり『授業参観』と書かれていた。
「こ、来ないよね? パパ、わたしのこと、見に来たりしないよねっ?」
……答えはもちろん、
「ノーだ。絶対に行く」
授業参観に行かない理由がない。
前々から、さつきの学校での様子も気になっていたのだ。
そういうわけで、俺はさつきの学校に行くことになったのである――




