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第十九話 さつきちゃんは将来設計も完璧

 さつきはカレーライスが大好きだ。


「カレー♪ カレー♪」


 食事はいつも、台所にあるテーブルで行っている。

 彼女はお行儀よく椅子に座って待ちながら、俺が料理を終わるのを待っていた。


「そんなに楽しみなのか? 別に普通のカレーだぞ」


 正直なところ、世間のカレーライスに比べても味は劣ると思う。俺は料理があまり得意じゃない。できることにはできるのだが、いつも中の下くらいの完成度になる。


 しかし、どんな料理だろうとさつきが『美味しくない』と言ったところは見たことがないので、不思議だった。


「パパのカレーは世界で一番美味しいよ?」


「そうなのか?」


「うんっ。だってね、『愛情』っていうスパイスがたくさん使われているから、わたしにだけは世界で一番美味しくなるんだよ?」


「……な、なるほどー」


 カレーライスも完成間近だ。

 グルグルと鍋をかきまわしながら、タイミングを待つ。


 できれば、さつきには暇な時間は部屋でくつろいでいてほしかったんだけどね……後ろを振り向くといつも目が合うので、彼女がずっと俺を凝視しているのは容易に予想できた。


「パパ……お料理してると、後ろから抱き着きたくなるのは、なんでだろうね?」


「今飛びつかれたらたいへんなことになるからやめなさい」


「分かってるの。分かってはいるんだけどねっ……うずうずしちゃうな~」


 注意はしたけど、さつきは結構欲望に忠実だ。

 そのまま抱き着かれたら、態勢を崩して鍋をひっくり返す可能性もある。そうなると大惨事になっちゃうので、娘を制止するためにも話しかけることにした。


「そういえば、さつきは料理しないのか?」


 実は前々から気になっていたことである。

 何せ、さつきはまったく料理をしない。ごはんは彼女にとって『食べる物』であり、『作る物』ではないみたいなのだ。


「できた方がいろいろと便利だぞ? ……将来とか、な」


 たとえば、結婚した時とか、とても役に立つ。

 もう男女平等の社会だから、女性が家事や料理をするべき!とは思わないけど、だからって女性がしない方がいいとも思わない。


 できて損はないスキルだ。


「さつきも、やってみるか? お父さん、下手くそだけど教えられる範囲で教えるぞ?」


 提案してみて、反応をうかがう。

 振り返って顔を見てみると、さつきはきょとんとしていた。


「え? お料理、やんないよ? なんで???」


 まったくと言っていいほどやる気がないみたいだ。

 提案されたことそのものがびっくりと言わんばかりの顔をしている。


「だって、わたしは将来パパと結婚するんだよ? 今まで通り、パパのごはんを『いただきます』するんだもーん」


「……そ、そういうことかー」


 ああ、なるほどね。

 俺がやるから、やる必要がないと思っているわけだ。

 いやいやいや。俺はさつきと結婚するつもりなんてないんだけど、めちゃくちゃ頼りにされててちょっと困った。


「あ! もしかしてパパも忙しいって言いたいの? だからお料理する暇もないってこと? だったら大丈夫っ。わたし、将来は国会議員になってお給料いっぱい稼ぐから、警備員はやめて主夫になってね!」


 さつきの中で将来設計は完璧なようだ。


 そんな夢みたいなこと言われても……と、思ったが、さつきは優秀だし天才だし可愛いので国会議員には平気でなりそうだ。


 別に、現実的ではないとは言いきれないか。

 とはいえ……やっぱり妄想である。だって俺は、さつきと結婚しないのだから。


「……お父さんには、娘の夢を応援することしかできないよ。頑張れ」


「えへへ~、応援してくれるだけで嬉しいよ? あと、婚姻届けにサインもくれたら『パパのお嫁さんになる』って夢も叶うんだけどな~」


「その夢だけは断固として阻止するっ」


 笑いながらそう言って、火を止めた。

 カレーもちょうど頃合いだ。


「どうぞ、召し上がれ」


「わーい♪ いただきまーす!」


 お皿に入れて差し出すと、さつきは勢いよく食べ始めた。


「おいしー♪」


 笑顔で食べてくれるさつきを見ていると、こっちまで頬が緩んでしまう。

 この子と結婚した相手は、とても幸せになれるだろう。


 だって、作ってあげた料理を、こんなに美味しそうに食べてくれるのだ。

 どんなにたいへんでも、これなら作り甲斐があるというものである――

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― 新着の感想 ―
[一言] フィクションなんだから重箱の隅をつつくように書類やら内縁やらと細かいこと言わずに読んだらよいと思うんだけど、そういうこと言う人はいなくならないと思うので、いっそのことパパもさつきも心の奥では…
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